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報告その四 人質となった皆さんのご様子は

 武装集団の一員に武雄家に引っ張り込まれた俺は、招かれざる客として少々殴られる覚悟をしていたが、俺を捕まえた二人組は意外と紳士だった。


 いや、俺が暴力慣れしすぎているのだろうか。

 いやいや、無害だと奴らが勝手に判断しただけのことだ。


 俺は同年齢の男子と比べれば普通よりも小柄で痩せている上に、足にはパンツの上から保護の医療用サポーターが巻かれている。

 ついでに、ラッピングされた大きなぬいぐるみを抱きながら、右手の親指をしゃぶりながら脅えた声を出しているという有様なのだ。


 よって、彼らは俺からぬいぐるみとスマートフォンは取り上げたが、俺を殴ることはせずに襟首をつかんで歩かせるだけに留めてくれた。

 このまま外に出して欲しいが、俺が歩かされたのは一階の家の奥。

 彼らのボスなどがいる場所は嫌だな、と歩かされる俺の前に現われたのは、完全和式の家で目にするはずのない、がっしりとした見栄えのいい洋風の扉である。

 扉の前にはもう一人の日本人顔をした見張り。

 そいつは俺を見て鼻で嗤いながら扉を開けた。


「さあ、入れ。お仲間がいるぞ。」


 人質部屋の方かと、俺は自分の幸運を祝いながら一歩足を踏み入れようとしたが、背中を押されて大きく転がった。


「子供に何をするんだ!」


 叫んだ男性の声に顔を上げれば、そこには粋な和装をした法務大臣の有栖川さんが、俺を守るようにして襲撃者の前に立ちはだかっていた。

 有栖川法務大臣は、テレビの中の人じゃない時の方が良い人らしい。


 名前を聞いても今までピンと来なかったが、今彼を見上げて俺は完全に、テレビで見たあの嫌な人だと思い出していた。

 物凄く人を見下した視線を向ける事が出来る人で、そういう所がいかにも政治家みたいで俺の好きな人では無かったのである。


 が、今は大好きだ。

 守ってくれてありがとう。


 だが、当り前だが、彼は俺を守ったばかりに武装団員の一人に殴られた。


 無論、殴った奴はその場で胸を押さえ、謎の病気によって倒れた。

 鹿角のスマホを俺から奪っていた奴でもあり、きっと鹿角のスマホが奴の心臓に異常を起こす絶妙なパルスを送ったのだろう。


 これはアンリの判断か、俺のスマホを持っている鹿角の指示によるものか。

 男達は仲間の急な異常に驚き、仲間を抱えあげると俺を連れ込んだ人質部屋からは姿を消した。


 人質部屋は、応接間として使われていただろう部屋だった。

 本部長という立場上、会談相手との情報を守るためなのか、壁に囲まれて開口部が小さな窓と洋ドアしかないという造りの部屋だ。

 秘密保持が可能な部屋と言う事は、言い方を変えれば、監禁に適した部屋だという事だ。


 赤ん坊もいるし、ソファセットも必要?ぐらいの情けは見せたのか?


 俺はソファに固まる女性達を見つめた。

 武雄の姉という小柄で可愛らしい顔立ちの立神の妻、立神優花たちかみゆうかが、腕には生まれて百日程度という今日の主役だった小さな赤ん坊を抱いている。

 そして、彼女を絶対に守ると覚悟したらしき彼女の祖母有栖川久子と、嫁ぎ先の義理の母の立神秀子たちかみひでこと、優花によく似た母親が優花を囲むようにしてソファに座っていた。


 武雄の母親でもある彼女、武雄景子だが、顔立ちは娘とよく似ているのに息子の武雄とは似ていないのが、武雄と優花が似ているだけに不思議だと思った。

 俺は全員に軽く会釈すると、まず一番にやること、殴られた老人を抱きおこして怪我の手当てをする事だと倒れている有栖川に跪いた。


「大丈夫ですか、有栖川さん。」


 むっくりと起き上がった有栖川は、テレビでよく見るあの眼つきをドアの向こうに一瞬だけ向けたが、すぐに俺を見返してニカっと笑った。


「あんな軟弱な奴の拳が私の頬に当たる訳が無い。」


 確かに殴られて赤くなっているような所も無く、彼は瞬時に腕で自分を守ったうえで、第二打が無いように気絶した振りをしたのだろう。


「お見事です。それで悠君はここにいませんけれど、大丈夫なのですか?」


 武雄をそのまま年を取らせたような有栖川は、俺の手を持って、あの子は大丈夫だと俺に微笑んだ。


「ふふ。そうか、君が親友の蒲生君か。あの子はね、この事態になるや二階の窓から飛び出して助けを呼びに逃げてくれたんだよ。勇気ある君のようになりたいって、君と友人になった事を喜んでいたからかな。」


「いえいえ。彼はいつだって勇気があります。俺こそ彼と友達になれて光栄なんですよ。」


 俺は微笑み返しながら、背筋どころか体中が冷たく凍えるのを感じていた。

 鹿角は俺に武雄の無事を一切伝えていない。

 武雄は無事なのか?


「おい、ガキ。ほら、大事なんだろ、返してやるよ。」


 ドアを開けて顔を出した誘拐者、今回は完全に洋風の顔立ちの奴だが、そいつは俺が持ってきたぬいぐるみを俺に放って寄越したのである。

 それは大きいが熊ゴローには似ても似つかないぬいぐるみで、鹿角は熊ゴローを結局手に入れられなかったのだと、受け取りながら心の中でほくそ笑んだ。


 あれは祥鳳大学医療センターすぐ近くにあるスーパーの開店二十五周年記念のイベントの品であったそうで、拓海はそれを手に入れるために教授特権をかなり使ったと兵頭が教えてくれたのである。


「教授選で監査が入りまくっていた時期なのに、全くあのぼんくらは!」


 凄いよね。

 まず、二千円以上の買い物で一枚もらえるシールを二十五枚集めると、熊ゴロー一体を千八百円で買えるという期間限定のイベントを拓海は知った。

 だからって、拓海は二千五百円入りの封筒を二十五通作り、学生を二十五人集め、封筒の金で二千円分好きな物を買っていいから絶対にシールを貰ってくる、という仕事をその学生達にやらせたというのである。


 あの年末の忙しいさなかに!


 二体ということは、五十人か?いや、俺が喜んだからもう一体と言っていたから、同じメンバーで二週目、ということか?


 ということで、開店記念キャンペーンが終わった現在、鹿角が俺の熊ゴローと同じぬいぐるみを手に入れることは不可能なのである。


「ひどいな。酷い事をする。」


 俺の腕の中のぬいぐるみは熊ゴローとは似ても似つかない熊であるが、それでも有栖川が酷いと連呼するほどにぬいぐるみの熊は酷い状況となっていた。

 ぬいぐるみの腹は裂かれ、綿が出ているという状況なのだ。


「俺があなたに通信手段の何かを渡すのかもと、きっと不安だったのでしょうね。実際、お腹の中にはなんだか固形のものが入っていました。」


「で、そのわかり易いデコイを君が持ってきた意味は何だろうな。」


 俺は首を竦めて見せてから、着ているトレーナーの裾を捲り上げた。

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