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連絡その一 大阪に行く手段は新幹線だけではない

 アンリは敵を過小評価するなと俺に言った。

 敵を見誤った時点で立てた戦略戦術などその時点で結果の出せない空論となり、自分を呪いながら敵に蹂躙されるだけの結果になるのだから、と。


 俺はアンリの言葉を今まで必死に守って来たが、アンリが教えてはくれなかった世界の真実があったことを今思い知った。


 後ろの味方にこそ気を付けろ、だ。


 確かに、協力ゲームにおいて一番の危険はフレンドリーファイヤーだったな。


 母と弟と新幹線で大阪を目指すために電車で新幹線発着駅へ向かうどころか、拓海は俺達を県の港へと集合させたのである。

 お船で大阪に行きましょう、と。


 そしてそれだけでなく、拓海が引っ張って来た人達は、蒲生家だけではなく他にもいたのである。


 悠と彼の母と美優を呼んでくれた事には感謝ばかりだが、そこに単品の有咲と夏南までもセットするとはどういうことだ?

 男の子は保護者付きで、女の子は一人でも大丈夫?

 女尊男卑と騒ごうか?


「これなら君は絶対に楽しめる。中学生時代最後の夏休みじゃないか。それに、初めての家族旅行。これで絶対失敗は無い!!」


 俺の横で大きなコロコロ鞄を引き摺っている男は、大きな手術が成功した時にもしないガッツポーズを右腕で作った。

 突っ込むべきか?ぶっとばすべきか?

 俺は心の中で拓海に蹴りを入れた後、現状を大きな溜息と共に受け入れた。


「僕の大事な友人家族も豪華旅行にご招待ありがとうございます。俺として家族旅行は亮さんだけが良いなって気持ちで、実親との旅行はぶち壊す予定だったのですが、これこそ亮さんの気持だと受け入れます。来年からも合同家族旅行ですか?来年高校生なら、俺は悠と二人旅とか簡易海外留学してもいいですか?」


 拓海は一瞬で顔色を真っ白にしてしまった。

 反省しろ、馬鹿め。


「ハレ、君は俺と一緒は嫌だってことかあ?」


 俺は背中を強めに叩かれた。

 強めだが転ばない程度なのは、俺の背中を叩いたのが俺の左足の状態を知っている藤だからであろう。

 杖が無ければ歩行がきつい身の上だという事を。

 俺は杖を握る左手にぎゅっと力を込め、自分が掴む黒塗りの杖が鹿角からの贈り物だと思い出して少々むかっ腹が立った。


「ハレはさ、足元強くなってないかな?ねえ、先生。ぐらつかなかったよ」


「う、うむ。悠君と出歩いているからかな。君も良く連れ出してくれるし」


 俺のむかっ腹は一瞬で消えて、俺はその代りに胸に沸いた自尊心と一緒に藤に顔を向けた。

 もとアングラ劇団で役者をしていたという拓海の運転手は、その過去が良くわかる均整がとれた体つきをした少々アングラ風なイケメンである。


 なんか少々悪そうなのに無気力さを感じる不健康そうで、もしかしたら悪い薬だって飲んでそうかなって考えちゃいそうな印象ってこと。


 その少し不良そうな雰囲気の人は、俺にウィンクして口元を悪そうに歪めた。


「豪華客船の旅。普通の人には一生経験できない体験だぞ」


「ですね。失言でした。俺は藤さんと一緒は嬉しいですよ。もちろん、悠も一緒だなんて嬉しい限りです。ただ」


「わかっているよ。だけどさ、俺らの大将は、子供な君に決定権を渡したくなんだよ。大人こそ間違えるって言いたいか?だからこそだよ。その責任を子供におっかぶせちゃいけねえ。わかるかな。弟よ」


