連絡その四 船は順調に航海中です
「皆様の安全のために緊急避難的処置をとってしまった事をお詫びします」
展望室に集められた聴衆を前に、鹿角十六夜管理官が語り出した。
管理官とか調整官とか班長とか、その時々で呼び名が違う鹿角警視であるが、虜囚になったぞと語る人物として、彼以外の適任はいないであろう。
しかし俺は聴衆に安心を与える笑みを向けている鹿角に対し、奴を非難囂々したい気持ちばかりがむくむく湧いている。
鹿角は預言者イザヤと違って、聴衆に真実を語っていないからである。
鹿角達は船に乗り込んですぐに、船主の不自然死な遺体を発見していたのだ。
拓海と藤が俺から離れたのは、鹿角が彼らを遺体検分で呼び出したからだった。
藤は運転手という名の拓海のボディガードでもある。
藤になんかあったら、藤これみち議員が黙っていない。
そして保護者のいない俺達を三角が船内案内してくれたのは、遺体やら何やらから俺達を遠ざける配慮であったのだろう。
そんな配慮よりも、中止して家に帰ろう、そんな大人な決断こそ欲しかった。
どうしてお船を出港させちゃったの?
で、子供達が不安にならないように遊び場に追い払ったのに、子供達が遊ぶ真下で検死なんかしちゃっていたから、隠しようのない事態になりました?
間抜けここに極まれり。
「いいえ。謝るのは私達の方ね。あなたが出港を決断されたのは、武装集団が港に集結してきたからでしょう?狙いは私達だったのではなくて?」
俺はこの勝手な船出について、異義を唱える事は止めた。
親友一家の無事の方が大事だ。
だが、この状況を作ったのは、本当に優花だけが原因か?
三角が語ったジルベール・ケクランが雇った武装勢力だったのでは?
あるいは、それら全部を消そうと企む鹿角の仕掛なのか?
「私達が船旅をしたかっただけかもしれませんよ」
鹿角は自分の魅力を最大限に利用した笑みを、悠の母の武雄恵子に向けた。
彼女は少女のように頬を染め、そんな自分を隠すように抱きしめている美優に頬ずりをして自分の顔を隠した。
俺は取りあえず港の事件についての全報告と、逃げた者があればそれの捜索、そして雇い主がいればそれを調べるようにアンリに指示をしたと思い出す。
指示した所ですでにその指示を受けているとのエラーが表示され、スマートフォンを持つ俺の手が震えたそのことも。
鹿角のスマホをアンリと同期させた過去の自分を殴ってやりたくて。
「うわ、すごいイケメンだ。ハレ君のママも悠君のママも見惚れているよ」
「ほんとう。あ、悠?私達は高身長とかに拘って無いから気にしないで」
どうやら鹿角さんは十代の女の子の心を掴めなかったようだ。
しかし彼は何ものにも動じない鋼鉄の男だ。
俺や拓海の不信感まる出しの視線を受けながらも、それでも平然とした顔のまま添乗員のようにして現状を語るだけである。
「船はこのまま全速で大阪港を目指します。船主の死亡は不幸な事故です。その他については問題は無く船内は安全ですので、これから目的地までの船の旅を皆様ご安心してお楽しみください」
「ま、まあ。でも心配だわ。蒼星。私の部屋にいらっしゃい」
我が母はいつもの習慣で、蒼星だけに声をかけた。
俺はというと、衆目の中で母を手ひどく拒絶する必要が無かったことで、少々どころか母の考え無しに感謝していた。
俺は彼女の傍になど行きたくはない。
だがそんな自分を悠に見せたくない。
「せっかくの家族旅行、なんだろ?大阪に着いた明日からさ。俺は兄さんと兄さんの友達と今ぐらい遊んどきたいんだけど?」
母は蒼星の返しによって俺に視線を向け、初めて俺がそこにいたと気が付いたようにハッとした顔をした。
それから、なんと、俺に話しかけて来たのだ。
とっても幼い子供に使うような声音で。
「お母さんは不安なの。あなたは私と一緒にいてくれるかしら?」
友人がいるとわかっている上で、友人から俺を引き離す嫌がらせか?
