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相談その一 ループしました?

「大丈夫かな?僕も付いて行こうか?」


 俺は拓海にはいくつに見えているのだろうか?

 拓海は俺を知り合いに紹介したがるが、俺はそのたびに相手に変な顔をされるという洗礼に遭っている。それで俺はその事を藤にぼやいたが、その時の藤は俺を慰めるどころか駄目出ししてきたと思い出す。


「だよね。拓海先生の話しぶりじゃ、君が五歳児かそこらにしか聞こえないもの。そんで君こそ、すん、とした表情で相手が拓海教授の敵か味方かと探って来るんだ。高名な拓海教授の大事な子供に会えると期待してそれじゃ、拓海センセイと君に化かされた気になるでしょうよ」


「どうしたの?晴純?」


 あ、思い出ししている所じゃ無かった。

 俺は拓海に笑顔を向ける。


「亮さんは緊急の患者さんがいるんでしょ?仕方がありません。それに、一日くらいは大丈夫なはずですよ」


「大丈夫じゃ無かったら?」


「亮さんの胸で泣きます」


 あ、拓海が真っ赤になった。

 そして両手で俺の髪をわちゃわちゃと掻き回す。


「うん、うん。そうだよね。君は僕がいる。僕には君がいる。どんなに嫌な奴がいても、後で泣き言を言い合えるんだよね」


 どうやら拓海こそ仕事に行きたくなかったらしい。

 そんなに患者さんは嫌な人なの?

 俺は兵頭へと視線を動かす。

 彼女はにこっと微笑み、俺が行ってらっしゃいしか言えなくなるセリフをさらっと吐くでは無いか。


「祥鳳大阪医療センターに運び入れた機械のデモンストレーションですわ。最初の執刀者は考案者である拓海教授では無くてはいけません。さらに申し上げますと、大阪の桑井教授の面目を丸潰れにしてやる機会は絶対に逃してはいけません」


「うひ。どうして同じ大学病院の先生を潰すの?大阪と、うちは東京じゃないけど、徳川と豊臣みたいな感じ?」


「まあ、おほほ。病院同士は緊密に連携してますからご心配なく。問題はそこに邪魔な杭があるってことですの。あいつ。自分が赤門(東大)出だからって拓海先生を小馬鹿になさるのよ。あの身の程知らずが。我が大学出身で一番の稼ぎ頭である拓海教授によって、お前こそ技術も才能も知識も大したことが無いと、本日、奴は思い知らされるのよ。ふふ、おほほほほ」


 つまり?その東大出の教授は、カンファレンス時や大学の講義にて祥鳳大学出の医師や学生を見下すような物言いをぶちかましているようだ。

 それじゃあ、兵頭に敵認定されるな。


「晴純。失敗したら兵頭に殺される。一緒に逃げてくれるか?」


 拓海は、全く!!

 俺は、はい、と答えて拓海を見送り、それからようやく「蒲生家」が集まるための車が待つ場所へと向かった。

 杖を持つ俺の荷物は、下着程度が入っているリュック一つである。

 俺の明日以降の着替えなどは、今夜拓海が泊まるホテルに送ってある。


 これは俺が息苦しさにギブアップした時に角を立てずに拓海の元へ逃げるための口実となるし、大丈夫で今夜は親と泊まるとなっても拓海に直接報告出来るようにとの計らいだ。

 親と一緒に泊まるは無いな、前者だけだ、絶対。


「お待たせしました」


「普通は私達のところにあなたを自ら連れて来るのが常識でしょうに。教授だからって馬鹿にしているわね」


 母は通常運転である。

 あ~めんどう、と思うけれど、俺は別に言い返さない。

 コバエに関心寄せる程先生は暇じゃないからね、なんて言ってしまったら後々の面倒一直線だ。俺は黙ってタクシーに乗り込み、その苛々している女の横に嫌々ながら腰を下ろす。


