相談その三 前途多難のようです
俺達は上甲板を目指したが、たった一階分の階段を上がっただけで終わった。
俺達は俺達を探していた鹿角の部下に呼び止められ、扉がロックされているので甲板に出られない状況を教えられたのだ。
「エレベーターを落としたのもそのためでしょうね。ドアその他は浸水を防ぐ隔壁ロック機能がいい仕事してますよ。船は乗船者の誰にも太陽を拝ませたくないようですね。プールデッキ下に遺体袋を積み上げておいたのも、状況開始前にプールデッキに出た人がいたら艦内に戻すためでしょう」
三角が事務方みたいな話し方をしているという事は、本気で現在緊急事態状況であるという事だ。
「最初から、俺達をこの船は誘拐するつもりだった?」
「鹿角管理官と拓海先生はその見解です」
どうやら俺と藤が上を目指している間に、拓海こそ鹿角と話し合っていたようである。
それとも、俺が鹿角の所に行くと言ったから、拓海は俺を守るために鹿角達の所に行ってくれたのかな?
それこそ、幽霊船の仕掛によるお呼び出し?
俺はぞっとしたまま藤に話しかけようとしたが、先にぞっとしていたらしい藤が三角に尋ね返していた。
「うそ。まんま幽霊船じゃ無いの。まじで?」
「まじですよ。完全に船内に閉じ込められました。ついでに目的航路を外れて外洋へ向かってます。とりあえず海原が広がるだけで、隣国に行っちゃう日本海じゃなくて良かったね、そんな感想ですよ」
「まじか~」
「まじです。それでうちの上司とお宅の怖いお姉さんが、今すぐコードネーム梟を連れて来いって。カッコイイね、梟?」
「中二病を発揮しただけです。僕には期待されていることなどできない、は、通用しないどころか、出来なくてもやらなきゃな状況なんですね」
「そう。今は神にも祈りたい感じ。俺達のスマホどころか船の通信機器は全て利用不可だ。俺達は大きなクジラに飲み込まれた虜囚って感じかな」
「ここにはイザヤがいるから」
「ハハ。皮肉屋だ。鹿角さんが可愛がるわけだ」
俺はどう答えても鹿角のお気に入りから外れられないと、思いっ切り顔をうんざりとしたものにした……失敗だった。
この顔をした途端に、藤と三角が賭けをしていたらしい行動をとったのだ。
金銭を二人がやり取りした、など、俺が暴露するわけないって知ってる?
五百円くらいはギャンブルにならないと俺が考えると思っている?
残念、ギャンブルいけない、知ってます。
飲食を賭けにした場合ギャンブルに当たらないが、金銭だと一円でもギャンブルと見做されて刑事罰の対象となる。
なのに二人の行為を俺が咎めないのは、彼らが俺には大事な人だから、とは違う理由からだ。
いつか鹿角を嵌めてやろうかなって考えた時に、その行為を利用してやろうかなって思案中なのである。
気を許した相手に嵌められる、ざまあ、だろ。
「ぷぷ。まじで知らんぷりしてる。絶対にいけない行為だって知ってるのに。俺は警察官だよ~。警察官なのにお金で賭けしてるよ~、いいの~?」
「ハレは話の分かる奴なんだよ。弟分だからさ」
「じゃあね、今度鹿角管理官と賭けとかしてあげて?晴君。彼は君にお小遣いとかあげたいオジサンだからね、喜んで君に負けるはずだよ」
なんと、俺こそ嵌められるとこだったぜ。
俺は不良達に対し、品行方正な子供になることにした。
「パパ活はしておりませんので。ほら!案内してくださいよ。船の制御室に」
「パパ活!!」
「鹿角さん泣きそう!!」
二人は同時に叫んで笑い出し、そのまま二人連れ立って歩きだした。
俺は二人の後ろを歩きながら、彼らの背中を眺めながら、思い付いたまま彼らに尋ねていた。
「一週間経っていた死体を遺体袋に入れるのは大変でしたね」
「いやあ。俺達がいれたわけじゃない、し。あれ?」
「え?三角さん達があそこに運んだんじゃ無かったの。うちのセンセイは、入れる前に見せてくれなきゃわかんないでしょうって怒ってたよ。そもそも専門外で死因なんかわかんないそうだけど」
「藤さんまで。え?じゃあ、ロボットなんかいないんだから、遺体を移動した人達がいたはずですよね。その方達はどこに消えたんですか?」
藤と三角は同時に振り返る。
藤は一般人だからわかるけれど、どうして警察官の三角が、あ、と今気づいたような顔をしているのさ?
「三角さん」
「ああ、そうだよね。そうだよ。俺達は勝手に動く船ばっかに意識が行ってた。そうだよね。ふつう、そうだよね。いるはずだよね、人力絶対必要だもの」
「え。鹿角さんがいながら、そんな大事なこと誰も考えなかったの?」
「そうだよね。あの人は、そう、そこはいい、って言ったんだった。うん。だよね。やっぱり、船で行こう。まずは俺達が解放されなきゃ追及できないでしょ」
俺はですね、と言うしか無かった。
確かに船の制御権を今すぐ手に入れられなければ、俺達はこの鉄の棺桶で遅かれ早かれ海の藻屑だ。
ただし、俺が制御盤を弄れるのか?
「晴純!!」
後ろからの女性の呼びかけには答えたくはないが、藤も三角も足を止め、彼らは俺の母がいるらしき方角を振り返ってもいる。
俺も嫌々振り向くと、ドラマで描かれる母親像そのものの笑顔を母が俺に向けていた。
「良かったわ。お友達がそばにいない時にあなたとお話したかったから」
「友人がいる時でもかまわないよ。何?」
母は笑顔を大きくした。
一緒に住んでいた年月、俺が言語障害や動作障害を抱えていた時には与えようとしなかった笑顔であり、今でさえ二人きりであれば作りはしない笑顔であろう。
「拓海先生と暮らしてからあなたは明るくなったわね」
普通の母親らしい台詞が実母からでたそこで、俺は奥歯を噛みしめていた。
胸が痛んだから。
ちくしょう。
どうして俺はこの程度で揺らぐんだ。
「晴純?」
「急にどうしたの?今は急いでいるからあとでいい?」
「今すぐよ。あのね、お母さん、あなたがお父さん子だったなって、思い出したのよ」
「だから、何?」
「あなたは大阪でお父さんと住むべきだと思うの。拓海先生の家では身の回りのことどころか家事までしているんでしょう?今のあなたは単身赴任のお父さんの助けになると思うの」
「全員で大阪に住む?」
「まさか!!蒼星には友達いるし高校まである学校じゃないの。あなたは半年後には卒業なんだから、あなたとお父さんが一緒に住むの」
「何を言ってるの?」
俺は息をしているだろうか?
俺の体が冷たいのは、船が空調でも切ったのだろうか。




