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事件が終わったというならば

 病院立てこもり事件の三日後、拘留切れとなったウスターシュ・イルマシエが拘置所からひっそりと出所し、その日のうちに戻った自宅にて自殺をしたそうだ。

 だから、拓海が助けた管弁護士だけが世界的な人身売買の証言者となるのであろうが、彼は生還しても銃撃前の記憶その他を全て失っていた。


 そう管は主張した。


 しかしながら、犯罪の状況証拠はあるために、彼は記憶喪失だろうが弁護士登録を弁護士会から抹消された。

 さらに、事務所や自宅の家宅捜査を警察から受ける前にその双方で同時に放火を受けるという不幸に見舞われたのである。


 銃売買で手にした金を隠し、財産も税金逃れで隠していた管は、書類上の財産はわずかな貯金と燃えてしまったその不動産だけである。

 そして本人は隠し財産があるのだからと自分の犯罪の証拠を表の財産と共に消したのだろうが、隠し財産はイルマシエの関係口座となぜか見做されて一緒に凍結されている。


 それを自分のものだと主張するには、彼は記憶喪失だ。

 つまり、彼は財産を入院中に全て失った事になる。

 今後の彼は退院後には死の恐怖に脅え、行為無能力者な上に破産もしたという、刑務所の囚人と同じぐらいの不自由な生活が待っているだろう。


 これで世間が知らされていないイルマシエの本当の事件は終結したのだと、イルマシエの死を願ったイルマシエの仲間達は思い込んで胸を撫でおろしたはずだ。


 しかし、天網恢恢疎にして漏らさずという古語があるように、イルマシエの仲間達には楽しい反省会が待っていた。


 世界の誰もが閲覧できるネット上に、仲間の名簿がばらまかれたのである。

 それも、動画もあればそれ付で詳細な犯罪内容を羅列してある名簿だ。


 多国籍のパスポートを持つ富豪の彼らだ。

 彼らが国民となっている国で、犯罪者からの財産没収が可能となっている国は、一斉に彼らの財産を凍結させて奪えるだけ奪ってしまったようだ。


 イルマシエの死から日にちが増すごとに、不特定多数による自宅破壊や自家用車に乗っている所を襲撃されてのリンチなど、イルマシエの仲間の不幸話が増えていくからか、メディアは祭の出し物の様にして騒々しく放送している。