「どうしてお義母さん達がこっちに来ちゃったのかしら。誰の紹介なのよ。全く、こっちにわざわざ来るなんて、一体いくら掛かったのよ。佐和子さんが旅費を出してたら、我が家も同額ぐらいを渡さなきゃな事になるのに、余計な事をして。いいこと、晴純。あなたはお爺ちゃん達に余計な事を喋ったりしないのよ?」


 俺が乗り込むや母は苛立ち紛れの声を上げ、タクシーはすぐに出発した。

 そして母が蒼星には声を上げなかったのは、彼にはもう言ってあったからではなく、助手席どころかタクシー内には蒼星の姿が無いからだ。


 なぜ俺と違って本当の友人がいる蒼星が俺の親友達と行動しているのか意味が全く分からないが、蒼星は大阪と言えばのテーマパークへと悠達と向かっているのである。

 蒲生家の目的は単身赴任している蒲生がもう彰人あきとに会いに来た、それだったような気がするのだけど?


 だが俺が抗議の声を上げないのは、母の思惑が分かるからだ。

 母は父の両親と徹底的にそりが合わない。

 それに祖父母は普段は父の妹である佐和子叔母一家と同居しているので、我が家は正月か盆ぐらいにしか挨拶に出向かない。


 よって俺は孫と言っても彼等への意識は希薄だ。

 また祖父母こそ母と仲が悪いせいで、俺達兄弟には叔母の子供達に向けるような関心など無い。


 母としてはそんな父の両親に大事な蒼星を会わせて嫌な思いをさせたくはなく、とりあえず長男を会わせれば義理は果たしたことになるからいいよね、かな?


 俺はシートに背中を持たれさせ、祖父母について思い出そうとした。

 俺は彼等には数える程しか会っていないけれど、だからこそ非礼があっては後々面倒である。

 特に実母と事を構えるつもりである俺としては、彼らが俺への関心が薄すぎては父の為に蒲生家の評判を考えろと横やりが入る可能性がある。逆に俺に愛着を持たれたら、父に母と離婚して父子家庭になれと言い出しかねない。


 俺の邪魔をしない程度に俺に好意を持っている、それぐらいの線を狙うにはどうするべきか。


 ――お年玉とか小遣いについては気前が良い祖父母だよな。


 うん、そこは恩義があるから、普通に良い孫を演じておこう。


「着いたわよ」


 俺はタクシーが止まった目的地を車窓から眺め、いったいこれは何の嫌がらせなんだろうかと首を傾げた。


「どうして祥鳳大学大阪医療センター?県内にあるじゃない。本丸の祥鳳大学医療センターが!!」


「私だって分からないわよ。さあ、降りて。面会したらすぐに帰るわよ」


 俺は嫌な予感ばかりで母と病院内へと入り、これもアンリの仕込みじゃなければ良いなあと思いながら頭を下げた。

 祖父母に、ではなく、東大出の教授、桑井くわい嗣巳つぐみ様に。

 だって祖父はもうすでに手術準備で病室にはいなかった。


「初めまして。孫の蒲生晴純と申します。祖父をどうぞお願いします」


 少々恰幅が良く、若かりし頃は美形だった事をうかがわせるだけの彫りが深い桑井教授は、俺が何者なのかすぐにわかったのか、皮肉そうに口元を歪めた。


「私大出のあれに執刀を任せねばならなくなったのは、君の祖父だったからか。全く、初見の患者を執刀できる節操なさは見習いたいくらいだな」


「いえいえ。祖父には最高のラッキーを贈れたと、俺は自分が誇らしいばかりですよ。拓海教授は世界一素晴らしい脳外科医ですから」


「ハレスミ!!僕は頑張るよ!!」


 俺は桑井教授に笑顔を見せつけながら、みっともなく戸口から顔を出して台無しの声を上げた拓海を心の中で蹴っ飛ばした。

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