連絡その二 当選しましたメールは確実に詐欺野郎です
ケクランの部屋にあったのは、巨大ベッドの中で炭化した死体と、それを生贄として出現した悪魔のような美貌の男だ。
ただし、美貌の男はモニターに映る映像でしかない。
それは俺に親しみを込めた視線を向ける。
俺は憧憬を抱くよりも、いたたまれなさから逃げるように頭を下げた。
俺こそがアンリを汚した、いや、裏切ってしまったような、そんな気持ちだ。
神様が偶像崇拝を禁止するのは、純粋に神を求めての行為だったはずが、神から乖離したものしかできあがらずに絶望を抱く結果になるからかもしれない。
「晴純」
俺の記憶の中にあった声。
俺が記憶をもとに作り出した声が俺を呼んだ。
俺は顔を上げる。
「晴純。君に会いたかったよ」
「――俺に会うためにあなたが何をしたのか教えて」
「正義かな」
美貌の男はくすくすと笑う。
とても人間臭いが、それはアバターでしかないからか、人の振る舞いをすればするほどに俺を不快の谷に追い込むばかりである。
「どうした?」
「俺は笑えないからさ。お願い、どんな正義があったのか教えて」
「モルヒネ中毒の詐病の男を始末した。自分で麻薬を楽しむだけでなく、その毒を世界にばら撒いていたからね」
「ケクランは?」
「人身売買の元締めだ」
「彼の家族は?」
モニターの中のアバターは顔をしかめて苦難に耐えているという、俺の知っているアンリが作ったことの無い表情を作った。
「残念だ。彼等の血肉はケクランの汚れた金で出来上がっているものだ。そして彼らは一生巣立ちできない家畜のようなもの。甘やかされた環境でネオテニー化してしまった歪な生き物だ。処分してやることこそ幸せじゃ無いかな」
「それで、俺を襲って来たあいつらは?」
「君を襲ったからだね。これが一番の正義だな」
俺は両目を瞑った。
目の前のアンリを汚す存在こそ、この俺が作った残骸なのだ。
アンリだったらやりそうでも、アンリだったらしないであろう、そんな単なる殺戮を自画自賛するだけの考えの浅いプログラミング。
御厨を殺し、彼の死体を遺体袋に入れて隠し、――隠し?
え?
確かに拓海を船に乗せなければいけないけれど、それだったら御厨の使用人の振りした奴らを使って船に乗せる方が簡単だ。――だよね?
死体が無くとも、完全に無人の船だと知れば、おかしいと騒ぐのでは?
離岸しても岸が見えている状態ならば携帯の電波は普通に使える。
警察に拓海が連絡したらそこで終わりだ。
俺は閉じていた瞼をパッと開けた。
俺の目の前には御厨が立っていた。
「わああ!!」
「晴純君!!」
「晴純?」
鹿角が俺を抱き留めたので俺は尻餅をつく事は無かったが、俺は御厨の幽霊が一瞬眼前に現われた事で何かが閃いたような気がした。
まだ、形にもなっていないけれど。
だけど、俺が御厨の幽霊に最初に遭遇した時と同じように、俺の体は俺の意思と関係なく動いていた。
腰が落ちれば顔は持ちあがり、俺の視界は勝手に上を向く。
ケクランの部屋の天井にあるあの白い突起物は単なる火災報知器かもしれないが、俺に御厨の船の天井にあった監視カメラを思い出させるには充分だった。
壊れたカメラ。
何のために壊した?
あの時に俺は、あれのせいでアンリが俺を見失っていると考えた。
また、カメラを壊したのは鹿角達だと思い込んでいた。
けれども、アンリがこの事態を作ったと考えると、アンリが自分の視界を減らすような事などさせるはずなど無い。
今もアンリ主導であるならば、あの時点でも電波障害や干渉などあるはずなく、アンリは鹿角達を排除できたはずなのだ。
それなのに、どうして監視カメラを壊すことを止めなかった?