俺に友人がいないと散々に罵ってきたくせに、どうして俺の交友関係を邪魔しようとするのかな?
色々と母に罵倒したい気持ちでもあるが、俺はにっこりと母に笑って返した。
この笑顔は誰にでも向けられるものだし、今までも大人との交渉に使って来たもので、俺が絶対に母に向けたくない表情ではない。
しかし母は俺の笑顔を勘違いしたようだ。
「お母さんとあなたは久しぶりだし、いいわよね?」
「よくないよ。母さん。俺はこの機会にね、滅多に会えない人とお喋りの約束をしているんだ。ねえ、鹿角さん、そうだよね。それにさ、あなたがいるなら母さん達の安全は万全でしょ?俺が母さんの傍にいなくたって大丈夫だよね?」
さあ、どう答える?鹿角よ。
拓海は自分に頼らなかった俺を睨んでいるが、俺は今ここで拓海に母をぶつけたく無いんだ。
感情だけで動く人間には道理が通じない。
母は他人からの苦言に対して反省を持って受け入れるどころか、言い負かされたと感じるばかりで、相手に恨みつらみしか抱かない人間だ。
そんな人間なのに俺を生んだ母である事実で、親権という絶対的な権力を未成年な俺に持っている。
それを行使されれば、俺は拓海から引き離されてしまうじゃないか。
だからさ、俺は俺を守ると公言している鹿角を生贄にしたのだ。
鹿角よ、きっと俺を守ってくれると期待しているよ。
お前が母によって俺から排除されても、俺は一向にかまわないしな!!
俺と目が合った鹿角は、俺が怯むぐらいの気さくな笑い声をあげた。
それで二歩ぐらいで俺の前に来ると、なんと、犬にするみたいにして俺の頭をガシガシと撫でるじゃないか。
「ちょ、鹿角さん!!」
「私の後輩になる頃の君は、きっと今みたいに可愛く無いだろうからね、今のうちかなって。いやいや、君が私と同じ大学を目指してくれるなんて嬉しいよ」
なぬ?
「あ、お母さん。私の若い頃の話じゃ受験には何の役にも立たないでしょうけど、大学生活の楽しさは伝えられますからご心配なく。ねえ。悪い事ばっかり教えちゃいそうだけど、今から東大目指すなんていい子だなあ」
「はい!!僕もとりあえず狙ってるんで、晴と一緒にお話聞いて良いですか!!」
「おい、悠」
右手をあげて鹿角に子供っぽい発言した悠は、俺に向けて笑みを作り、俺に対して口パクして見せた。
一緒に行こうな!だと?
俺が大学は行かなくても良いと考えていることを知っている親友は、知っているからこそ俺を裏切ったようである。
「あ、あたしも聞く!!晴君が行くならトーダイ私も行く行く!!」
「ハイハイ!!私も聞きたいです。私はキャリアになるの。絶対聞きたい」
夏南は悠との結婚という将来設計を絶対にしてるのだろうな。
俺はびくっと震えた裏切り者の親友に、ざまあ、と心の中で罵った後に、この混乱を引き起こした男を見上げた。
「個人指導は期待できませんか?」
「内容によるな。とりあえず、私へのレジュメを作っとこうか?」
レジュメ?
聴くのが俺という設定のくせに、俺に発表側が用意する要約を用意しろ、だと?
この事態は俺こそが引き起こしたというのであろうか。
俺は鹿角を見上げると、手刀にした右手を額に当てた。
もちろん警察官である鹿角は敬礼を受けたら返さねばならないが、彼は俺に対しては手の平を見せる敬礼を返した。
武器は無いよ?
他意は無いから信じろと?
お前の存在と行動が危険なんだよ。




