そして世は事も無し
武装集団による武雄家襲撃から一か月近く経ち、六月も間近に迫る五月の今日、ようやく悠は学校に復帰出来た。
俺が春の初登校時に悠にしてもらったようにして、俺は彼の登校を学園前で待ち、タクシーから降りてきた彼から彼のバッグを受け取った。
「ずいぶん休んじゃったから浦島太郎な気分。生徒会長が球技大会初日にようやく登校って、生徒会メンバーには迷惑かけたよね。」
「そこは俺も一緒だから言わないで。」
「でも君は三日前から登校だよね?僕に何も言わなかったけど、大変だったみんなから責められたりした?」
俺は乾いた笑いを上げながら悠の背中を軽く叩いた。
悠が言う通りに俺は三日前から再登校をしていたが、時期的に学校は春の色々な行事を担っている最中である。
三日前の俺は、久々の再登校に際し、生徒会長と副会長という身分の俺達が揃いも揃って長期欠席だったため、生徒会が久本に乗っ取られているかもと考えていた。
実は、それでもいいかな、と思ってもいた。
生徒会の役目から俺達がお役御免となったら、受験で遊べなくなる前に遊び倒さないか?という話も悠と病室でしていたのである。
しかし、生徒会は久本に乗っ取られていなかった。
もっと凶悪なモノ達に乗っ取られていたのである。
「きんちょーするね!あたしの初仕事だもん!」
「大ジョーブ。有咲が喝入れてくれれば、球技大会は大成功間違いなし!」
生徒会ジャケットを羽織った会計の夏南が励ますと、やっぱり生徒会ジャケットを羽織っている有咲がこれから戦いに行くようなガッツポーズを決めた。
「おっし!頑張るよ!」
「え?」
「ごめん。悠。」
俺は球技大会の為の生徒会ベンチに悠を連れていき、そこで彼に真実を目の当たりにさせたのである。
俺達二人がいなくとも生徒会は完全に回っていた、という悲しい事実。
俺達が不在の間、夏南は親友となった有咲に生徒会運営について相談し、有咲は色々的確なアドバイスを夏南に与えたばかりでなく、行事用のものづくりなどを他校の人なのに買って出て手伝っていたというのだ。
そして二人の相談会場は、俺が祥鳳大学医療センターに転院してからは、兵頭の好意で彼女の秘書室に移設された。
つまり、そこは拓海の仕事部屋でもある。
拓海は彼女達の悩み事を面白おかしく聞くだけでなく、俺の為になると勝手に考えて、一肌も二肌も勝手に脱いだのである。
なんと、中学二年時の冬休みには全国英語弁論大会に出場した才女、江藤有咲さんを、学費免除の特待生待遇で祥鳳大学付属中学校に編入させてしまったそうだよ?
名誉教授特権なんか拓海に与えるから!
けれど、兵頭が見せてくれた有咲の編入問題の結果は、俺でも八割しか解けない難問に対し、有咲は九割以上というか満点だった。
そりゃ、学園として学費免除にしてでも喉から手が出るほどに欲しい子だ。
ちなみに、兵頭が有咲の編入試験の問題や結果などを俺に見せるなんて事が出来たのは、彼女こそ祥鳳大学創設者一族の人だからである。
個人情報?
実のところ、俺の目の前で、満点で偉いわねと兵頭が有咲を褒めていただけだ。
「ほんっとにごめん。俺とお前の正当性を勝ち取るためにビーチバレー対決なんてしちゃってさ、久本達に大勝ちしたらしいよ。そんで、球技大会をめっちゃ盛り上げちゃうための最初のお言葉を有咲が担当するみたい。」
悠はそのことを全く悔しがる気配など見せるどころか、ふふっと楽しそうに笑い、俺を慰めるようにして俺の背中を軽く叩いた。
「いいよ。僕はこの足で台に上りたくない。それに夏南があんなに生き生きしているのって初めてな感じ。」
「有咲の方が生き生きしているけどね。」
体操着姿に生徒会ジャケットを羽織っている有咲だが、俺が見た事も無い溌溂とした笑顔で、夏南と笑い合っているのである。
今の有咲は、光り輝く美少女、と、誰に聞いても評されるだろう。
有咲はこの学園に転校して一月も経って無いのだが、今や有咲を知らない人はこの学園にはいない。
俺よりも背が高くなって、百七十近くあるモデル系美人となったから、彼女は目立つのではない。
編入してすぐの中間では頭一つ出ての学年トップとなった頭脳は素晴らしいが、その事実で周囲が彼女を持ち上げるのではない。
有咲はいつだって有咲だからだ。
同級生下級生問わず話しかけられれば笑顔付でフランクに応え、誰に対しても手を差し伸べる優しさがあるからだ。
好かれない方がおかしいだろう?
