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後悔先に立たずと言うが、これしか俺には出来ないのである

 当り前だが、俺の言葉によって樋口も井筒も感銘を受けるどころか、樋口はさらに俺の体を持ち上げ、井筒は優花によって引き起こされていた混乱から立ち直っていた。

 そして、考えられる行動、井筒は俺のトレーナーの裾を捲り上げた。


 剥きだされる俺の気味の悪い腹。

 しかしそこに彼らが探すリボルバーなど見つかるはずは無い。

 俺が今までいた場所をどこだと思っているんだ?


「畜生、どこに隠した?」


「言え、ガキ!お前は知ってんだろ?」


「何がですか?っぐふ。」


 俺は口腔内に鉄の味と胃液の苦い味が混ざったものが広がった。

 井筒は俺の腹に拳を叩き込んで来たのだ。

 打撃を受けた俺の腹の皮膚は、ただでさえ引っ張っていたために裂け、俺は皮膚がぴきぴきと裂けていく痛みに声を失った。


「まあ!何をなさっているの!」


 優花は俺を助けようと井筒に縋りつき、井筒は優花の振る舞いに百年の恋も冷めた様になっていたのか、彼女を思いっきり突き飛ばした。

 彼女は病室の壁に全身をぶつけ、そのまま意識を失った。


「優花さん!」

「畜生黙れ!」


 俺は井筒に顔を殴られ、目の前が真っ赤になった。

 朦朧としかしない意識の中、樋口が井筒を罵る言葉が聞こえた。


「顔に怪我をさせやがって。何をやってんだよ。」


「その窓から落としてしまえば良いだろ!俺に殴られた傷も何もわかんなくなるさ。こんな体を苦にしての自殺だ。あるいはそのおかしな女に落とされた、でいいだろ。」


 樋口は舌打ちをすると、井筒の言葉どおりに窓辺へと俺を引っ張り引き摺っていき、彼の力に抵抗など出来ない俺は、内臓も含めて炎に焼かれたような痛みの腹を庇ってぼろ布の様に引き摺られるしか無かった。


「ガキが偉ぶって俺達に挑んだからだよ。最後のチャンスだ。さあ、言え。銃はどこにある?」


 樋口は窓に手をかけた。

 俺の顔を持ち上げて、ガラス窓に押し付けながら外を見せつけ、彼は俺に凄んだ。


「どこだ?」


「銃ってなんですか?」


「はあ?お前が散々に言っていただろ?立神を撃った銃を何処にやったと聞いているんだよ?俺は。」


「銃ならとっくに蒲生君から証拠品として受け取っていますよ。鹿角班長を違法拳銃で撃ち、立神警部補を撃ち殺した人が落とした銃だと説明も受けています。樋口、井筒、手を上げて降伏しろ。」


 第三者の静かな声に樋口の手はそこで強張り、井筒もそこで叫んだ。

 ちくしょう、と。

 病室の戸口には、三角以下SPの三名が銃を構えて樋口達に狙いをつけていた。

 俺は病室の床に転がる杖を見返し、鹿角が杖にLEDしか仕込まないなんて無いはずだと考えた自分を偉いと考えた。


 ついでに俺がこんな状態にされたというならば、立神殺害の目撃者の俺の嘘証言の方が真実味を増すだろうと、敢えてこの場に挑んだ俺の勝利だ。


「蒲生君!」


 こんなにも殴られる事は想定していなかった、けれど。


 ………………。

 …………。

 ……。


 目を開ければ俺のベッドの脇には拓海が立っており、大きなマスクで顔を覆って目だけ出しているという手術着姿だ。

 そんな姿の彼は、眼つきだけでいつもと違う顔つきとわかるほどに怒り顔で、横になっている俺を見下ろしている。


 俺は怖いと思うよりも、彼を再び目にできて嬉しいと思った。

 意識を失った時、さすがに死んでしまうかもと脅えてもいたのである。


「この馬鹿者が!君を室外に出してしまった兵頭君の気持ちを考えたか?君がこんな状態にされているのに、近くにいられなかった僕の気持ちを考えたか?」


 俺は御免なさいと言おうとして、自分の声が出なくなっていることに、ひゅうっと息を飲んで脅えた。

 声を出したくても出せない、声の出し方を忘れたなんて、俺が拓海の手術を受ける前の障害を掛けていた時以来で、はひゅはひゅと俺は喘ぎながら、必死に声を出そうと腹に力を込めた。


 !!!


