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連絡その四 セレブという言葉は「噂の」程度の意味しかない

 本来であれば船内の夕飯は豪勢なものだっただろう。

 しかしケクランによって乗員が無人となってしまった上に食料保存庫が死体置き場となってしまった御厨の船では、俺達に手渡されたのは海保を通じて搬入されていたペットボトルの水と弁当だけである。


 今夜の分は通常の弁当であるが、明日の朝と昼は水を入れて食べられる事になる非常食だけとなる。


 俺と悠は弁当を手渡されるや上甲板に上がり、俺達の性格なのか、甲板の真ん中どころか人目から隠られそうな隅に座って弁当を開いた。


 隅でも空に広がる星空は無限で開放感ばかりだ。

 ただし、夕飯で素晴らしいのはその星空だけ。

 俺は冷え切って一枚板みたいに米同士がくっついているご飯は嬉しくないし、脂ぎった揚げ物も少々生臭い焼き魚もごめん被りたい気持ちしかない。


「陸に戻りたかったな。飯が悲しすぎる」


「これはこれで面白く無い?なんかさ、アニメの主人公達みたいで?」


 俺は悠の台詞にクスリと笑う。

 悠はアニメが好きで、彼の今一番のお気に入りは、女の子達が廃墟となった学校や町でサバイバルしている物語である。秋には第二シーズンが始まるからと俺は彼からDVDを押しつけられている。


「また笑う。君は僕が子供みたいだって思った?アニメも好きだしゲームも好きだし、君が抱いた生徒会長象でなくてさ、実は幻滅している?」


 俺の弁当を突く箸が止まる。

 印象が違うと言って幻滅されたくないとびくびくしているのは、実は俺の方であるからだ。


「ぜんぜん。悠の言葉で、そうだなって楽しくなったんだけど?あれは、ええと、八話だったっけ?ミミが自分を裏切ったヨッコに見つかりたくないって、廃墟の学校でかくれんぼしながら逃げ回る話は。あれは良かった」


「僕は悲しかったな。結局ヨッコはミミに会えず終いでさ。そこで会えれば最終話はどうにかなったかもって思ったからね」


「君?俺はまだ十話までしか観て無いんだけど?ヨッコ側の事情知らないし、よくぞミミは逃げ延びれたなって感想なんだけど?」

 

 悠は俺の台詞にクスリと笑う。

 いいや、クスリどころか本気で笑い出した。


「ハハハ。ネタバレだ!!やってしまった!!」


 そして彼は乾いた笑い声を音楽で言えば二小節ほど繰り返した後、静かで沈んだ声で、ごめん、と謝った。


「いいよ。今までと同じに付き合うのは難しいと思ったかな。たぶん、君は聞いたんだよね。俺の前の中学でのこと――おそらく母から」


「ごめん」


「いいよ。仕方が無い。結果として二人死んでいる。君が俺から離れたいと思うのは自然な事だ」


 俺は自分が凄い卑怯者だと思った。

 悠が俺に謝るのは、俺の虐められていた過去を知り、泣くだけだった愚図な状態の俺を知り、今はいっぱいいっぱい虚勢を張っているだけだと知ったからだ。

 今までと違い、同情、を含んだ目線で見てしまう事を謝ったはずなのだ。


 今までと同じように気軽に会話出来る相手じゃ無くなった、ごめん、だ。


 それを俺は自分が殺人者と告白した事で、忌み嫌われる方向へと誘導したのだ。

 親友だと思った相手に嫌われるとしても、同情を与えねばならない相手と見られるよりは、存在性が違うと離れられた方がいい。

 昼行性の鷹と夜行性の梟が親友になれるはずは無いって事の方がいい。


「死人?いや、あの、聞いた事はちがくて――あのやっぱごめん」


「ごめんはいいから、母が君に言った事を全部教えて。俺のことを友達だって思ってくれているなら、頼むから洗いざらい教えてくれ」


「――あの、僕が聞かされたのは、君が言語障害があって酷いいじめを受けていたってことで、あの、手術で良くなったけれど、今の状態こそ無理して頑張っているから、ええと、これ以上無理させたくはない?」


「――母はそう言ったの?」


「あ、ああ。うん。僕達が東大を目指すのは素晴らしいことだけど、今の君の状態は医者である拓海先生の管理があってこそだって。あまり無理させてほしくない。ええと、――ごめん」


 俺はそう来たか、とあの女に意表を突かれていた。

 簡単にあなたの友達はあなたから離れたわね、そんなあいつのほくそ笑みが見えるようだ。


 兵頭さん、潰すんじゃ無かったのかよ!!

