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報告その四 家族旅行は家族とするもの

「え、晴純はれすみは大阪に行くの?どうして!」


 拓海は今日の出来事を俺から聞くと、本気で驚いた顔をして見せた上に、素っ頓狂な声まで上げた。

 出会った頃は医者の不養生を体現しているような適当な髪型によれっとしている外見だったが、俺が同居してからは髪や服装はそれなりに成功した医師らしきものに整えられている。


 俺によって。


 しかし、それによって同居したての頃よりも拓海はだらけていると、俺は拓海からスーツを脱がせながら首を傾げた。

 うん、今気が付いたけど、スーツを脱いでハンガーにかけるぐらい拓海は一人でしてた。


「ねえ、どうして夏休みに大阪なんかに行くの?夏だったら涼しい北海道のがいいじゃない?」


 どうしてもなにも、父親が大阪に単身赴任していれば、普通の家族であれば夏休みぐらい家族集合をしたいと思うのが世の理じゃないか。

 俺は彼らを家族と思いたくはないので、集合したい気持ちなど一欠片もなく、だから拓海があげた声と同じものを弟にあげていた、と思い出す。


 どうして、と。


 弟は物凄く嫌そうに、家族だろ、と俺に言った。


「俺もどうしてなのか不思議ですよ。あんなに縋っていた時はいないモノ扱いだったのに、いざ思い切ったら、こうして家族旅行なんて言ってくる」


 俺はどうでもいい事のように言い切ると、拓海の部屋のウォーキングクローゼットの中へと入り、その中のクリーニングに出す衣服用のバーに拓海が脱いだばかりのスーツを掛けた。

 このスーツが明日にはクリーニング業者に引き取ってもらえるように、すでに確定している家族旅行が消えて無くなればいい、なんて思いながら。


 家族という他人でしかない彼らと、俺は一体どんな会話をすればいいの?

 それどころか、母と父が蒼星そうせいの話しか聞かない所を黙って見つめているだけ、なんて待遇に俺が今さら我慢できるのか?


 拓海は俺が話すどころか言葉を失ってしまっても笑顔のまま待ってくれるし、俺の兄を自認している藤も、我らがゴッドマザーな兵頭だって、俺を無視する事など絶対にしないでいてくれる。

 今の俺はそんな環境に慣れ切っているのだ。


 俺の思考を遮るように、バーに拓海の手がかかった。

 彼は俺を心配した目線で見下ろしている。


「君が辛いなら、僕が君の両親に話そうか?」


 まず部屋着に着換えるか風呂に入ってくれ。

 シャツにトランクス姿という不確かな格好の拓海に言いたかったが、俺の口は別の言葉を吐露していた。

 拓海に辛い気持ちを分かってもらえるのは嬉しいが、あいつらに自分が辛いという気持ちを知っては欲しくはないからだ。

 敵に弱みを教えるなんで愚行だ、だろ?


「それはしなくていいです。そもそも今回の申し出はあなたとの生活を認めるための条件だそうです。休みぐらい里帰りするものだって。だから、一度ぐらいなら行ってきます」


 拓海は含み笑いをしながら、俺の背を軽く叩き、それから俺の肩に腕を回した。

 親しい友人が友人を慰めるようにして。


「一度ぐらいって事は、二度目が無い事を彼らに思い知らせようとしているんだね。良いんだよ。二度目や三度目があっても。僕は君に愛情はいくつあっても良いって言っているじゃないか。君が両親と上手くいく事が出来ても、僕は君を今と変わらないぐらいに愛しているよ」


 俺は頭を拓海の腕に預け、それは知っています、と呟いた。

 愛している、なんて言われて照れが無くなっているどころか、俺もです、なんて思ってても中学生の男の子が言えるものではない。


 そしてそんな俺をよく知っている拓海は、クスクス笑いなら俺に回した腕の指先で俺の肩をトントンと叩いた。

 わかっているよ、と?


