報連相が終われば 梟は狩りに出る
集中治療室を出るところで、鹿角の部下四人が集合して戸口の影で話し合っている様子である事に気が付いた。
俺が彼らに伝えた情報の吟味に違いない。
君子危うきに近づかずと足を急がせようと動いたが、だが俺は鹿角の部下に止められるどころか、三角に杖を恭しく差し出されるという格好となった。
それは俺の杖ではなく、武雄の家に追いやられた時に持たされた時の杖だった。
俺が愛用している登山用のものと違い、上部がTの形になっている体重をかけやすいタイプであり、改めて見れば黒くて格好の良いものである。
「またあの三本足の勇姿を見たいですけど、見たかったと悔しがっていた鹿角さんが後で煩くなるでしょうから杖をお使いください。この杖は鹿角さんが蒲生君の為に特注したんですよ。LEDライトなど色々仕込んであります。」
「あいつ、……まだ意識があったんだ。本当に鋼鉄の男だな。ありがたくいただきます。では、御礼を言う前に死ぬなとだけ伝えてください。」
「今は手術中でして。」
「そうでしたね。でも拓海先生だから鹿角さんは死なないでしょう。絶対に生還して、また俺やあなた方をウンザリさせてくれるんですよ!」
「ハハハ。扉が開かなくて大変でしたよ。あの鹿角さんにつっかえ棒になれって命令が出来るのは、後にも先にもあなただけでしょう。」
「嘘!あなた方こそもうちょっとあの人をぞんざいに扱ってよ。そうしたらもう少しあの人は謙虚になるんじゃないですか?」
三角達四人は一斉に俺を酷いと言って笑い出し、俺は彼らの笑い声に送り出されながら鹿角の杖をついて歩き始めた。
途中スマートフォンを出して確認すれば、アンリから事件の詳細が送られており、病院を制圧していた武装集団の総合計人数は、五人ではなくその倍近くの八人であった。
エントランスで見張りをした二名、集中治療室の拓海達を襲撃に向かった三名、三階のベビールームの二名、そして最後の八人目は鹿角に撃ち殺された立神だ。
集中治療室の三名は鹿角の部下によって制圧された。
三階にいた二名は通信が切れた三名の様子を伺いに下に降りたところで、この俺に遭遇したと言う事だ。
そしてエントランスを制圧していた二名については、鹿角の部下が排除に動く事も無く、彼らは立神の部下、井筒と樋口によって確保されていた。
病院の周りには警察車両がぐるっと取り囲み、その周囲をマスコミの車が取り囲むという大騒ぎとなっていたが、病院の完全開放の情報を世間に知らしめるには最高の布陣でもあっただろう。
また、アンリによると、井筒と樋口に制圧された犯人二名は、彼らの腕から解放された時点で意識は無く、すでに医師によって死亡を確認されている。
スマートフォンに送られてきていた現状報告は以上のものだが、歩く俺のポケットの中でガラケーが震えた。
俺は珍しいとガラケーを取り出して画面を見ると、アンリから俺の最終判断が欲しいとの申し入れであった。
鹿角は自分が死んだ時にアンリに送った情報を俺に開示することと、アンリに条件付の指示登録をしていたようだが、その指示を承認するのはアンリのホストとなる俺なのである。
「う~ん。遺言書を先に知った気分。死んでないけど今開示。」
俺は鹿角の気持ちなんかひとつも理解したくは無いが、武雄を悩ませてきた十年近くの年月を鹿角も苦しんでいたと知ってしまったからには、鹿角を無視など出来なくなっているのである。
そしてガラケーにアンリへの指示を送ったが、その瞬間にスマートフォンの方に鹿角からの情報が展開され、俺は読みながら鹿角に舌打ちをするしか無かった。
「全く、あいつは!何が俺を守りたいだ!嘘ばっかり!」
立神の罪状がずらっと並べてあるが、その罪の消去願いとは!
