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相談その二 蒲生家三人の女の関係と俺を迎えに来た死神

「まあ、晴純君。元気そうで何よりだわ。大きくなった?」


「お久しぶりです。正月ぶりですが、一ミリも大きくなってませんよ」


「ぷくく。これあげる」


 父の妹、佐和子叔母は父に似た顔付と一般の同年齢よりも細い体つきながら、父よりも眉が太いからか父と違い意志が強そうに見えて存在感がある。性格は寡黙な祖父とおっとりした祖母と我が家の鈍感な父とは違う。つまり、彼女は煩くないが人当たりが良くて人に好かれる人という感じだ。


 だって、正月以来の俺との再会を大いに喜んで俺の頭を撫でた後に、なんと俺に二千円を手渡して来たんだよ。俺の彼女への好感度はマシマシだ。

 ちなみに祖母からはすでに三千円を貰っている。


 俺は数分で五千円を手に入れられたこの出会いに感謝し、彼等の好意に応え、また状況を確認するために祖父の容態を尋ねていた。


「お爺ちゃんはどうしたの?正月の時は何も無かった気がしたけど?」


 祖父は手術準備だと看護師達に連れ去られており、俺は祖父に会えていない。

 また、執刀医が変わった事を親族に説明に来たのか、執刀を外された愚痴を言うだけに顔を出したのかわからない桑井教授に対し、俺がやってしまった手前、祖父の病名などを改めて教授に尋ねられない。


 もういねえし!!


「う~ん」


 佐和子は顔を曇らせて、言葉を濁す。

 祖母は疲れ切ったように病室のパイプ椅子に腰を下ろし、溜息を吐いた。

 しかし俺は見切っていた。

 二人が母に視線を動かしていたことを。


 叔母も祖母も母には祖父の容態を知られたくないのか?


「叔母さん、お祖母ちゃん。俺は何も知らなくてお爺ちゃんにお見舞いも持って来れなかった。せめて俺が来たって知らせられる何かを買いたい。病院の中は分かんないから付いて来てくれる?」


 叔母は本当に父と血が繋がっているのかと訝しくなるぐらいに聡かった。

 俺に微笑むと、祖母に声を掛けたのだ。


「お母さん。せっかく晴純君が来てくれたんだ。一階の喫茶でお茶でも飲んでおいでよ。手術までまだ時間があるし、執刀してくれる先生のことは晴純君の方が詳しいみたいだし、色々聞けばいいよ」


「あ、ああそうだね。でも、おばあちゃんがついて来たら晴純が嫌じゃないか?」


「お祖母ちゃんじゃ無きゃ、お祖父ちゃんに何を買っていいかわかんないよ」


 祖母は嬉しそうに微笑み、ゆっくりと立ち上がる。

 俺が背中に手を添えて立ち上がりやすくしたことに一瞬驚いた顔をした後、微笑みどころか叔母がするようにニカッと笑った。


「いい男になったねえ、晴純は。麻美さんは蒼星ばかりだけど、私は晴純の方が良い男になるってわかっていたよ。有名だろうが、祖父の見舞いにも来ない薄情者ではがっかりだよ」


 俺は祖母と母が戦争を始めたら事だと慌てたが、母は何も言い返しはしなかった。ここは個室だから他の患者や面会客の目を気にしないで良いはずだが、と、俺は訝しさを感じたまま母へと視線を動かす。


 口元に笑み?可愛い蒼星が誤解されているのに?あいつこそ優しい、のに?


「――お祖母ちゃん行こう。それで、俺がお祖父ちゃんが入院しているのを知らなかったように、蒼星も知らないはずだと思う」


「何それ!!麻美さんは、お父さんの入院を孫の晴純君達に教え無かったの?難しい手術で、最後になるかもだから顔を見せに来てってお願いしてたのに!!」


「まあ!!最後になるなんて聞いていないわ。大阪で手術することになったって、それだけしか聞いていません。蒼星は今日用事があったから連れて来れなかったけど、連泊する予定は立ててます。明日にでもって思ってたのに、ひどいわ。本当は私達に来て欲しくなかったのでしょう!!帰るわ!!」


 母は俺へと真っ直ぐに来て、俺の腕を掴んだ。

 常に杖を持つ左腕を引っ張られたので、祖母に右腕を差し出していた俺は、そのまま祖母を抱いたまま転がる所となった。


「おっと危ない」


 俺は今こそ鹿角が映画俳優みたいな人で良かったと神に感謝していた。

 タイミング良すぎる登場、ありがとうございます。

 俺が祖母と転ばないですんだ上に、険悪だった女三人が諍いを忘れて仲良く鹿角に見惚れているではないか。


「鹿角さん、ありがとう」


「君からこんな感謝を受けたのは初めてじゃ無いかな?」


「もうなんとでも言って。それで、なんの用?」


 蒲生家の中年なお年頃の女性達を魅了していた男は、一瞬でスン、とした顔つきになって、俺を推し量るような目つきで見返して来たではないか。

 俺はわかった。

 今まで俺が出会って来た拓海の知り合いの気持が。


 居心地悪いね!!これじゃ変な顔になっちゃうね!!


