相談その一 君の将来について
「僕はそんなに頼りないか?」
拓海の船室はトイレどころか風呂も完備してあり、普通のビジネスホテルの部屋ぐらいの広さと普通のビジネスホテル以上の快適さがあった。
ベッドカバーとか絨毯とか、目に映るものが全部高価そうなのである。
金持ちが大事な客を寝泊まりさせる為の部屋、そう感じた。
俺があてがわれた残念部屋と比べると。
あの二段ベッドよりも、こっちの部屋の床の方が寝心地が良さそうだな。
「晴純!!」
あ、拓海からの叱責を受けている最中だった。
拓海は俺への威厳を保つためか、ベッドに腰かけた姿で目の前の俺を睨む。
そして俺はごめんなさいと拓海に謝るよりも、拓海の横に座った。
少々勢いよく、ぽすって飛び込む感じで。
「ハレ」
「だって頼りがいがある無いの話じゃないですもん。わかるでしょ。あいつは俺が求めるものこそ俺の手から遠ざけようとするって。あいつが親権なんて最終兵器を持っているんです。俺は慎重に動かざる得ません。俺は一生亮さんの子でいたいんです」
ふわっと俺の頭に拓海の大きな手が乗った。
そしてその手は、え、両手?でもってちょっと、待って。
「どうしてそんなぐしゃぐしゃをするんです!!」
「あの男にはさせていたじゃないか!!」
「勝手にしたんです!!」
「僕こそみんなの前で晴純を可愛がりたいんだから!!」
そっちか。
拓海の苛立ちはそっちか?子供かよ!!
「でもあれは嫌がらせだと思いますよ。何だろう。俺は何かしたのかな。最近は期末試験もあったし、俺こそ事件なんか無い方が良いって日常生活を楽しんでいましたけど、なんかしましたか?俺は?」
俺の頭髪をぐしゃぐしゃにするする手を止めたが、拓海は不貞腐れた表情を戻しはしなかった。
いや、さらに忌々しそうな表情を作ったのである。
「亮さん?」
拓海は俺を撫でていた腕を組み、俺を拒否するようにそっぽを向いた。
彼がとてつもなく気分を害しているのは分かるが、大人どうした?
「言って貰わないと俺は分かんないです。それから、俺は亮さんに叱られるのは、実は嬉しいんで、何でも言ってください」
「じゃあ、君はお医者さんになろうか!!看護師さんの方がいいかな。それなら僕といつも一緒にいられる」
俺は首を傾げた。
意味が解らない。
「あの、俺はハードワークは好きじゃないし、そこまでべったりじゃなくても良いかなって思うので、今みたいな感じが最適なんですけど。あの、――あ、そうか。亮さんが結婚とか彼女出来たらハウスキーパーいらないですね。それでお医者とかの提案か。いや、でも、今は共働きが主流だし、奥様したいだけの人は家事なんかしたくないだろうし、俺がハウスキーパーに徹すれば、普通に同居が続行できるかなって思うんですけど、駄目ですか?」
そっぽを向いていたはずの拓海が、俺をまじまじとみつめてきた。
物凄く訝しんだ表情でもある。
彼こそ俺の独り立ちを願っていた?
「え、どういうこと?君が大金を手に入れたのは、将来的に僕の家から出ていく資金とか、僕にお金で頼りたくないから、とか、そういう気持ちじゃ無いの?」
「いえ。普通に就職してコツコツ老後資金貯めなきゃなら、お金が入る今のうちに貯蓄できたら楽かなーって。俺は高校出たら専業主夫したいな~なんて」
「高校出たら専業主夫になりたい?……僕んちで?」
「亮さん家で、専業主夫。三食昼寝付きでお願いします」
拓海は両手で顔を覆うと、そのままパタッとベッドに横たわってしまった。
どうしよう、どうしよう、なんて呟きが聞こえる。
「迷惑ですよね」
「違う!!嬉しいけど、これは晴純の為にならないってわかる。けど、それいい。ずっと晴純が家にいるのはいい!兵頭君に殺されるけど、これは嬉しい!!」
教授な人が、とっても頭が悪そうな喋り方になっている。
だけど、ここで兵頭の名前が出てくるのは、兵頭こそ拓海と実はそういう関係だったという事なのかな?