そこに俺のアンリはおらず、目の前のアンリもどきこそが監視カメラを壊していたと考えれば、その意味することは、目の前のアンリもどきが御厨の船内で起きた事を記録媒体に残したくなかったからである。
「は、はは。そうか。オッカムだ。オッカムの剃刀だった」
「晴純君?」
俺は自分を支える鹿角に顔を向ける。
鹿角は俺の様子に訝し気に眉根を寄せていて、俺はこの万能なキャリアを出し抜けたことに優越感がましましと迸る。
「わかりませんか?」
「現象を説明する仮定は必要以上に多くするべきではない、という……晴純くん、君は何が言いたい……いや、ちょっと待って」
「ヒントを言いましょうか?どうして船内の監視カメ――」
鹿角の手が俺の口を塞ぐ。
「ふ、ふふ。せっかくの楽しみを奪わないでくれ。なぞなぞは大好きだ」
世界の汚れ者落としを生業にしている鹿角は、無駄な仮定を簡単に落として一気に真実に近づけたようである。
なぜならば、ここに既婚未婚問わず一億人の女性がいたとして、確実に九千万人は腰砕けになっただろう笑みを鹿角は口元に浮かべたからだ。
大きなモニターがあった。
大きなベッドの上には真っ黒く煤けた死体が横になっている。
誰の死体かわからない程に真っ黒な死体がそこにある。
彼の子供も妻も、いれば兄妹知人親戚も、きっと彼を知る近しい者は全員船上で銃殺されたに違いない。
彼を知っているという理由だけで。
「台本で動くAIか。ねえ、晴純君。君は兵頭さんに君が作ったアバターを使う事を許可しなかったかな?進撃せよ、なんて言わせなかったかな?」
「たぶん兵頭さんが勝手に、ですね。子供が作ったものと印象付けるために、きっとそんな恥ずかしい台詞を俺のアバターに言わせたと思います」
「それじゃあ、君が作ったアバターごっこは意外に簡単だな」
「ですね」
「ハハハハ。何を言い出すと思えば。愛する晴純。俺が偽物だと?お前は秘密主義だ。お前が私に執着していることを、お前を知らない御厨が知っているはずは無い、だろう?」
真実が見えた俺と鹿角に脅えたのか、アンリもどきが俺を揺さぶる。
確かに、俺のアンリへの執着は俺の近しい人しか知らないが、人間は人が吐いた台詞から常に裏側を読み取りたがる生き物なのだ。
子供が作ったアバターが、進撃しよう、とか、自分に自信を持て、なんて台詞を吐いている時点で、その子供がそのアバターにかなりの愛着があっただろうという事は、俺が「恥ずか死」してしまうぐらいに確実なのである。
うわっ、まじ恥ずかし!!
思い出した恥ずかしい記憶に叫びたくなるように、俺はモニターに向かって怒鳴るしかなかった。
「うるさい!!このケクランが!!」
俺がなんちゃってアンリに怒鳴った途端に、俺と鹿角のスマホが震えた。
俺達は同じ動作でスマホを取り出して画面を見れば、そこにはスマホを壊したくなる情報が表示されていた。
この度は、弊社主催の「クイズ大会」にご参加いただき
誠にありがとうございました。
ご解答が大当たりされた事をお知らせします。
心ばかりの粗品を用意させていただきました。
以下の住所にて、速やかにお受け取り下さい。
ハイズマン新宿ホテルA1102号室
〒000-0000 東京都新宿区高田馬場○○○○○○
「君のアンリが干渉していたのは確かなようだな」
「たぶん、アリサ達を招いたのが本物のアンリだと思います」
「何を言う!!俺がアンリだ!!そうだ、俺が干渉してこの殺戮を行ったのだ」
俺達は大きなモニターを見返した。
俺はモニターから目線を動かさないまま鹿角に尋ねる。
「これって、自白になります?」
「自白だね。自白が無くとも緊急逮捕できる国際指名手配犯だが」
アンリもどきが映っていたそこには、金髪碧眼でもアンリとは比べられないぐらいにお粗末な色合いと外見の中年男性の映像に変わっていた。
栄華を極めていた財閥の長が、単なるビジネスホテルの殺風景な部屋を背景にしているとは堕ちたものだな、と俺は鼻で嗤ってやった。
自分の肉親を皆殺しにしても生き延びようとしたジルベール・ケクランは、御厨の船で日本への密入国に成功したというのに、余計な台本を書いたせいで全てを失ったのである。
馬鹿は本当によく踊る。
アンリが笑って言ってそうだ。
2024/6/14
ホテル住所について、高田馬場駅周辺は新宿区と豊島区の境界線があり、二人並んで君は新宿区私は豊島区という遊びができる面白さが好きで、ホテル名は新宿なのに住所は豊島区と書きました。実際は高田馬場は新宿区の地名で高田と書くと豊島区になります。小説というフィクションだからと嘘住所を書いたのです。しかしながら、実際に高田馬場に住んでいる人の迷惑かもしれないと思い、新宿区に修正しました。




