相談その二 暗闇だからこそ梟は飛ぶ
俺はどうするべきなのか。
敵も味方もわからない、そんな暗闇に取り残された時は?
まず、五人の敵は、三人がエントランスにおり、二名が三階のベビールーム?
いや、彼らの目指す場所は、管弁護士が横たわるICUに違いない。
「そうだよ。目的は籠城なんかじゃない。殺人だ。目的達成の邪魔になりそうな人間を排除するための陽動だ。あと、逃げ出す時に、パニックに陥った一般人として紛れる事も出来る!」
そうすると敵の人数が少なすぎると、俺はスマートフォンを見直した。
立神は一人で敵を引き込んだのか?
「まだ、まだ他にも敵はいる?五名は陽動の為の奴ら?だから目立ってアンリに簡単にカウントされた?」
いじめはスニーキングによる攻撃を主としているから、アンリは敵の数や行動の役割分担が分からなければ、取りあえず分隊を想定してみろ、と言った。
分隊は二名から多くて十名。
一般的に多いのは、後方ライフル兵二名と一般兵四名に分隊長一名の、合計七名の組み合わせ。
「多めに考えるんだ。一番していけないことは、敵の力を軽んじる事だよ。」
頭の中でアンリの言葉が蘇る。
「立神入れてすでに六名ならば、敵は十人はいると見た方がいいか?」
俺はアンリへの指示を索敵から破壊に変えた。
それから床からリボルバーを拾い上げてポケットに入れ、俺は鹿角へと急いだ。
鹿角の足を引っ張って病室内に入れ、取りあえず鹿角の腹に鹿角のスマホを押し付けて彼のネクタイで硬く縛った。
医者じゃない俺が出来るのはこれだけだが、鹿角は呻きながら目を開けた。
「まだ死なないでください。俺がいない間悠の命を守る人が必要だ。銃を撃つ必要も無い。入口の邪魔になっていてください。」
俺は鹿角に言い捨てると、彼の返事も待たずに病室を飛び出た。
「アンリ!集中治療室まで俺を案内してくれ。」
廊下に出てすぐに数メートル先のエレベーターが動き、俺は足を引き摺りながらそこを目指した。
俺がエレベータに乗りこむや勝手に階層ボタンが点灯し、エレベーターは当り前だが一階を目指した。
そうだ、ERや手術室近くにあるものじゃないか!
「はあ!」
俺は息を飲んだ。
敵は既に拓海を襲っていないか?
ちん。
エレベーターが止まり、扉がゆっくりと開いていく。
俺は足を使って歩くんじゃ無く、開いた扉から飛び出た。
急に思い立ったのだ。
足が一本使えないのならば、わざわざ二本足で歩かずに、三本足で犬のように走ったらどうか、と。
ダン。
俺の思い付きが正しかったと証明してくれるように、エレベーター前で見張りをしていたらしき男達がおり、その一人が、扉が開くや室内に向けて銃弾を撃ち込んできたのだ。
その銃弾は人が立っていれば腹の部分に命中していただろうが、犬の姿で飛び出たために俺の腹に風穴は開かなかった。
だが男には二弾三弾と、まだまだ俺に弾を撃ち込む事が出来るのだ。
弾丸の洗礼を免れた俺は、急いでスマホを男に掲げた。
がしゅん。
「ぐうっ。」
銃を持った男は一瞬で床に倒れ、口から白い泡を吐いた。
「何が!お前は一体!」
もう一人いた男は、ぐるっと振り返って俺に叫んで銃を向けたところで、最初の男と同じようにして床に倒れた。
俺の指示は破壊であり、俺が考えていたアンリによる破壊行動は、敵が絶対持っているであろうスマートフォンのリチウム電池の暴発である。
だがアンリは、スマートフォンを使って敵の体内に何らかの電子パルスを送り、心臓などの内臓組織の活動をかく乱して敵を失神させた、ようなのである。
俺はここまでプログラミングしていないのに、勝手に学習して勝手に成長してしまったアンリはすごいと怖れるしかない。
「動かないけど死んではいない。鹿角が俺が殺しをしたって責めたのを聞いていたのか、な?」
アンリはすごい親ばか、だよ?
「そうですね。拓海先生。」
俺はスマートフォンを片付けると、再び床に手をついて四つん這いとなった。
それから床についた手に力を込めて体が前に行くように床を弾き、本気で犬か兎になったようにして廊下を駆け出したのである。
恥ずかしい格好だと思うが、それでも俺は楽しくもなっていた。
風を切って移動する。
俺には一度だって出来なかった体験なのだ。
しかし、数メートル走るうちに俺の中の不安の方が勝っていた。
ああ、どうか無事で!
拓海に何かあったら、俺はどうやって生きて行けばいいんだ!
そして、ついに、俺は拓海がいるであろう集中治療室前に辿り着いた。
ドアは銃弾を受けて破壊されている?
俺は思いっきり両手と右足に力を込めて、開け放された扉の向こうへ飛び込んでいっていた。
拓海が殺されていたのならば、俺だって銃弾で穴だらけにされたってかまいやしない、いや、一緒に死んでしまいたい!
「拓海せんせい!せんせい!たくみさん!りょうさん!ぶじですか!」
けれど声を上げたと同時に真実を知ったそこで、俺が駆け付けるのが遅かったからなのだと、自分に認めて自分を慰めるしか無かった。
「わあ!晴純!おいで!わあ、おいで!そのままぴょんって僕の所においで!」
開け放たれた集中治療室の扉の中。
鹿角の部下が全員集合していただけでなく、彼らがすでに拓海を襲いに侵入していた三人を拘束していたのである。
間抜けなのは、俺。
ぴょんと四つん這いとなって飛び込んだ姿のまま着地した場所で、一斉に注目された恥ずかしさで固まるしかない。
俺の為に物凄い笑顔で腕を広げてくれた拓海の行為を、俺をフォローしてくれた優しさと思うよりも、追い打ちをかけられた気にしかならなかった。
だって、鹿角の部下の四人、三月に大怪我した藤堂や波瀬を抜いた、三角に近松と鈴木、そして立木は笑いを噛み殺しながら一斉に顔を背けるし、室内にいた看護師や医師らしき白衣の人達だって完全に大笑いだ。
うわ、有栖川だってここにいたのか。
彼は大口を開けて俺に呆れ顔を見せていた。
背中を向けて体を震わせて笑っているショッキングピンクなスーツの女性は、多分どころか拓海の行く場所必ず同行する秘書の兵頭だろう。
そうだよな、ここが一番のセーフティルームだよな。
「ほら!はやく!うわあ、可愛い。ほら、ぴょんって、おいでって。」
結局俺を待ちきれなかった拓海が俺の前に来て、俺は彼の為にぴょんと飛び上って彼に抱きついた。
「よし!いい子だ!」
「もう!拓海先生は酷いよ!安全だったら安全だって教えてよ!」
「アハハ。そうだね。ごめん。でもそっちも大丈夫なんでしょう。」
俺はそこでようやく自分が親友を放って来た事と、鹿角が大怪我してしまった事を思い出したのである。
「鹿角が大変だ!お腹を撃たれたんだ!悠を一人にしてしまった!」
その後は当り前だが、大騒ぎとなった。