「晴純」
俺はびくっとした。
ベッドに横になっている拓海が出した声は、数秒前のものと違って研修医や学生が脅えるだろう冷徹な教授の声だったのだ。
学生や研修医に見せられない、ベッドに転がったままの姿であるけれど。
「亮さん?」
「君は大学進学もするし、祥鳳大学の工学部教授の席を狙っている、をとりあえず将来の夢だと騙ろうか。それなら兵頭は僕を許してくれる」
「あなたが兵頭さんに向き合ってよ!!」
恋人なんだったら!!
拓海はむくっと起き出すと、疲れ切ったように大きく溜息を吐いた。
その上、膝に肘をついた両腕で頭まで抱えたじゃないか。
「亮さん?」
「兵頭が止まらないんだ」
「え?」
「君が兵頭を通して換金したプログラム。あれが魔物だったんだ」
「魔物、ですか?」
「あれで学校は特許権でかなり潤った上に、経済連からの工学部へのアプローチがかなり増えたそうなんだ。彼女は君を祥鳳大学工学部の名誉教授にしようと動いている。君が拒否するなら僕と君を離れ離れにすると僕は脅されてる」
「え、ちょっと待ってください。俺は兵頭さんから一千万貰いました。でも、ほんとは億単位で、実は一生働かなくていい不労所得も手に出来たはずだったという事ですか?あのプログラムで!!」
「ハレ!君が動揺するところはそこじゃない!!」
「俺は実母だけで精いっぱい。兵頭さんに関しては聞き流させてください。それこそ亮さんがなんとかしてよ、です」
「晴純は!!兵頭君を暴走させたのは君が構築したものでしょう!!」
「でも、最近あるお絵かきAI程度のものぐらいの認識だったんですよ。それよりもちょっと高度だから、誰かに無料なものを流される前にって売ってもらったのに。あれにそんな商業価値が?」
「僕には分からないけどね、今回の御厨の件でさらに注目は浴びるだろうことは確実に解る」
「御厨さんの死に関わっていると?」
「船で亡くなっていた遺体は死後一週間は経っていた。けれど僕も鹿角も、そして御厨の関係者も、僕達が船に乗り込むその時まで御厨洋右と普通にやり取りしていたんだよ。では、僕達が会話していた御厨は誰だったのだろうか?」
俺はアンリと会話がしたかった。
アンリに会いたかったそんな気持ちで構築し、しかし、出来上がったものによって俺は更なるむなしさに襲われたのだ。
アンリであってアンリでは決してない、残骸を突きつけられただけなのである。
そこでプログラムを消去する代わりとして、俺は兵頭に売りつけたのだ。
私がもう一人欲しいわ、なんて言う兵頭に。
「俺達が乗っているこの船は死んだ人が動かしていた棺桶船だったってことですか。それで、それで、もしかして」
「鹿角が僕に語った事が本当ならば、武装勢力を雇ったジルベール・ケクランもプログラミングという可能性があるそうだ。いや、そう自称しているだったかな」
鹿角が俺に課したレジュメ、とはそれか。
プログラミングを構築した俺の目的と、そのプログラミングによって社会で起こるだろう弊害と犯罪性について語れ、と言う事だったのか。
「――鹿角のとこに行ってきます」
「君が最後に頼るのは、やっぱり彼か」
「犯罪を知った一般人は警察に出頭するものです。それだけですよ。なんかあったら、弁護士とか色々頼みます」
こら拓海。
嬉しそうに、喜んで、なんて言うな。