「申しわけありません。俺としては病院内であなたに出会うって、トラウマを刺激される状況でして」


「君は本気で私に出会いたくないって願っているんだね」


「いいえ。今だけはお会いできて嬉しいな、ですよ。お祖母ちゃんと一緒に転ぶとこでした。お母さんが急に腕を引くから。――お祖母ちゃん、大丈夫だった?」


 祖母は俺ではなく鹿角の顔を見つめたまま俺の問いかけに頭を上下させ、叔母は俺の声掛けにハッとした顔つきとなった。


「あ、ああ。そうよ。お母さんも、晴純君も大丈夫だった?それで麻美さん、あなたは何をするの!!昔の晴純の大怪我もあなたのせいでしょう!!もっと周りと結果を見て行動するってことが出来ないの?」


「わ、悪いことは全部私のせいになさるのね!!あなたは私と彰人あきとさんとの結婚も嫌がってましたものね!!」


「あなたの性格が分かっていたからよ!!お母さんなんかそれでもあなたを受け入れようとしていたのに、あることないことあなたが周りに言うせいで、お母さんがどれだけ辛い思いをして来たかわかっているの?」


「佐和子、いいから。晴純の前でしょう」


「でも、お母さん!!」


 口は禍の元。

 せっかく収まった炎を俺は燃え立たせてしまった模様だ。


「悪い子だ」


 鹿角は俺にだけ聞こえる声で囁く。

 俺が、うっかり、では無かったことを知っていたようだ。

 鹿角という美貌の男性の登場で蒲生家の女達の気持が高揚してしまったのは見てわかる、ならば、くすぶっている火種に薪を足してやればと画策したのだ。


 鹿角の登場が無ければ、俺は祖母を抱えたまま転がっていた。

 母が俺の腕を引いた事が原因でも俺は母に責められ、かつての俺ならば全部自分の責任だと母に言われるままに頭を垂れていただろう。


 祖母も叔母も、俺の記憶の思い込みと違って俺への思いやりがある人達だった。

 そこで祖父母が俺達兄弟に対して一歩も二歩も引けたような扱いしかしてこなかったのは、もしかして、母の性格を知っているからこそなのかな、と急に思い立った俺の行動である。


 俺は母目線だけでない嫁姑の言い合いを見てみたかったのだ。

 アンリは、状況こそ正確に把握しろ、そう言っていた。


「どうしていつも晴純君や蒼星君を悪く言うの?それを目の前で聞かされている子供の目が死んでいるって、どうして気が付かないの?」


 わお、叔母様ったらやっぱりよく見ている人だった。

 俺は心の中で叔母を讃えたが、俺の母には何のダメージも無かったようだ。


「あなた、謙遜って知らないの?親が子供を他人に自慢するから子供は嫉妬されてひどい目に遭うのよ。私が子供達を褒めるばかりだったら、あなたは今みたいに晴純を思いやらなかったでしょ?圭祐けいすけ君が学校で苦労していたのは、あなたが自慢するからだったのでは?それでいじめ?人間関係の破綻?親族に高校中退者がいるなんて恥ずかしい」


 え?従兄も虐められていたの?

 そ、それは、俺が人殺ししたあの時期からじゃないよね?


 俺の腹を裂いた奴と、俺へのいじめを見て見ぬふりどころか煽っていた担任教師の死によって、俺が通っていた公立中学が閉校になっている。

 別の学校に通う羽目になった人間は俺を恨み、噂だけ俺を知っている人間は俺に関わると一家離散か死を招くと噂した。

 その余波を従兄が浴びていた?


「結果が良ければよ!!私は晴純君みたいな目に息子を遭わせたく無かったの。圭祐は高校は中退したけど認定試験受けて今は大学生。私はあなたと違って子供が酷い目に遭うなら学校に行かなくても良いって思っているだけよ!!」


「通い続ければもっと良い大学に行けたと思わない?就職もね、今はネットでエントリーでしょう?大学名で足切りって聞くけど大丈夫?」


 しまった。従兄にばかり流れ弾が飛んで行く!!

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