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連絡その三 レミングの選択

 俺と有栖川が病院に辿り着いた時、武雄は集中治療室から出されてはいたが、依然として意識不明のままだった。

 彼は自宅の襲撃に際し、助けを求めて二階の窓から逃げようとしたところで背後から撃たれ、裏庭に転落したそのまま放置されていたのだ。


 鹿角が俺を武雄の家にどうしても入れたかったのは、俺が電子キーに関しては完全なるロックキャンセラーであるからだと知っているからだろう。


 変な子供の俺が正面玄関を潜ったそこで襲撃者達は慌てふためき、家の裏にある方の通用口からは意識が削がれるはず。


 鹿角はそれを見越して俺を投入したのであり、俺が敷地内に入るやすぐに生きているか死んでいるか分からない武雄の救出に走ったのである。


 なぜ、鹿角がそこまで状況を知っていたのか。

 百日祝い、お食い初めの最中に襲撃されたのであれば、参加できない赤ん坊の父親に赤ん坊の母親がスマートフォンの映像を送ったりしているものである。


 俺はベッドに眠る武雄を見つめた。

 武雄のベッドの横にはパイプ椅子に座る有栖川がおり、彼は医師が彼の状態を診たいとの申し出も断って孫の手をずっと握っている。


 その気持ちはわかる。

 俺だってそんな有栖川の隣に座り、呼吸をしているのかもわからない、沢山のモニターに繋がれた武雄の姿から目を離せないのである。


 襲撃者に後ろから撃たれた弾丸は彼の右肩を抉り、二階から落ちた時の衝撃で彼の右腕と右足は折れていた。


「出血が多すぎただけ、だよ。傷も塞いだ。彼は明日には目覚めると思うよ?」


 俺ははっと驚きながら病室の戸口へと振り返り、武雄の病室に拓海が入って来た事にもさらに驚いていた。

 武雄の自宅住所は江里須町となるので、彼が運ばれて治療を受けたこの病院は、江里須町の救急指定病院である江里須総合医療センターなのである。


 それなのに白戸町の私大の病院勤務の拓海が、この病院の医師のようにして白衣姿で目の前に現れたのだ。

 もしかして、俺の為にその格好でタクシーにでも乗ってこの病院に駆け付けてくれたのか?


「あ、あの。」


 拓海は数歩歩いて俺の目の前に近づくと、俺の肩を軽く指先で叩いた。


「君の一大事だ。それに、僕は仕事でこっちに来ていたからね。」


「この病院で、仕事、ですか?また依頼が?」


「ふふ。そこは医師の秘密だね。さあ、君は友人の為にその椅子を立ってくれないかな。僕は医師としてギリギリの人にアドバイスをしたい。」


「悠は頭も打っていたの?開頭手術も?」


「違う。さあ。」


 俺は拓海の言う通りに椅子を立ち、そして拓海は俺が座っていた椅子に腰かけると、孫の手を握ったまま石のようになっている老人へと声をかけた。


「お気持ちはお察ししますが、あなたこそ監禁中は水分なども取られていなかったのでは?さあ、廊下には看護師に車椅子を持たせて待たせています。ここを出て診療を受けに行ってください。」


「君は医者だろう?君がここで私の体を好きにすればいい。私はここから離れるつもりはない。この子によくやったと言ってやらねばならん。意識のないこの子を一人になんか、今は絶対にできない!」


 有栖川は武雄の手をさらに握り、彼の手を自分の額に当ててた。

 彼は泣いていた。


「ああ、悠はみんなを守るために逃げてくれたんだ。私を脅すには男児の孫を切り刻んだ方がいいと考える奴らだった。自分達の本気を見せるには、生まれたばかりの赤ん坊をまず殺そうか?悠はあいつらのその揶揄いを聞いて飛び出したんだよ。自分が死んでも私は死なないが、美優に傷がついたその場で私が命を絶つと悠は叫んでね。悠が死んだ世界こそ私には想像できないと言うのに!」


 俺はハフっと息を飲んでいた。

 人を絶対に傷つけられない悠らしいと思いながら、彼が完全にこの世からいなくなる風景を有栖川の言葉によって思い描いてしまったのだ。


「では、有栖川さん。お孫さんが目を覚ましたら彼の心臓が止まるぐらいに叱りつけてあげましょうよ?僕も最近同じ目に遭いましたから、あなたの気持ちはすごくすごくわかります。そして僕はバカ息子が目覚めたら物凄く怒ってやろうと思っていたのに、あの子は僕の突き指を見て、僕への心配と罪悪感で勝手に傷ついてしまいました。そんな子供に怒鳴れますか?ちゃんと叱ることが出来ないと、いつまでもいらいらしっぱなしですよ?」


 俺はすごくすごく拓海申し訳ないと頭を垂れるしか無かったが、反省した様に自分の足元を見つめているのに、拓海がずっと自分のことで苛立っていてくれた事に喜びしか湧かなかった。

 こんなに嬉しいのに、床にどうしてぽつぽつと雨のように雫が落ちるのかわからないが、このまま反省して立ち続けていたいという俺の気持は、俺が一番よくわかっていた。


「わかった。医師の診察を受けよう。君にこそ診て欲しいが、どうして君は私の脈一つ取らないんだ?」


「僕の専門は脳神経なのですよ。首から下は専門外でよくわかりません。それでも僕の診察が良いですか?熟練の看護師が横に絶対に必要ぐらいに、僕の腕は不確かですけど。」


「君は!そうか、本当に晴純君のゴッドファーザーなんだな!彼と君のユーモアはとっても似ているな!」


「ええ、似ているから息子の考えはわかります。あなたが不在の間は息子が此処でお孫さんを守ります。安心してください。」


 拓海は言い切ると廊下にいるはずの看護師を呼び、ドアが開くと車椅子を押す看護師と鹿角が入って来た。

 ドアの向こうには三月の時に見覚えた鹿角の部下、三角みすみと近松が仁王像のように立っている姿が見えた。

 そして鹿角はずんずんと室内を歩いてくると、拓海に深々と頭を下げた。


「ご協力ありがとうございます。」


「で、術後の患者のバイタル管理で僕はこの病院に二日は縛り付けられる。で?僕の大事な晴純をその二日間じゅう君が好き勝手すると?」


 有栖川を慰めているようで、実は俺にくどくどと嫌味を言っていたのは、拓海がかなり苛立っていた証拠であったようだ。

 普段温和な拓海をここまで苛立たせて煽った男は、彼の恩人であるはずの拓海対し、この場を掌握している優越性を見せつける笑みを顔に浮かべた。


「安全第一です。」


 何ですと?

 そこで俺は声を上げていた。


「藤さんを呼んでいいですか?」


 鹿角は端正な顔の眉間にブルドッグ並みの皺を寄せ、拓海こそがそれは止めてと俺に言った。


「藤君は病院内に入れたら駄目な人なんだよ。ほら、呼んじゃうから。」


 ああ、心霊な人だった!

 それで兵頭は院内で藤を見つけると、蹴りつける勢いで追い出していたのか!

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