「あなたは、俺が話せない時だって俺を探してくれましたね。アンリだった俺の体の中にいるはずの俺に語りかけてくれました。でも、母も父も、俺こそが語りかけていたのに見ようとしなかった。声に出しても、手を差し伸べても、俺に振り返ってくれなかった。俺はそのことを絶対に忘れる事が出来ない、です」


 俺の肩を抱く拓海の腕はさらに俺を自分に引き寄せ、それから俺や悠が美優を宥める時にするように俺の肩をポンポンと優しく撫でた。


「晴純。君が許したくなかったら許さなくていいんだよ?君は自分の身の上に怒ってもいいんだよ?鹿角編集のアンリの言葉を君は誤解しているかもしれないから言うけれどね、君が進撃して動き回っていないと死んでしまうって言うのは、現状を君が納得しないのに君が無理やり受け入れて我慢する事を言っていたんだよ。あの人は親ばかだって言ったでしょう。」


「あの、どういう?」


「アンリは君が僕の庇護にあろうとして、君自身を殺そうとしていると考えていたんだよ。僕の置いたカメラを嫌がろうとしないのも普通に考えたらおかしい事でしょう」


「え?あなたはおかしいことだと理解している上で監視カメラを置いていた?え?俺にわざとストレスを与えていた?え?これも実験、だった?」


 拓海は両目を真ん丸に見開き、唇を閉じて口元を平べったくしてしまった。

 その表情は、あからさまに、しまった、というものである。

 脂汗がダラダラ吹き出している、そんなアニメーションも顔に書き込めそうだ。


「拓海センセイ?」


 拓海は間抜け顔をきゅっと怒り顔に変えた。

 俺はその理由がわかるので、拓海に人差し指を立てた。


「俺が今あなたをりょうさんと呼ばなかった事と、あなたが俺にストレステストしていた事は一緒くたにはできませんよ」


「もう、意地悪な子!!最初は君が心配で目が離せなかっただけで、今は僕の癒しチャンネルだってことは知っているでしょうに!!」


「知ってても理解したく無いですね。俺を覗き見る事が癒し?中三男子の生着換えとかが癒しだなんて、ちょっと大丈夫ですか?」


「生着換えって、ちが――。もう!!」


 拓海は口を閉じると頬を膨らませ、怒り顔を単なる怒りんぼう顔に変えた。

 俺は子供染みた彼の仕草を鼻で笑うと、彼の腕から離れてクローゼットの外へと歩き出す。


「晴純?」


「亮さんは服を着るかお風呂入って下さいよ。夜食は如何ですか?作りますよ」


 振り向いたところで、俺は自分の口元が緩むのが抑えられなかった。

 いや、涙腺か?

 拓海が俺を見つめる顔付に、俺は胸を締め付けられたのだ。

 俺から消えていったアンリが最期に浮かべた顔つきは、今の拓海と同じ表情では無かっただろうか。


「晴純。安心していい。君が嫌ならば僕は君のご両親に対して悪魔になろう。君は僕を守るんじゃ無く、僕を頼ってくれないか?」


 アンリの最期の言葉が俺の中で蘇る。


「晴純、俺を父親にしてくれ」


 アンリはそう言って俺を抱き締めたのである。

 それでもって拓海は、俺の父になろうとしてくれている人だ。


「晴純?」


「亮さん。俺は家族旅行なら亮さんとしたかった、です。でもどうせ受験勉強で今年は遊べないし。だから今回は頑張って、二度は無い、を両親に思い知らせて来年に期待する事にします」


 拓海は目玉が転がるんじゃないかってほどに目を見開いた後、金塊を見つけた盗賊みたいな物凄い笑顔となった。

 それから拓海は俺に彼の気持を告げてきたが、拓海にはあまり素直になるべきじゃ無かったな、という俺の感想だ。


「僕も一緒に家族旅行だ!!」


 え?となるしかないだろ。

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