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報告その一 大人は卑怯をぶち込みますね

 大阪に単身赴任している俺の父、蒲生がもう彰人あきとに会いに行くだけの蒲生家の家族旅行は、出先から間違えたために状況は混迷している。


 新幹線ではなく海路を選択した事こそ大間違いだったのだ。


 大金持ちである御厨の船に乗った後に船は遠隔ジャックされ、今や、その船をジャックしている悪人達が乗る船に接舷されるのを待っている状況である。


 さてこのような状況、俺だって我慢ならないが、同乗者である警察官達が大人しくしているものだろうか。


 俺は鹿角という警察よりもテロリストに近い男に上手く使われ、船を強制停電させたばかりである。

 さて、船の制御装置をリセットさせたならば、俺達は今すぐにジャックされていた通信手段を奪い返さねばならない。

 俺は船の通信機器の制御盤を剥き出しにしている若き男、長身に筋肉質な鍛えられた体躯とどこから見ても警察官な波瀬はせ進士しんじを横目見る。


 惚れ惚れするぐらいに無駄のない動きをしていやがる。


 波瀬はただ者じゃないどころか、きっと堅牢な建物の電子キー解除するための技術と知識を備えている人なのだろう。


「拓海先生のパソお届けだよ!!」


 藤が到着したが、彼の横には三角はいない。

 鹿角だってここにいない。

 なのに波瀬だけをこの部屋に残していたのは?


 人当たりが良さそうな立木は、もしかして有咲達の所にいるのかな?

 あるいは、停電に合わせて船窓から飛び出して船をよじ登って上甲板に出た、とか?


 これで全部わかった。

 鹿角は全部想定していやがった、と。


 鹿角が俺に望んだのは、相手からの強制停電を引き起こさせる事だけだったか。

 事が起きればそれぞれが動くようにしていたに違いない。


「可哀想に三角さん。真っ暗な中、船底まで走らされたのですね」


 一人で一生懸命制御盤のコードをより分けている波瀬の肩が揺れる。

 クスクス笑いもやはり良い声だ。

 このミスターパーフェクトめ。


「結局、繋ぐんだね」


 拓海のかなりがっかりした声に、俺も少々クスクス笑いがこみ上げる。

 いくら拓海のパソコンの容量が大きいと言えども、普通のノートパソコンを船の情報端末にしてはパソコンは確実に数分しないで壊れてしまうだろう。


 拓海は乗船者の命の為に自分のパソコンを生贄に捧げる事を決意をしたが、これからパソコン内にある自分の論文などの情報が失われる事を嘆いているのだ。


「いいえ。それは大丈夫そうです、ですね。波瀬さん」


 波瀬は俺に振り向いて、片目を瞑って見せた。

 それから彼は鹿角が座っていたソファの下へ上体と一緒に長い手を伸ばして、その下にあったらしい黒いトランクを引き出したのである。


 そこにそんなのが隠してあったなんて、俺は全然気が付かなかった。

 鹿角は俺があいつを見たくもない事を知っているな。


「全部、想定済でしたか」


「備えあって助かったが真実ですね。御厨はモルヒネの売買もしてました。長い航海の為の備蓄ということですが、病気だという彼に処置するには所持量が多すぎる。彼の財産の出どころですね。彼の船が寄港するとの情報で、強制捜査の手続きも取ってあります。これはそれ用の解析用でした。もろに役立つとは、俺達こそ思っていませんでしたよ」


「ええ~。それじゃあ俺は無駄に走らされただけ?」


「藤さんがパソコンを取りに行ってくれたから奴らは船を停電させたんです。拓海先生のパソコンを壊させたくないから。この船の制圧権を奪われたく無いから。だから、ありがとうです」


「この悪ガキが」


 藤は不貞腐れた声を出しながら部屋に入って来て、パソコンを抱いたままどさりとソファに座る。

 拓海も自分のパソコンがお役御免だと知ったから力が抜けたのか、藤の隣に腰を下ろした。

 俺はその拓海の近くに座らずに波瀬の隣に座った。


「晴純君?」


「俺は船の回路を繋ぎ直すなんて実はできません。教えてください」


「ハハハ。君こそはったりだったのか。俺が出来ない人だったらどうしたかな?」


「――考えてもいませんでした」


 俺は波瀬に答えながら、自分の甘さを笑っていた。

 涙が零れそうになるぐらいの自嘲を込めて、だ。


 俺はアンリを求めているのだ。

 単なるAIとは言えなくなったアンリに俺の中にいたアンリの意識が入っているような気がしていたから、絶体絶命ならばアンリが俺を助けてくれるはずだと思い込んでいたのである。


 いいや。

 そう思わなければ俺は生きていけないのだ。


 誰も愛してくれなかった時に俺を愛してくれたアンリは、機能障害となっていた俺の脳が作った人格などではないと俺はそこに縋っている。

 多重人格の一つの人格でしかなかったのならば、アンリは俺そのものだ。

 その答えが導くことは、誰も俺を愛さない、それだからだ。


 失語症で何の煌きも無い自分を受け入れる人間などいなかった。

 アンリ以外は。


 拓海が俺に目を掛けたのは、俺が脳に機能障害を負っていた患者だったからだ。

 鹿角が俺に注意を向けたのは、俺が人殺しをしたからだ。

 ただ泣いていた時の俺など誰も目を向けてなどくれなかった。

 だから、だからこそ、アンリは異世界から来た勇者の魂でなくてはいけない。


「嘘つきだな。君は。一人で全部おっ被るつもりだったな」


「波瀬さん?」


「警察においで。チーム活動を学ぼう。足が不自由だから無理だと考えている?実は電子機器に強い技官こそ積極募集中なんだよ。君が――」

「犯罪を起こさないと確信できるなら、ですね。安心してください。俺は鹿角さんのお陰で限度を学びました。限度を知らないのは彼の方ですよ」


「確かに!!」


 波瀬はくくっと喉を鳴らして笑うと、再び制御盤の解体に戻った。

 ただ解体していくのではない。

 低くて静かな声で、眠くなる数学の先生のような真面目で少々堅苦しい説明、というか、呟きながら作業をしているのだ。

 だから俺は彼が何をしているのか理解できたし、彼がそうやって自分の作業を間違えないようにしているのも理解できた。


「鹿角さんは君に似ているね。俺達に仕事をさせる癖にスタンドプレイが多い。それを悲しく思っているなんて彼は気が付いているかな?」


 俺は思わず後ろを振り返り、自分を見守っている拓海達の顔を見てしまった。

 だがすぐに自分が何をしてしまったのか気付いたが、それは後の祭りだった。


 ちくしょう。

 こいつはやっぱりできる男だ。

 再び目線を波瀬の手元に戻したが、俺が知りたかったことが済んでいたのだ。

 彼は何気ない台詞で俺に拓海達への罪悪感を植え付けて、自分の企業秘密な場所から俺の目を反らす誘導を行ったのだ。


 その証拠に、真っ暗だったパソコン画面に見慣れないホーム画面が出ている。


 認証キーとか欲しかったな。


 結局化かし合いに負けたならばと、俺は罪悪感だけは解消する事にした。

 そうだ、俺は子供だ。

 これから起きることは俺が責任を負う事ではない。

 そうなんだろ?


 俺は船窓から海原を見つめる。

 ゴマ粒程度だった船影が今そこにある。

 甲板に並ぶ十数人の全員が、アサトライフルと呼ぶだろう銃を抱えていることも良く見えるぐらいに。

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