相談その二 幽霊船は宜く候
拓海の部屋を出た俺がまず考えたことは、鹿角と話し合う前に兵頭とこそ話し合わねばだな、ということだ。
俺が兵頭に手渡したプログラムは、動き喋るお絵かきAIでしかない。
自動学習出来る上に自己判断もできるアンリのようなAIのプログラムなど組み込んではおらず、そんなプログラムで出来る事は、使用者が組み合わせて作った外見のAIが使用者が用意した台本を喋るだけというものなのだ。
AIが考えて受け答えなんかして来たら、それこそ俺のアンリでは無くなる。
俺は失ったアンリの遺影が欲しかっただけなのだ。
彼の声が欲しい時に彼の言葉が聞きたかっただけなのである。
そして、そんな情けない思考で構築したものだったからか、作った台本を喋るだけのアンリが出来上がり、俺は癒されるどころか虚しくなったと思い出す。
その程度のそれが、生きている人間、御厨、のふりをした?
ならば台本を書いてAIを動かしている人間がいるはずだ。
そう確信しながらも鹿角に報告する前に俺が兵頭に確認したいのは、祥鳳大学工学部でプログラミングに手を加えなかったか?ということである。
「いや。アンリに解析させた方が早いか」
俺はスマートフォンをポケットから取り出して画面を見て、見直した。
スマートフォンの画面は、ネットに繋がっていないことを示していた。
「そうか、アンリからの連絡が無いのはこのせいだったか」
俺は大きく舌打ちをした。
アンリからの情報が遅く今まで何の連絡もないことに、俺はもっと気を向けるべきであった。
金属に反射する電波なのだから、船内という金属の檻の中では電波が遮断されやすいと考えるべきだったのだ。
ついでに、海上という遮蔽物が無い場所だからこそ、電波干渉が起きやすい。
俺は電波を拾いやすい場所、つまり、外気に触れられる上甲板へ上がれるエレベーターの方へと歩き出した。
アンリからの最後の通信は、太陽が輝くプールデッキで、だった。
俺は考えの浅い自分を叱るようにして、エレベータを呼ぶボタンを叩いた。
「ハレ!!」
俺は藤の掛け声に振り返り、悲鳴を上げかけた。
振り返った俺の顔の真ん前に顔があったのだ。
それは中年に差し掛かった男の顔だった。
顔立ちは悪くは無いのに頬の皮膚が弛んで垂れ下がっているせいで、腐った水死体のような不気味さを持っている、それ。
そしてそれは俺に囁いた。
「よう……そ……」
「ハレ!!」
藤の再びの掛け声で顔だけの幽霊はパッと消え、俺はたった今聞こえた言葉を気味悪く思いながら周囲を見回した。
だって、ようこそ?何て言ってきているのだから、なんか仕掛かなんかあるはずだって思うじゃないか。
「ハレ、大丈夫?」
「え?」
俺の真上から藤が心配そうに俺を見下ろして、俺に右手を差し出している?
俺はそれで自分が床に尻餅をついていたとようやく気が付いたばかりでなく、藤の背景が天井となっていると気が付いた。
それがどうしたと思うだろう?
大事なんだよ。
常に盗撮されていると認識しながら生きている俺には、自分を見つめているカメラが誰のものか確認作業をしているのだから。
拓海のものは、安全なブルー。
では、レッドアラートに振り分けるものは?
以前に鹿角が拓海の部屋に仕掛けたもののように、俺の生活を脅かそうとする奴らのそれ、だ。
ほとんどはアンリが干渉して管理をしてくれるが、アンリが干渉できない所にあるものはどうしたらよいのか。
「ハレ。何かを見つけたのか?」
俺は天井を指さした。
船内の監視カメラが壊されているのだ。
これは船内全部か?
だとしたら、アンリは俺を追えて無いのではないのか?
俺は急いで立ち上がる。
一刻も早く俺はアンリと繋がらねばいけない。
俺が持っているアンリとの通信機器は、スマートフォンと通話の出来ないガラケーである。
ガラケーの方は最後の鍵なのであるが、ガラケーだからこそアンリからの電波を受けねばアンリと繋がることも出来ないガラクタなのだ。
「甲板、上がります!!」
俺はエレベーターのボタンを叩くように押した。
すでに呼んでいたからか、エレベーターの扉が俺を受けいれようと開く。
「!!」
俺がエレベーターボックスの中へ動いた途端に、藤が俺を後ろから抱き締めて後ろに大きく引いたのだ。
俺は藤を振り払うどころか勢いをつけて彼にしがみ付く。
エレベーター扉の前で尻餅をついた俺達の前で、ギロチンとなったエレベーターボックスが落ちていく。
ガアアアアアアアアアアアン。
「たす、助かりました」
「いいよ。ヨーソローだと?ふざけんな」
「藤さん?」
「幽霊が、たぶん御厨が囁きやがったんだ。ヨーソローってね。せせら笑いながらね。そんなん言われて乗り込む奴はいないだろ?」
「どうして?」
「ヨーソローは良き候。真っ直ぐに進めって日本だけの船用語だよ」
「藤さん、博識!!」
俺は軽く頭を叩かれた。
殆ど撫でるみたいな感じのものだけど。
「ふふ」
「どうした?ハレ?」
「お兄ちゃんと弟ってこんな感じなのかなって。俺は兄だけど蒼星とはこんな感じだったことは一度も無いからさ」
「ハハハ。だな。そう、こんな感じ。俺は兄貴達にこんな感じにされてたな。だけどな、君はまだ弟にこれをしちゃいけないよ」
「そんな関係じゃないですから。しませんよ」
「そうじゃなくてさ。俺はそれで反発してグレたから」
「ハハハ。俺はグレていいんですか?藤さんは」
「君はもうグレているよ。単車を転がしていた頃の俺だ。誰も必要としないってつっぱって、大破したあの頃の俺だよ」
俺は藤に撫でられた頭に右手を乗せ、そんなことないのに、と情けなく思った。
俺はこんなにも藤の手に喜んでいるじゃないか。
「グレてなんて無いですよ。俺は亮さんも藤さんも、暴走しているらしい兵頭さんも大好きで、この状態が一番だから守りたいだけです」
「じゃあ頼って。アンリじゃなく、俺達に」
藤は俺に手を伸ばした。
それは、俺のよりどころであるガラケーを寄こせという事だろうか。
「ほら、行くよ。俺がひっぱってやるから、階段を頑張れ」
俺は藤の手を握った。




