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梟が飛ぼうとしなかった理由

 俺を父親にしてくれ。


 これは俺を守り寄り添ってくれたアンリの言葉だ。

 だからこの事態をアンリが招いたと考えた時、俺はとてつもなく悲しくなった。

 俺の実の親が俺を思い通りにしようとする行為、それと一緒じゃないかって。


 アンリだったら、もし俺の行動がおかしいと思えば叱るだろう。

 それにさ、俺といた時のアンリは自分こそが表立って動いて、俺に生き方を教えてくれたんだよ。


 そんな事を思い返しながら俺は現状を嘆き、だからこそ気が付いたのだ。

 拓海と鹿角にアンリだと思わせているそれは、アンリなどではない、と。

 アンリのふりをした何か、だと。


 ギュウウウウウウウウウウウウウン。


 船底でのリセット起動が上手くいったのだろう。

 御厨号が再び産声をあげた。

 消えていた電灯がぱっと点灯する。

 俺はすぐさま真っ暗なモニターや止まったままの機器の針の動きを眺めた。


 ほんの一分だけ、少しだけ、と。


 そして俺の視線の先は、何の動きも起きはしなかった。

 俺は右目に滲んだ涙を乱暴に指先で拭う。

 今はうじうじ思案している場合じゃない。

 衛星にいるはずのアンリが何とかしてくれる、なんて、俺は夢を見過ぎだ。


「晴純?」


「やっぱ、パソコンを駄目にするかもです。とりあえず制御盤を裸にします」


「電源が落ちている時にすれば良かったね。兵頭、ゴム手袋持ってきて。感電したら大変だ」


 拓海はシャツの腕まくりをし始め、俺はその腕を押さえた。

 高名なる外科医の指先に火傷なんかさせたら大変だ。


「――君は」


「ずっと亮さんに食べさせてもらう、が俺の夢ですから」


「まあ!!あなたこそ稼がせてあげますわよ」


 俺と拓海の間に手術用のラテックスの手袋が差し出される。

 差し出して来た兵頭は長い睫毛に縁どられた美しい瞳を、拓海ではなく俺に向けており、その瞳は子供の悪戯を叱る母親みたいだった。


 俺は実の母親と上手くなんか出来たことはない。

 俺の言葉は実母を苛立たせるだけであり、彼女を説得などできやしない。

 だから兵頭にどう返すべきか戸惑った。


 それで母親と上手くやれている悠の口調を真似てみたのである。

 悠が俺に言い訳をする時の言い方であるけれど。


「でも俺は、兵頭さんと亮さんに守られる今みたいなのが好きだし」


「まあ!!あなたが凄い教授になっても、私はあなたを守りますわよ?」


「今みたいな感じで?だったら俺は頑張ります。兵頭さんに認められるように。だから母さんに俺を渡さないで下さい。知ってますか?母さんは俺に単身赴任の父の世話係になって大阪に行けって言ってるんです。嫌ですよ!!」


「あらあら。でもあなたは教授のお世話係になりたいんでしょう?お金で家政婦を雇える教授と違って、あなたのお父さんは家事をしてくれる人がいないと死活問題になっているんじゃなくて?」


 あ、単身赴任の父に俺をという母の案は、兵頭の仕込みだったか?

 もしかして、悠が俺の将来ニートな生活設計を兵頭に相談していた?

 でもって大阪行きに脅えた俺が学業に専念する、というシナリオだった?


「ハレ君?」


「俺はお世話係なんてなりたく無いですよ。ただ、家事というツールを装備して使用する事で、亮さんと沢山お喋りができるからしてるんです。俺は亮さんに治して貰うまで失語症だったじゃないですか。言いたいことを口にする前に頭の中で言葉が全部消えたんです。なのに、亮さんはそんな時でも俺と話そうとしてくれました。父さんは、そんな俺が見たくないから単身赴任しているんです。自分の遺伝みたいで嫌だから!!だから、だから」


「晴純。晴純」


 俺は拓海に抱きしめられていた。

 俺の顔が押し付けられた拓海の胸元が濡れている、のは、俺が泣いてるからか。


 何てことだよ。

 俺は適当に兵頭を説得しようと思っただけなのに、兵頭が俺を裏切っていたかもと思ったら、隠していた本心を吐き出してしまっていたとは。


 違う、ずっとずっと吐き出したかったことだ。

 拓海が頼られないとぼやくたびに、本当のことを。


 だけど言ってしまったら、俺は大事にしてあげるべき子供にならないか?


 そう思って言えなかった。

 何でも無くとも愛してもらいたい、俺はそれだけだから。


「僕は君の言葉が聞きたいだけだよ。家事なんかしなくても僕は君とおしゃべりしたい。そう考えているよ」


「亮さん!!」


「君は僕の大事な息子だ。絶対に君を守る。そうだな、まずは一緒に船を破壊しようか?一緒に家に戻るために」


「じゃあ私は、蒲生がもう麻美まみを潰してきましょう。我が子のために」


 兵頭は抱き合っていた俺と拓海の間にラテックスの手袋入りの箱を入れ込むと、うふっと艶やかに笑い、そのまま去って行った。


 俺と拓海は凍り付いていた。

 だって兵頭さん、我が子、なんて言った。

 祥鳳大学のことを我が子って言ったんだよね、だよね?


「俺も君のお兄ちゃんになるからね。ぐす。なんかあったら連絡していいから。さあ、家族の明日の為に頑張ろうか」


「え?」


 涙顔した波瀬が俺と拓海に挟まれているラテックス手袋の箱を引き出し、当たり前のようにして手袋を装着し始めた。

 そして彼はそのままモニターの方へと動き、俺達がするべきだった配線が埋まっているはずの場所を隠す金属板を外す仕事にとりかかったではないか。

 物凄く手慣れた手つきで。


「波瀬さん。自作パソコンする人?」


「君の部屋に勝手に入って君のパソコン解析をしたのは俺かな」


「ちくしょう!!ミスターパーフェクトだったか」


 波瀬は低くていい声で喉を鳴らして笑い、俺の癇に障る台詞を俺に投げた。

 これから進撃するんだよ?

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