さて、有咲が転校した初日、やはり美少女だからか久本が彼女に纏わりついた。
しかして有咲は俺のお世話係を自称するお方だ。
久本は悠や俺を馬鹿にしはじめ、結果として有咲は我慢が出来なくなり、ビーチバレーの勝負を久本に挑んだのである。
全校生徒が注目する中で。
そして夏南は暴走する有咲を止めるどころか、試合の日時まで決めてしまったから驚きだ。
俺はそれを夏南と有咲に病室で聞かされた時、何をやっているんだと、目の前が真っ暗になったと思い出す。
「ほら、あげまん!勝利の為のアドバイスは無いか!」
「お願い!私は背が低いからレギュラーにはなれないけど、レシーブで球を拾うのは一番うまいってバレーボールクラブでは言われていたの。」
有咲がビーチバレーを推したのは、夏南がバレーボール経験者だったからか。
そこで俺は、ダメもと案を彼女達に授けた。
その一、試合はコート変更なしの一セット十五点先取方式。
女子と男子の体格差を前面に出して、久本側からそれを言い出させるように誘導する事。
その二、試合は水着で。
「ハレ君はえっちだな。」
「バカ。聞け有咲。最後の仕掛けの為なんだよ。」
その三、グラウンドのコートは、久本達側だけは砂利を撒け。
「ああ~ハレ君はあざとい人だったんだ~。ちっせえ!」
「いや、でもね、こういう小さいとこ悠に似ているよ。悠もちっちゃいとこに拘ってうじうじするの。」
アドバイスさせといて俺を落とすとは!
この性悪な人達が性悪じゃなかった時代を知っている俺は、人間も混ぜたら危険なんだなあと、その時に思ったものだ。
はは、混ざり合って凶悪になったと、目の前で証明してやがらあ。
有咲が台に立った途端に、彼女を応援する声がグラウンド中から響いたのだ。
生徒会は夏南と有咲に完全に乗っ取られ、有咲は暫定生徒会長として祥鳳大学中等部で君臨しているのである。
「すごいよね。夏南も変わっちゃうしさ。有咲ちゃんは伝説の少女って奴だね。」
「うん。だね。ものすごい勢いで久本にぼこぼこボールをぶつけたらしいよ。あの二人。俺は君を伝説の生徒会長にしたかったのにさ。」
「ははは、いいよこれで。それにさ、久本どころか、僕は誰に何と言われても、別にどうでもいいって感じなんだ。銃撃されて生還してみれば、姉がカマキリな昆虫系だって知ったからには、ほんと、どうでもいいって感じなんだよ。」
「それわかる。すっごくわかるよ。」
「君も苦労しているもんね。さあ、僕達は夏南に与えられたスコアブックを付ける仕事を従順にこなそうか。」
「そうだね。お世話係という名の彼女達の奴隷ですものね。俺達は。」
俺は親友と顔を見合わせ、ハハハと互いに乾いた笑い声をあげた。
有咲がお世話係と称して俺に色々やらせる事を知った夏南が、彼女も同じ行為を悠にするようになったのだ。
お陰で俺達は大怪我人で自宅療養であったはずなのに、動く手で生徒会の書類を書かせられたり、動ける範囲で買い出しなどもさせられていたのである。
「晴純、僕ね、片腕でもパスタ作れるようになったよ。ベーコンとトマトの水煮を炒めた程度のソースだけどさ。休みに食べに来ない?」
「いいねえ。じゃあ俺はガトーショコラを焼いて持って行くよ。」
俺達は同時に鼻でふっと嗤うと、同時にスコアブックを広げた。