 って、その機会はケクラン一味の襲撃と鹿角の事情聴取できっと無かったか。


「ごめん。えと、体の具合は、その」


「母の行動に反吐が出そうだけど、それ以外は大丈夫だよ。それでアリサ達が俺達を襲撃して来ないのか。君と俺に話合いをさせるために」


 俺は舌打ちをし、悠は俺の舌打ちにびくっと震える。

 俺よりも五センチ伸びてるくせに。


「晴?」


 俺は大きく息を吸って吐いた。

 それから、悠をしっかり見つめる。


「ごめん。悠」


「やっぱり体が」

「違う。俺は言語障害があるから知能に問題があると思われてたし、脳に機能障害があったから体が上手く動かなかったんだ。拓海先生に手術を受けるまでね」


「それじゃあ――」

「いいから、俺が全部言い終わるまで聞いて」


「ごめん」


「こっちこそ。で、俺がその状態のせいで酷いいじめを受けていたのは本当。そして、俺を虐める人間は俺に言ったよ。お前なんか蒲生家のいらない子だ。殺したってかまわないものな、って。つまり、俺の母は障害がある状態の俺はいらなかった。そんな奴が君達に言った言葉なんか信じないで欲しい」


 そこまで言って、俺は母の行動が見えた。

 俺から友人を剥ぎ取り、さらに拓海から必死になって引き離したいと画策しているそのわけを。

 蒼星と俺の環境の差が悔しいからでは無かったのだ。


「そんな、晴純?」


「ごめん。この先は君が理解できるかわからないけど、言うね。俺の障害はね、俺が赤ん坊の時に母が落としたせいで出来た脳の傷によるものなんだ。母はその事実から逃げたい。その事実を追及されたくない。俺が喋られない時は自分の罪を隠すように俺を無視したが、俺が喋られるようになった今は、俺こそ隠してしまいたいのかな」


「僕に理解できないって言い方は酷いね」


「だって君のお母さんは絶対に俺の母のような事はしない。俺だって自分の母の思考が理解できないんだから、君こそ、でしょう」


 悠はくすりと笑ったが、それは楽しい時に人が出す笑いではなく、やるせない気持ちを感じた時に人が出すものだ。

 重い空気の流れを変えようとする無意識の試みか。


「――君が僕達と同じ志望校でも死亡しないんだな?」


「成績的には死亡しそうだけどね」


 悠は顔を上げると、伏兵に大声をあげた。

 そうだった、今日は俺一人仲間外れだった。


「夏南!!アリサ君!!聞いただろ!!晴は今までと同じに、コノヤロウ扱いで大丈夫だって!!」


「コノヤロウ扱いは文句を言いたいな」


 俺はぼやきながら悠が声があげた方角を見つめながら、そこに出現した人影二つに対して怒鳴った。


「アリサ!!お前こそ俺が糞元気だって知ってるだろうがよ!!」


「だあって、あたしこそ晴君が入院してた時の姿を知ってるんだもん。晴君はぜんぜん平気な顔をしてるけど、坊主になってて頭に包帯を巻いている姿って、それはもうくるものがあるんだよ」


 俺の隣に当たり前という風に有咲が胡坐をかいてどかっと座り、その有咲の隣で右隣りは悠となるように夏南が座る。


「体が激弱って聞いて、私が色々やらせたこととかぶわあって思い出しちゃって。もう、私のせいで寿命縮めてたらってグルグル考えちゃった。でも、大丈夫なんだよね?」


「いや、そこは反省して、今後は俺の体を気遣って欲しいな」


「もう、晴純君は。もう生徒会じゃ無くなったし、仕事は無いから大丈夫」


「でも、勉強しろ、と」


 有咲と夏南はにやっと悪辣に見える笑顔を俺に向けた。


「当り前。同じガッコに行くんだからね」

「そうよ。四人一緒が私達なの」


 俺は、わかった、と言い、親友を見返す。

 彼は割と神妙な顔つきで俺に右手を伸ばす。


「悠?」


「約束してくれ。僕の前ではカッコつけないって。辛かったら頼って欲しい、僕が君に頼るようにね」


 俺は悠の手を握る。


「もちろんだよ。君は親父さんぐらいには背が伸びるでしょ。高校生になったらさ、朝が辛い時には俺を背負って学校に連れて行って」


「ええ!そういう時は藤さんでズルしようよ。そこは僕こそ期待しているのに」


 俺はアハハと笑う。

 皆も笑い、それから皆でいつものように馬鹿話に花を咲かせながら、美味しくもない弁当を突く。

 なんて素晴らしき風景だろう。


 見えているか?蒲生がもう麻美まみ


 奴は今、病弱な息子を心配しつつ陰ながら見守る母の姿、を演じている。

 俺はあいつを視界の隅に捉えながら、どうしてやろうかと思案する。


 たぶん、悠達に聞かせた俺が病弱説は、俺が拓海の家に保護されてから自分の周囲に広げているはずのものだろう。


 辛いけれど、息子のための最善の選択なの。


 俺があいつを貶める発言を広めれば?


 いいのよ、それであの子が幸せならば私は全く構わないわ?

 セレブってる奴は始末が悪いな。

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