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報告その一 中三な俺と親友の休日はこんな感じ

ハレ、皿を出して」


 ソースを絡めたパスタが入ったフライパンを持ったまま悠は俺に振り返り、俺がすでに二人分の皿を出していた事で、にやっと俺に微笑んだ。

 目鼻立ちが整っている彼の微笑みは俺以外には向けない悪戯めいたもので、しかし彼が人気者の生徒会長であった事を俺に再確認させるものでもある。


 笑うと怖いと言われる俺にはできない良い笑顔だぜ。


「とっくにか。さすが」


 悠は俺が捧げる皿にトングで掴んだパスタを乗せる。

 皿の用意に動くぐらい、何てことは無い。

 このぐらいしないと、俺の立つ瀬がないのだ。


 百六十センチくらいの俺と同じぐらいの背だった彼なのに、最近俺よりも少しだけ背が高くなったことからではない。

 悠が作り上げるパスタソースは、本格的でとてもおいしいものであるからだ。


 ベーコンとトマトの水煮缶を炒めただけ?

 初めて俺に振舞ってくれたパスタは絶品で、いやいやご謙遜を、だった。

 その後の彼はどんどんと高みに昇られ、本日のパスタソースなど、店が開ける程に本格的じゃないですか。


 見た目からして芸術品かと思うぐらい、いや、中坊男子がズワイガニのトマトソースパスタなんか作っちゃう事に違和感を抱くべきなのか。


 しかし違和感を霧散する勢いで、悠が作り上げたパスタは俺の食欲を煽る。

 友の才能の多様さに、俺は脱帽するばかりだ。

 それに引き換え、俺って奴は?


「早く食べちゃってさ、晴が焼いたチェリーパイに齧り付きたいよ。君はすごいね。お店で売っているみたいなケーキが焼けるんだもの」


 親友は生徒会長だっただけある。

 なんと人心を掴むのが上手いのだ。

 俺が彼に抱いた卑屈な思いは一瞬で誇らしさに変わり、そして俺はさらに親友の手腕に純粋に惚れ惚れするばかりとなったではないか。


「君のパスタが最高だからさ、俺も向上しなきゃって奴。でもね、チェリーパイは簡単なんだよ。缶詰のダークチェリーを煮詰めればフィリングの出来上がり。それをパイ生地に乗せて焼くだけ。パイも冷凍生地だしさ」


「その冷凍生地も君が作り置いた冷凍生地でしょ。さあ、褒め合いっこはここでお終いだ。さっさとと舌鼓を打ちあおう!!」


「異議なし、賛成!!」


 俺達はダイニングテーブルの席に同時に腰を下ろした。


「あぶ、あぶぶ、あば、うぶ、うばああああああああああ」


 突如起こった赤ん坊の泣き声が、俺達の世界を鬱なものへと変えた。

 俺と悠は目線を交わし合って、がくりと頭を下げる。

 二学期の期末テストが終わった試験休みというこの日、中学三年生の俺達にとっては夏休み前のささやかなひと時であったのだ。


 夏休みがあるじゃないかって?


 中学三年生の夏休みは最後のラストスパートであり、その一か月をどう過ごすかで高校受験の勝敗が決まるのである。

 俺の受験校は県内一の進学校だ。

 学年十五番の俺が?

 ちょっときつい道のりだからランクを下げたいが、俺の状況が許さない。

 親友達がこぞってその高校を目指すのだ。

 俺は頑張るしかない。


「うんぎゃあああ、ほんぎゃあああ、うんぎゃあああああ」


 違うな、赤ん坊から解放されていたほんのひと時が壊れた、が正しいか。

 受験勉強を頑張らねば、は俺だけだ。

 学年二位の悠にはその高校は安全圏でしかなく、彼は東京に住む祖父宅に下宿して東京の高校を目指すという進路だってあった。


 キャリアな親父さんの母校である東大に行くために!!


 彼は俺という親友の為に、この県の高校に進学する事を決めたのだ。

 県内一だろうが、東大を目指すならば、東京の難関校の方に進学した方が彼には有利だろうに。


 大学なんかどうでも良いと考えている俺と離れがたいという気持ちだけで!!


 なんとありがたい事であろうか。

 俺に出来る事は、これ以上彼の障害にならないように、彼を県内一番校に通わせるために俺こそ合格する事だけである。


 ああ、親友!!

 俺達は無言でじゃんけんの拳を突き出した。


「僕の勝ち。じゃあ晴が座って食べて」


「ばか。負けた俺が美優みゆうをあやすよ」


「だけどさ、オムツだったら悪いよ」


「いいよ。俺はそのうちに拓海先生のオムツを換えるんだ。美優でオムツの練習させてもらうよ」


「え、晴?君の将来設計は既に介護を見据えてんの?」


「うん。俺の将来設計は、拓海先生から絶対に離れない、だから。だから大学もこっちで良いかなって奴。いやあ、家事に専念したいから大学も行かなくてもいいかなあ」


 最近パソコンで構築したものを拓海の個人秘書を通して現金化しており、俺はとりあえず老後資金となるだろう貯蓄は手に入れている。

 将来的に居住場所さえ確保できれば俺はどこぞに就職する必要もなく、就職するために大学進学などしなくともよい、ということだ。


「いや、それニートするってこと?ちょっと、晴くん!」


 悠の慌てた声を背に受けながら、俺はキッチンからリビングに向かう。

 武雄家のダイニングから続くリビングの床には、そこだけ花園が出来たかのようなピンク色が鮮やかな花柄のベビーマットが敷かれていた。

 その花園の真ん中では、ぬいぐるみみたいに座ってぐずっている六か月の赤ん坊がいる。


 彼女は真ん丸な輪郭に将来的に美人になりそうな大きな黒目勝ちの目をしているという、今はちょっとメガネサルにしか見えないブサ可愛い乳児である。

 俺にそんな外見の評価をされていることも知らない立神美優たちかみみゆうは、親友の悠と同じぐらいに俺を無邪気に信じるという風に両手を俺にあげた。


 俺が人殺しだと知らないで。

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