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連絡その一 反撃の狼煙をあげます

 俺がトレーナーをまくり上げ、腹巻のようなものを引き下げる様子を、有栖川は驚きを持って見つめていたが、俺がさらけ出したものを理解した所で喘ぐような息を吐いた。


 俺の腹は、色素沈着でうす茶色くなっている場所に赤黒いケロイドが広がり、腐った生肉のような風合いのある肌になっている。

 またそこには、悪魔の呪いのようにして、ミミズがのたうつ文字らしきものが浮かんでもいるのだ。


 しかし今はそれだけでなく、その肌の周りには拷問器具のような針金らしきものが差し込まれて、皮膚を引っ張り巻き付けてもいるのである。


「君は?」


「すいません。グロイ物を見せて。今度この腹の傷を治しますからね、そのために俺の皮膚を伸ばして増やす?という工程中です。」


 結局伸ばした皮膚を縫い合わせて?あるいは移植して傷跡を消すという方法を皮膚科の逸原教授は選択した。

 彼が最新の皮膚細胞培養法を捨てて、すでに確立している方法のこちらを選択せざるを得なかったのには理由がある。


 拓海は俺が自分の足を包丁で突き刺した行為を、俺の自信のなさがさせた自殺行為でしか無いと考え、それはこの傷があるせいだと結論付けた。

 よって俺の腹の傷を出来る限り早く消せるように逸原教授を脅した?喧嘩を売った?頭を下げただけ?のいずれかあるいは全部をしたらしい。


 春休みの俺の長すぎる自宅療養と、いつにも増しての拓海の俺への心配性は、この施術による俺の精神面と肉体面を考えてのことだろう。


 あんなにも傷を消したいと望んでいたはずの俺こそが、傷があるままで良いと考え直しそうになる程に、現在の俺の腹は気持の悪い様相をしているのだ。

 まだ最初の段階でこんなに気色が悪いのに、皮膚が伸びてだらけた状態になったら、俺は自分の体を直視出来るのだろうか。


 で、こんな緊急時に腹を出したのは、有栖川という凄い政治家に俺への同情を買わせるためでなく、皮膚を弛ませる施術中ならば隠せるポケットが体にできた、というだけの話である。

 完全に隠せる状態では無いが、皮膚に差し込まれた医療道具だと思い込ませるぐらいは出来るって事だ。


 俺は自分の体の隙間から鹿角から受け取っていた小型インカム入りの小さなビニール袋を取り出して有栖川に差し出し、ついでに親指サイズも無い小さなカッターナイフも取り出した。

 それから、ガラケーは小さくて良いなと思いながら、やはりそこから取り出してトレーナーのポケットに入れ直した。


「君は!その携帯こそ使えないのか?」


「これは形見の品で俺が手放せないだけです。ですからそのためのインカムです。安心してください。いつでも皆さんを助けられるように立神さん達が準備をしています。皆さん、有栖川さんの号令を待っています。」


「あ、ああ。ありがとう。」


「まあ!あの人が!」


 優花の声のあとには四人の女性達がぎゅっと抱き合って喜びの声を上げ、有栖川は俺に感謝の目線を向けると、早速と俺が渡したインカムを耳に付けた。


「熊の手足に皆さんあてのなんかが入っているそうですよ。」


「ま……あ。」


 俺はぬいぐるみと小さなカッターを武雄の母に手渡しながら、人質部屋のバリケードになりそうなソファを動かすことを伝えた。


「すいませんが。奴らが入って来ない方が安全だと思うので。」


「ええ、ええ、その通りよ。秀子さま、お母様、私達は床に移動よ!」


 景子の号令に全員が簡単に動き、なんてしっかりした人達だろうと俺は感心すると、自分の仕事をするためにソファに向き直った。

 背には、ぬいぐるみを破く音と女性達の小さな驚喜した声だ。

 俺はそれだけで心が少し軽くなり、頑張ってソファを押したが、俺の踏ん張れ無い足と腹の皮膚が引き連れる痛みで、俺にはソファは重いだけだった。


 本気で俺は情けない。


 俺一人ではソファは重く、ここに武雄もいてくれたならと思いながら、ソファを押す手に力を込めると、急にソファが軽くなった。

 なんと、ソファを押す手が一人増えていたのである。


「赤ちゃんは?」


「娘にはお祖母ちゃん達がいるのよ。美優みゆうの着換えにオムツに液体ミルクと専用哺乳瓶だなんて、気が利いたものを持ってきてくれてありがとう。本当にありがとう。」


「すごいな。流石にパパなんですね。」


「滅多に帰れないパパですけどね。」


「毎日帰って来ても子供に向き合わない父親よりも、なかなか会えなくても子供一番のパパの方が嬉しいじゃないですか。」


「あなたのお父さんは、ええと」


「両親は弟だけです。ですので見かねた拓海先生が俺を引き取ってくれました。死にかけた俺を生かすための手術をされた方でもありますので、彼は俺の創造主、ゴッドファーザーでもあります。」


 優花は笑うどころか俺をじっと見つめ、声は出さずに口元を動かしただけで、大丈夫?と俺に尋ねた。


「大丈夫だし、あなたも大丈夫になるように、敵が入って来れないバリケードを築きますよ?俺達は負けていない。これから反撃するんです。」


 俺に心配顔を向けていた優花は、ぱっと顔を輝かせ、俺を凄いと言った。

 俺は何も答えずにソファを押した。

 たった一台しか動かせなかったが、それでも扉のつっかえには充分だった。

 いや、大丈夫なはずだ。


「あとは有栖川さんが号令を出すだけです。俺達は助けが来るまで固まっていましょう。」


「お、おお、そうだな。英敏君がたった今私に指示したことを君こそ先にしていたとは!」


「本当にあなたはすごいわ。悠が変わったのはあなたの影響ね!あんなに臆病だった悠が、私達を守るためにあの人達の一人を突き飛ばして、二階の窓から飛び出して逃げたの!そして英敏ひでとしさんを呼んでくれた。あなたのお陰なのね!」


 本当に俺は何も教えられていない。

 どうして鹿角は俺に武雄のことを一つも教えてくれなかったんだ。

 俺が歯噛みしたその時、有栖川がようやく号令を上げた。

 それも彼らしいものだった。


「奴らごと家をぶち壊してしまえ!」

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