逃げ切れば勝ち星一点
俺は自分に向かってくる今泉と曽根の姿を見つめながら、このまま走って逃げ切れることはできないと簡単に判断した。
そこで、俺はシャツをまくり上げると、自分の腹の傷跡を周囲にいる人々に見せつけながら大声を上げた。
「俺にこんなことをしたのがその三人だ。女の子に万引きの汚名を着せようとしたのは、俺にしたようなことをその子にする目的だ。」
今泉と曽根はピタリと足を止め、万引き犯にされかけた少女はきゃあと悲鳴を上げた。
万引き防止ゲートの音で姿を現したガードマンが、今泉と曽根の足を止めるゲートとなった。
「そいつらのスマートフォンには俺にした事が残っている!その子にも同じことをしようとした証拠だ!そいつらは人を傷つけて喜ぶ最低な人間なんだよ!」
「てめえ、ガマ!ぶっ殺すぞてめえ!」
「いい気になんなや。てめえ!家に行ってやんからな!お前の弟も一緒にぶっ殺してやるからな!」
俺は俺を罵倒してくれた馬鹿に感謝していた。
殺すなど大声で叫んだからには、彼らが叫んだ相手に彼らが暴力行為を行うことは確実であり明白だ。
大人であればそんな凶暴な子供を思い通りにさせまいと動くもので、彼らを簡単に逃すはずは無い。
俺は今こそと、踵を返してこの場を去ろうとした。
俺が立つほんの二メートル先には、下りのエスカレーターがある。
エスカレータに乗り込んで一気に逃げればいいだけだ。
けれども俺が足を動かせなくなったのは、曽根が俺に向かって走り込んで来たからである。
この世界の大人は間抜けぞろいと言う事か。
数秒かからず俺の真ん前に来た曽根は、俺を殴ろうと腕を大きく振り上げた。
喧嘩慣れしていないな。
俺が考えたのはそれだけだった。
残虐な事を同世代に平気でやれる子供に対し、俺は先入観を持っていたようだ。
いや、ひたすらに曽根に脅えていた晴純の恐怖フィルターによるものか。
俺は晴純の肉体の稼働可能域を考えながら、周囲の目撃者には脅えて見えるような動作で身をかがめた。
当たり前だが、喧嘩などしたことの無い、それどころか、押さえつけられた人体しか殴ったことの無い臆病者は、大振りしすぎた腕が空ぶりした時のことなど考えてもいなかった。
曽根はバランスを崩した。
俺は曽根の足が自分のすぐそこにあることをよい事に、ズボンの裾をほんの少しだけ引っ張った。
ただでさえ転びかけた彼が、思いっきり足を滑らせて転んでしまうような引き方をしてやったのだ。
「ぎゃああああああ!」
曽根は大きく転び、エスカレーターに滑り込み、そしてそのまま下りのエスカレーターに引き込まれて下へと落ちていった。
俺か?
俺は、殺される!と叫んで、外階段がある方へと走って逃げた。
誰が見ても正当防衛どころか曽根の自滅だ。
目撃者だって多数いるんだからいいだろ?
「いいですけど、死んだらいいのにって思いました。」
「お前はあいつのせいで自殺したんだろ?事故死は優しすぎだろ?」
俺は言葉を返しながら、いつの間にか俺の傍に戻って来た晴純の台詞に笑い出していた。
彼の声から曽根に対する脅えが消えていたからだ。
ようやく俺達が狩る方になったのだと、晴純は気が付いたのかな。
「すごい。俺の身体でもあんな動きが出来たんですね。さすがアンリだって思った。」
「ただ身をかがめただけだろ?間抜けが勝手に自滅しただけじゃねえか!」
「でも、曽根が思いっ切りエスカレーターに吹っ飛んで行ったから。凄いって、俺は物凄く気分がすっとしたんです。」
「確かにな。たださ、当初の計画がおじゃんだよ。気が付いている?」
「でも、アンリがいるなら大丈夫、でしょう。」
「まあな。」
さて、急いで帰って報復計画を一から練り直さねば。
あああ、これで住所を調べる事が出来なくなった。
奴らの親父を脅して晴純が奪われた財産を取り返すのは、一先ず後回しになるのは辛いな。