「君の怪我は君が井筒達を追い込んだからだと三角に聞いている。頼んでもいないことを勝手にして!」


 ベッドに横たわる死にぞこないは、ベッドの中から俺を睨みつけた。

 俺も自分に保護者ぶる偉そうな男を睨みつけた。


「久々に会っての一言がそれか!」


 俺と鹿角は同じ入院病棟でありながら、拓海の命令によって接点を持たせないようにされていた。

 ここは江里須総合医療センターで、拓海は他所の大学病院の教授なのに、権力を使える時にはしっかり使うなんて彼は本気で怖い人だ。


 さてそんな事情もあるそこで、俺の方が一足先に退院というか拓海の病院への転院であるこの日に、わざわざ鹿角の見舞いに来てやったのである。

 それなのに睨まれ罵倒されるだけとはと、俺は鹿角に苛立った。


 ちなみに、俺と今日まで同室だった悠はまだ入院が続くが、一週間後には悠も退院だ。

 彼の一家は悠の退院に合わせて拓海のマンションに越してくるそうだ。

 有栖川の家だった自宅は破壊されているし、松葉杖をついての登校は学校に近い方が良いと悠が我儘を言った結果らしい。


 拓海は俺のお友達が引っ越してくることに大賛成で、引っ越し祝いをしてあげようなんてぐらいに盛り上がっている。

 悠はピアノが弾けるんだそうだ。


 拓海は本気で俺に威風堂々を弾かせようと企んでいやがる。


 俺よりもどんどん我儘となって無理難題をふっかけ始めた拓海の父親面を思い出し、反抗的な気持ちが湧いた俺は、その原因の鹿角に気持をぶつけていた。


「ありがとうも言ってくれないなんてさ。」


「当り前です!私は君に怪我こそさせたくなかった!その顔の痣は酷いじゃないか!お腹を殴られたせいで、計画していた修復治療が中止になったと三角に聞いたぞ!」


「三角さんに俺のストーカーさせてんの?」


「普通に上司に報連相してくれているだけでしょうが!」


 俺はわざとらしく溜息を吐くと、鹿角に強く掴まれたことでまだ痣が残る手首を鹿角に見せつけるようにして、鹿角のベッド横の棚に見舞いの品を置いた。


「――それは!痛むか?内出血していたな。すまない。」


「いえいえ。痛みはありませんから。ただ、鹿角さんにこんな目に遭わされた俺が、鹿角さんを庇うような証言をするはずは無いって事で、俺は全面信用されました。いやあ、先々迄お読みなる鹿角さんには尊敬しかありませんね。」


「――すまない。それからその傷はそのためじゃなくて、私は本当に君を説得したくて力が入っただけというか、……すまない。」


「まあ、お会いするのは今日だけですから、別に構いませんよ?」


「ふふ、そんな事を言っても君は優しい子だ。こんなに可愛い見舞い品を、君を傷つけてばかりの私に持ってきてくれた。君はまた私に会ってくれるさ。」


「どうでしょうね。」


 鹿角の見舞いに持ってきた品は、入院中の俺がわざわざネット注文したもので、小さな植木鉢に丸い小さなサボテンが入っている、というものだ。

 俺がこの品を注文した時に、拓海は見舞い品に根付くものはご法度なのにと、陰険だと俺を笑ったが、俺はこのぐらい鹿角にしても許されるはずだ。


 けれど、鹿角は見舞い品のジンクスなどどこ吹く風のようである。

 鹿角は俺が持ってきたサボテンを、それはもう愛おしい物のようにして嬉しそうに目を輝かせ、それこそ俺への嫌がらせみたいに見るからに喜んでいるのだ。


 なんか悔しいと思った一瞬、鹿角は指を伸ばしてサボテンを撫でようとして、すぐに情けない小さな悲鳴をあげてぱっと指を引っ込めた。

 ちょっとだけしてやったという気分になれて嬉しくなった。


 鹿角は小さくて可愛いサボテンだと思っただろうが、そいつは棘が一番痛い金鯱きんしゃちという名の巨大化するサボテンだ。

 大事に育てろよ。


「フフ。やっぱり金鯱は小さくても痛いね。可愛い見舞い品で仕返しをするなんて、焼餅焼きの恋人を持った気分だ。」


「中坊の男の子に何を言ってんですか?出るとこに出てセクハラ訴えましょうか?あなたを訴える言ったら拓海先生は湯水のごとく裁判費用を俺にくれるはずです。」


「わあ、それは困るな。拓海先生は特許富豪な方だ。」


「まあ、俺が訴えなくとも、そこいらじゅうからあなたは訴えられそうですよね。立神さんは亡くなってしまったけれど、あなたが誤解を解いていたら末路は変わっていたかもだと俺は思いますもん。」


「私は彼には何度も否定したよ?だけど否定すればするほどに彼は頑なになってしまった。優花君と私は同じ高校というそれだけで、実際には学年なんか三年生と一年生だ。私は彼女のことなど覚えてもいないと、何度も彼に伝えたよ。」


「そうですね。当の優花さんこそ鹿角さんと付き合っていると思い込んでいましたからね。彼女のおかしさをどうしてあなたは武雄夫妻に伝えなかったのですか?」


「ああ、そうだね。結局は私の弱さだね。」


 鹿角は珍しく自信喪失した声を出し、自分の罪だと認めた。

 俺はこれ以上彼をこの話題で責められはしないと考えた。

 彼は武雄家の人達によって、過去に愛した人と無理矢理別れさせられた上に失っているという、深い傷を負っているのである。

 二度と面を見せるなと、鹿角こそ彼らに言われた方なのだ。

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