俺はムカつきながら、立神に擦りつけられていたらしき鹿角の罪状の方も消していった。
どうせ自分が生還したら、俺に頼んだことは自分でやるつもりだったのだろう。
自分が死んでしまったら、立神の罪は背負って己は犯罪者として埋葬か?
鹿角を格好良くなんて誰がさせるか!
「大体よ、穴がありすぎんだよ。俺を目撃者にしても信憑性が無いだろうが!」
独り言を吐き出してみても、鹿角の決意がスマートフォンの画面から消える事など無い。
どうして奴の遺産の相続に俺を指定してやがるんだ?
俺は舌打ちをして乱暴にスマートフォンの画面を終わらせ、それをポケットに乱暴に入れ直してから足を再び動かした。
犯罪者は現場に立ち戻る。
俺はそれを期待して武雄の病室に向かうのだ。
誰もいなければ集中治療室に戻り、目指す奴がいればそいつに襲われたと言って人を呼ぶ。
そして、鹿角の穴を埋めてやる。
「優花さん!立神はここにはいませんよ。それに、現在皆さんは集中治療室にいらっしゃいます。その後の悠君は、ここではない別の病室に移動になるはずです。」
俺は男の声に足元から顔を上げ、俺が目指していた病室の前に着いていたと気が付き、この状況は何だと思いながら武雄の病室に入った。
集中治療室も千客万来だったが、武雄の病室こそ事件現場だからなのだろうかと思いながら、俺は俺の到来に吃驚と振り返った男女の視線を浴びた。
優花は美優を抱いてはいないが、武雄の母の様に着換えてベージュ色のニットワンピースに黒の柔らかそうなカーディガンを羽織っていた。
対する立神の部下だった井筒は、立神と同じようにスーツに着替えており、立神と違い鹿角によく似た髪型の彼は、体格の良さもありながらも優男に見えた。
いや、そう見えるように井筒は鹿角の真似をしているように見えた。
前髪の出し方だって、ネクタイの柄だってそっくりじゃないか?
鹿角に擦り付けた罪についての目撃証言、俺はその出所を簡単に見つけてしまったような気になっていた。
「あの、君は?」
「あの、俺は、鹿角さんに頼まれていたものを探しに来たんですけど、あなたもそうですか?警察官が正義だった印、です。」
井筒は俺の言った言葉の意味が分かったのか、口をきゅっと閉じた。
鹿角が立神を撃った銃は、警察官が持つリボルバーだったが、鹿角のものではなかった。
最初は立神にあの違法拳銃を使わせるために鹿角が立神から盗んでいたものだろうと俺は考えていたが、その考えは正しくて間違えていたようだ。
立神は元々鹿角に自分の罪を擦り付けるつもりだったのだから、あのグロックは鹿角から奪おうとしてもみ合いになって暴発したと言い張るつもりだったのだろう。
そのための近接射撃。
では、鹿角が使用した銃はなんだったのか?
絶対にあの銃から立神の汚職仲間が浮上して罪に問われる事が、きっと間違いないものであったのは確実だ。
その証拠が目の前に立っているじゃないか!
自分が死んでも立神の共謀者には罪の贖いをさせようと企むとは、お前は本当にえげつない奴だ、なあ、鹿角!
だが、もう一人の室内にいた女性、優花は俺の想定外の言葉を吐いた。
「鹿角さんはお目覚めになったのね?この部屋には何時ぐらいに戻って来るかしら?」
俺も井筒も唖然としながら夫を亡くしたばかりの女性を見返すと、優花は何の罪悪感も無い顔で、更なる衝撃の言葉を放ったのである。
「ようやく私達は一緒になれるのね。」
「優花!君はまだ鹿角なのか!」
夢見がちな瞳をしてフワフワとした口調で語る優花に俺こそぞっとしていたが、井筒はもっと衝撃を受けていたようで乱暴に優花に掴みかかっていた。




