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報連相が終われば梟は問答をする

 船は勝手な航路を進んでいる。

 そこで俺を呼んでいるという船室に、三角の誘導で藤と向かった。

 しかし、船の機関部となる船室の扉が開いた途端に、俺はそのまま全部放り投げてUターンしたくなってしまった。


 拓海のいる場所に必ずいるショッキングピンク、美しき秘書の兵頭がカエルを飲み込む前の蛇みたいな顔で俺を見たからではない。

 春休みの逃避行時に随行し、腹を切られたSPの波瀬さんが、俺の顔を見た途端にトラウマに襲われたようにして腹を押さえたからでもない。


 船のキャビン。

 自動操縦が不能になった場合の操縦桿もあるし、そのための計器もあるけれど、基本はコンピューター制御の船らしい、その制御室だ。

 航路の先である海原を見渡せる大きな窓のある船室には、完全なオートパイロットが出来る船らしく、窓の向こうを眺めて楽しむだけのソファセットがある。


 俺が逃げ出したくなったのは、そのソファセットに対面で座る二人の男達の険悪な状況が怖かったからである。

 俺にはほとんど見せない教授顔、それも医学界から追い出してやる、ぐらいの重苦しい雰囲気を纏った拓海と、悠然とした笑顔ながら、いくらでも相手の眉間を撃ち抜けるぞと脅しをかけているような鹿角がいるのだ。


 その無言の潰し合いの原因は、恐らくも何も、俺。


「三角さん。俺はやっぱ単なる中学生ということでいいですか?」


「晴君!!」


 三角があげた声で拓海は俺の方へと顔を向けた。

 鹿角に向けていた顔など消えた、いつもの拓海の顔だ。


「晴純!!君は部屋に戻って。何でもないんだから」


 俺は素直に、はい、なんて言った。

 すると、どうだろう。

 鹿角までいつもの余裕綽々な顔になり、額に手を当てて笑い出した。


「そうですね。何でも無いですね。子供に知らせるべきことは何も無い」


「お前達はそうやって晴純の才能を潰すんだな」


 俺は無意識に拳を握っていた。

 鹿角の後に発言した者は、この部屋にいないのにいる者だから。


 船室にあるモニターには、エレベーターホールで見た幽霊を健康そうに修正した姿が映っており、それはさらに言葉を続けようと口を開いた。


「晴純。お前は進撃するべきだ。そうだろう?」


 ニュースキャスターにしか見えない真面目顔の他人でしかない御厨が、どうしてアンリのような台詞で俺に語りかけるのであろう。


 俺は船室にしっかりと入り込む。

 そして、モニターから視線を外さずに、モニターの真ん前となる床に座り込む。

 いつでも立ち上がれる、そんな風に立てた杖を掴む格好で。


 杖を掴みながらも格好つけて指の体操をしてみたりもして、とりあえず鹿角から貰った杖は使い勝手が良いなあ、と思った。

 それから俺は、モニターに言葉をようやく返す。

 舞台の上で注目を集めるには、ため、という待たせ時間を作れと藤は言うし。


「進撃?俺に何ができるの?」


「何でもだ。そうだろう?お前は望めばこの世界の枠組みを壊すことができる。お前が望んだお前の王国を作り上げることができるんだ。本当の自由を手に入れる事が出来るはずだ」


「う~ん。進撃するなら、俺は自分で決めた日に決めた方法でする。あとさ、俺は左足が不自由だから、自由でも自給自足な生活は、ハハハ、無理ですね。コンビニがある世界じゃないと生きていけませんて」


 鹿角と拓海は笑いを噛みしめてくれたが、俺に話しかける御厨の像はプログラミングされた映像でしか無いという証拠に、笑い出しなどしなかった。

 けれど、俺の言葉にちゃんと言い返してくれた。


「船は一つの国家だ。誰にも踏み込めない王国を作れるぞ。金さえあれば世界を巡り、食料その他は寄港して手に入れれば解決だ」


「本当にそれは可能なの?」


 俺は鹿角へと顔を向けた。

 鹿角は俺の意図がわかった、という風に、喉を振るわせてくくっと笑う。

 それだけでなく、彼は相槌のように首を振った。

 俺は再びモニターに向き合う。


「わかった。言う通りにしよう。ただ、大した食料を乗せていないこの船で太平洋など航行しきれないよ。とりあえずさ、航路を横浜に向けてくれる?」


「安心しろ。この船は単なるリムジンだ。お前が乗るべき船は別にある」


 俺は今度は拓海へと顔を向けた。

 拓海は、わかってはいたが、ずっと俺を見つめていたのだろう。

 俺を心配している以上に俺を信じていると、その微笑みは言っている。

 なんでも頼ってくれって。


「亮さん。凄い迷惑をかけていいですか?」


「いいよ」


「即答ですね。本当にいいんですか?」


「君が頼ってくれるなら。二言はないよ」


 俺は藤へと振り返り、俺を見守っていた三角だけでなく、上司の為に部屋に詰めていた波瀬にも同調してもらえるように大声をあげた。


「拓海先生のノートパソコンを持ってきてください。この船の制御盤をバラして回線を全部拓海先生のパソコンにつなぎ直します!!」


「よっしゃ!!」

「おっけい!!」

「それは駄目よ!!」


 藤と三角を制するように、兵頭の声が船室内で響く。

 しかし、戸口にいた三角と藤は一気に駆け出して行き、二人を止めようと飛び出す兵頭を波瀬が捕まえた。


「放しなさい!!どれだけ重要な論文があのパソコンに入っていると思うの!!絶対にダメよ!!」


「晴純?で、データ、壊れちゃうかな?」


「ご迷惑おかけします」


「ええ!!ちょ、ちょっと、待って。晴純。ええと、他のパソコンは」


 拓海に答えずに俺は無言で立ち上がり、俺の宣戦布告を聞いたモニターを見つめながら俺は数歩歩く。


「お前には躾が必要だな」


「お望みどおり、俺は進撃するんですよ」


 俺は再び床に腰を下ろす。

 モニター下となる配線やら何やらが詰まっている場所を急いで剥きだして、自分が宣言した通りのことをしなければいけない。

 パソコンのメモリーを増やしたり基盤替えたりはしてきたけれど、船なんかの配線を弄ることができるのか、全く不安しか無いが。


「ああ、面倒!!俺一人じゃなくて、動ける人みんなでガワを外すの手伝って!!わかってんの?俺は中学生なんだよ!!」


 バツン。


 船内の全ての電力供給が絶たれた。

 御厨の船は太平洋を漂う単なる筏となった。

2023/11/20 ショッピングピンクだと?→ショッキングピンクに直しました

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