 俺は藤の背中を軽く叩いた。

 Tシャツごしに感じた彼の背中は意外に筋肉質で、彼が出会った時よりも鍛えていることに気が付いた。


「藤さん?」


「ハハハ。夏ですからねえ。俺は体を作りましたよ。脱いだら凄いって褒めて」


「えと、それは晴純に言うセリフじゃないでしょ」


 軽口を叩いたばかりの藤は、拓海の不機嫌な声による言葉で、一瞬にしてしまったという顔になってしまった。

 彼は思い出したのだろう、俺の腹にはいじめで受けた傷がある、と。

 だが俺は拓海が藤を窘めた意味が違うと知っているので、俺にすまなそうな顔を見せている藤の背中を軽く叩いた。


「亮さんは俺が藤さんに口説かれたと思っただけですよ。ねえ、亮さん。今の俺は自分の腹を人に見せたくて堪らないんですものね」


 拓海ははにかむと、やり過ぎた、と呟いた。

 そう、今の俺の腹には、いじめで受けた傷が昇華した傷があるのだ。

 俺の腹を手術する事になった拓海は、俺の傷跡にメスで余計な切り込みを入れ、余計な傷跡をそこに刻んでしまったのである。

 一生の傷跡を入れ墨で消す方式で、彼は俺の腹にメスで絵を描いたのだ。


 俺の腹には傷がある。

 ただし、今の俺の腹に残る傷跡は、大理石に埋まった化石みたいに美しい。

 俺にはそう思える。

 包帯を外して自分の腹を見た時、俺は忌まわしいものでしか無くなっていた自分の体が、とてつもなく美しいものに感じたのである。


 俺は自分の腹にそっと手を当てた。

 それから俺の為に常にやり過ぎる拓海に感謝の笑みを向けようとしたが、彼の後ろに見えるものによって俺の笑顔は歪むばかりとなった。


 船に荷物が搬入されているのだが、それを指示しているのは美しく輝くローズブラウンの髪をした派手なピンクスーツの女性。

 拓海の個人秘書である、美しき兵頭若菜ひょうどうわかな様であるのだ。


 彼女だって俺にとっては家族認識なのでいる事は当たり前だが、彼女が拓海の仕事用の機器を船に搬入しているというならば話は別だ。

 俺は兵頭から視線を外さないまま、逃げようとした拓海の腕を掴んだ。


「家族旅行どころか、単に仕事?それで俺の相手が出来ないから、悠たちも一緒に呼んじゃえって奴?」


「違いますよ。数か月前の事件のイルマシエとプライベートで親交のあった大富豪、ジルベール・ケクランが報復に動いています。死亡したコルカデスと自称記憶喪失の元国際弁護士のかん将隆まさたかから情報を得たのかな?とりあえず当時の関係者は保護しちゃおうってことで、管理しやすいお船に乗ってもらうってことなんですよ。女の子達の参加は主催者からのサービスってことで喜びましょうか。せっかくの夏休みが野郎ばっかじゃ、ね?」


 俺は聞きなれた声にウンザリとしながら振り返った。

 俺が会いたがらないことを知っているからか、鹿角の部下である人が鹿角の代りのようにしてそこにいた。


 短い髪の整え方から一見事務方に見えるが、背が高く筋肉質であることで、ぜったいに事務方に見えない人である、三角みすみなぎ巡査部長である。

 鹿角よりも藤に年齢が近い彼は年相応に笑うと、俺に駄菓子を差し出してきた。

 粉が入っている小袋?


「いやあ、船主であられる御厨みくりや洋右ようすけさんが皆さんを快く引き受けて下さって良かった。いや、俺達の仲介で名医に手術を執行してもらえることになったのだから、別に彼に恩義に感じなくてもいいのかな?どう思う?ハレ君」


 うわあ、鹿角の部下だけあって糞野郎だ。

 俺はこれ以上三角と仲良くなるかと思いで、彼への返事の代りという風に彼から貰った小袋の封を開け、中身を一気に口に入れた。


「ぶふぉあ!!」


「ほら、俺の勝ち。この子は頭がいいけどお馬鹿さんなんだよ。煽られ弱し」

「ハハハ。本当だ!!おこちゃまだ!!鹿角さんが可愛がるわけですよ」


「君達は!!幼気な子供になんてことを!!」


 いつの間にか仲良くなっていた藤と三角は、俺のことで賭けをしていたようだ。

 スマホで何かをやり取りし始めた彼等を本気で叱りつけ始めた拓海。

 俺は口の中でバチバチ弾ける変な飴に咽ながら、飴のせいで出てきた涙をこっそりと拭った。

 家族旅行って楽しいな、って。

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