相談その四 神が全てを仕組んでいた
俺は船内の廊下で母に呼び止められ、三角と藤の前で、母に愛されていない子供であることを母に紹介された。
俺が思う事はただ一つ。
ここに悠がいなくていいなあ、だ。
「みんなで大阪?何を言っているの?蒼星は高校まである学校だしサッカーもある。それに友達もいるでしょう?お父さんの所には行けないわ。それに、あなたがお父さんの所に行くことで、あなたと父さんはやり直せる気がするのよ」
「俺にも友達がいるんだけど」
「あなたのお友達と蒼星のお友達は違うわ。蒼星のお友達のようなお友達をあなたは作るべきなの。あなたに見合った対等な関係の。同情で優しくされて幸せ?」
誰もがドラマの中の母のようだと言うだろう笑みを顔に作っている女は、俺が彼女の仇でしかないという風に俺へのさらなる攻撃を繰り出す。
「大体、あなたの学力であなたは東大に行けて?それよりも、県内一番の高校に受かるの?あなたが?友達が全員同じ学校に行ったのに、あなた一人が落ちた場合のことを考えた?あなた一人落ちた後のお友達の気持も。だからね、今のうちに大阪のお父さんの所に行くのはどうかしら?お母さんはね、あなたが傷つくのがとても嫌なのよ」
「晴純君のお母さん。あの、あなたの言葉こそ晴純君が――」
俺を庇う声を上げたのは三角だった。
だが、母へ物申そうと一歩前に出た三角の言葉が尻切れトンボとなったのは、藤が三角の前に体を入れて三角を遮ったからである。
「ちょっと!君こそ晴純君を庇わないのか?」
「庇うって何?俺のハレがどうかしたの?うちのハレはハレ。同情不要の凄い奴。このおばちゃんが何を言おうと俺のハレは揺るがないよ。ほら、行くぞ」
藤の台詞に俺と三角が同時にぷすっと笑った。
でも、笑うんじゃ無かった、と瞬時に反省だ。
いじめっていじめられた子が泣くまで続くものなんだ。
俺が母の言葉で涙を流せば終わったのかもだが、俺が笑ってしまったから、彼女は更なる言葉のナイフを俺に突き立てて来たのだ。
「この人達はあなたの将来が駄目になったら逃げるだけの人達でしょ。いくらでもきれいごとが言える他人なの。晴純、私は親だからこそ、子供に辛い真実を言わなきゃって思って言っているのよ。あなたが友達だと思っているあの子達、本当にあなたを友達だと思っているの?お世話係って有咲ちゃんは言っていたわね。お世話係だなんて、馬鹿にしてるから言えるの。そこに友情はないわね。何度も言うわ。蒼星のお友達は本当のお友達。あなたのは友達って言わないのよ」
「確かに友達じゃないかもな」
俺はいままで存在しなかった少女の声に戸惑った。
そうじゃない、恐怖を感じた。
有咲がいるならここに悠もいる?
怖々有咲の方へと視線を動かせば、そこには有咲だけだと俺はほっと溜息を吐きだした。
「ああ!ハレ君大丈夫か?」
有咲が俺にかけよる。
それで、ええと、彼女は俺の腕に自分の腕を組んで胸を張った。
え?
「あたしは確かに友達じゃないよ。あたしはハレ君の彼女だもん。あたしがハレ君と同じ学校に行きたいの。ハレ君はあたしが行きたい学校に行けるように頑張ってるの。あたしらはラブラブなんだよ。ね、ハレ君」
俺は両手で顔を覆ってた。
有咲への感謝と感動で、俺が泣いてしまったからではない。
それ違うし今は否定できないしどうしよう、が俺の本意である。
絶対同じ学校に受かるように頑張るから、同調できない俺を許して、有咲。
「中学で男女交際?許しませんよ」
「蒼星も彼女いるよ。あっちはいいのかよ?」
「やっぱ、女には女だね」
「ありさ君を大事にするんだよ」
「お兄さん達、楽しがるの止めて」
ほんと、黙れこの双子、だよ。
俺は助け船によって泥沼に沈められている気がしているんだ。
有咲は好きだけどそういう感情はなく、なのに、なぜかウェディングベルが鳴ってるよ、そんな感じだ。
俺の実際を知っている大人の男達の嘲笑が、俺の後ろから煩いな!!
「それにな、あたしには神が付いている!!あたしと夏南にこの旅行についてけと、港までのタクシーからなんやら手配してくれた神だ!!」
「まあ!!女の子を勝手に旅行に呼ぶなんて!!それこそ問題だわ。拓海先生に晴純を預けておけない!!」
母さん、それはたぶん兵頭だと思うよ。
そして兵頭を否定したら、あなたこそ終わる、そんな気がする。
「ははん。違うよーん。神様って言っただろう。クイズを解いたらペアで大阪行きの豪華客船旅行券が当たるってやつ、それに当選したんだよ。それで夏南を誘って集合場所に迎えに来たタクシーに乗ったらさ、大阪に行っちゃうはずのハレ君達がいる港に着いたってわけ。あたしには神が付いている!!ねえ、そうだろ?ハレ君。あたしらは運命ってやつだよね!!」
俺は有咲の台詞に、ぞわっと来ていた。
有咲の言葉の運命ってとこじゃない。
港で三角は何て言った?
女の子達は主催者からのご紹介?
悠達は悠達で避難しなきゃいけないからと港にいた。
拓海は仕事として呼ばれていた。
船内の監視カメラは全て壊れているならば、アンリが俺を追えない。
アンリが俺を追えないように、監視カメラが壊されていたならば?
壊したのが、鹿角達、だったら?
有咲を呼んだ神は?
「あれ、ハレ君どうした?どうして泣いてる?」
「ううん。ほんとに運命だなって。でさ、俺はちょっと、ごめん」
「大丈夫か?悠君を呼ぶか?」
「ううん。有咲と話しができたからいい。でも、ちょっと一人になりたい。あと、悠には言わないで」
有咲は俺の世話係を自称するだけあり、俺の気持を汲んでくれた。
俺が今一人にならねばならないという事を。
彼女は俺の腕から腕を外した代わりとして、少々乱暴に俺の母の腕を引っ張り、え?彼女の部屋がある方へと俺の母を連れて行こうとし始めた。
「ちょっと、有咲?そいつなんか君が世話しなくていいよ」
「ちがう!!大事なハレ君から鬼姑排除だ!!嫁は姑と戦争するもんだって、従姉が言ってた!!あたしを追い払えないようにあたし鬼嫁なるから、ハレ君は心配しないでいいよ!!」
有咲は俺にぶんぶんと右腕を振って見せると、殆ど大人をカツアゲする不良娘みたいにして俺の母を廊下の向こうへと引っ張っていった。
呆気にとられた俺の両肩のそれぞれに、三角と藤の手が同時に乗る。
「弟よ。彼女を守るのはお前だな?」
「親よりも彼女を選択しなよ。あれはいい女だぞう」
わかってる。
有咲をこの船に乗せたのが主催者だって三角が言ったのならば、それを部下の三角に伝えたのはアンリと繋がっていた鹿角だ。
鹿角は確信しているのだ。
この事態を招いたのが、アンリだってことを。
母を殺してやりたい、そう願う俺の為に、アンリが俺を外洋に運んでいるのだ。
さあ、やってみろ?
「家族旅行ってもっと平和的だと思ってました」