 びりっと腹が引き攣った感覚を感じ、俺は自分の体を見下ろして、自分が手術が終わったばかりの姿だったと気が付いた。

 声が出ないのは麻酔のせい?


「ああもう!力を込めないで。破裂したエキスパンダーが腹膜に刺さったから、切開手術をして取り出したばかりなんだからね!」


 そうか。

 自分を叱る拓海の姿が手術着姿の理由も気が付くと、彼が自分を執刀してくれたという事実に驚き、次に物凄い安堵に包まれた。


 拓海は俺を他の人に任せたくない。


 藤が以前に言っていた通りに、彼の術式中に俺が死ねば、彼は一生俺の死を背負ってくれるだろうと言う事だ。


「本当に悪い子だ。僕は首から下は専門外だと言うのに!君は僕にその傷跡を直させようとしたね?ああ悪い子だ。僕は醜い傷に我慢が出来ないと無駄にそこにメスを入れて、無駄にチクチクと傷口を縫う羽目になった。」


 俺はありがとうを彼に伝えたいと右手に力を込めたが、その手は一瞬にして拓海に握られてしまった。


「この馬鹿者が!」


 俺は赤ん坊が自分の手が触れたものを握り返すように、拓海の手をぎゅっと握っていた。

 拓海はさらに俺の手を握り返す。

 拓海は空のもう一方の手で俺の額を触り、ちゃんと甘えなさい、と俺に言った。


 え?


「悠君にそれを言った君こそ育て直しが必要だ。君もまだ子供なんだから僕に甘えなさい。我儘を僕に言いなさい。守られ方を知らないからって、馬鹿な大人を守るためにあんな危険な人達に君が立ち向かう必要は無いんです!手術室で君の状態を知った僕は、鹿角君を放って、間抜けなお兄さん達に君の救出に向かわせるために外に走ったんだからね!」


 え?


 三角さん達が来たのは鹿角の杖に盗聴器が仕込まれていたから、じゃなく?


「アンリにお願いしておいたんだよ。君が馬鹿なことをしたら教えてくれって。まさか、手術室の電話を鳴らしてくるとは思わなかったけど。」


 電話で?

 アンリが拓海に?


「フフ。電話を受けた看護師が脅えてね。ハレが危険だって変な機械音声が言っているってね。フフフ、心霊な藤君よりも心霊体験と言える体験だね。あの子は自分こそ心霊体験をした事が無いって言っているから。」


 俺はどういうことだと驚いた眼で拓海を見上げてしまったのだろう。

 彼は俺の視線を受けると、マスクが破れそうなほどの大笑いを上げた。


「信じられる?藤君はね、周囲がギャアギャアと霊の声で煩くなるとお喋りと称して降霊するけれど、彼の目には幽霊が一切見えないんだって。だから君を羨ましがっているんだよ。ほんの少しの間でも、死んでしまった大事な人と君が顔を合わせて会話が出来たってことをね。」


 俺は再び拓海の手を握った。

 これは感謝を込めて、だ。


 拓海は最初から俺を否定していない。

 俺がアンリが俺の頭の中で作ったものと絶対に認めない事をそのまま受け入れて、アンリが生きていた人で、今は死んでしまった人として存在を認めてくれてるのだ。


「アンリは君の尻を引っ叩けと僕のスマートフォンにメールをしてきたけれど、僕は君に一曲ピアノ曲を覚えさせる罰を与えたい。いいよね。」


 俺の指先から力が抜けた。

 拓海はそんな俺を笑い、俺はそんな彼に対して返礼を行った。


 右手の人差し指で拓海の手の甲を撫で、親指を立て、それから、手刀にしてベッドに打ち付けたのである。

 本当は自分の頬を人差し指で撫でた後に親指を立てなきゃお父さんという意味にならないが、手刀のありがとうはわかるかな、ぐらいだったが、俺の頬に雫が当たった。


 拓海はホロっと涙を零してくれて、俺に微笑んでくれた。


「エルガーの威風堂々。僕は好きなんだよ!」


 俺は人差し指と中指をくっつけて立てた右手をぐるっと回した。

 地獄に落ちろって奴だ。

 拓海はそんな俺の返しに対して、嬉しそうな声で大笑いを上げた。

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