報告その一 会いたく無くてもそういうわけにはいかなくて
お読み下さりありがとうございます。
ブックマークが三十超えた事で嬉しくて、結局続きを書いてしまいました。
どうぞよろしくお願いします。
休日の遅い朝。
俺はソファに深く座っており、出来立てのココアの入ったマグカップを口に当てようとしたそこで、目の前の座卓に放ってあったスマートフォンが震えた。
俺は掛けて来た相手の番号を確認し、軽く舌打ちをしてからそれを取り上げて耳に当てた。
「もし?」
はあ、とまずは息が漏れる音が聞こえ、俺への電話にこの番号を持つあの男が子供みたいに緊張していたと知って嬉しくなった。
「――君は非通知の電話に簡単に出るのか?」
彼が非通知設定をしてようが、俺への電話には必ず相手名と番号が表示されるように、俺が構築したAIのアンリが設定をしている。
そんな事を鹿角に教える必要も義理も無いので、俺は普通の行動をした。
「じゃ、切ります。」
「待って!すまない。私は君に謝りたい。それだけなんだ。」
「ではどうぞ。」
「え?」
「いや、だから、謝るならどうぞ。聞きますよ?」
通話相手は一瞬沈黙し、面倒になった俺はテレビモニターに電源を入れた。
テレビモニターはぷつんと音を立てて明るくなり、そこには拓海のマンションの近くにある公園の地図が映し出されていた。
公園の地図の中には真っ赤なポッチが記されており、その表示によれば、公園の入り口からは遠いが入り口を見渡せる絶好の位置のベンチに、鹿角は座っているようだ。
「どうしました?さあ、謝罪をどうぞ。」
「はは。あの拓海教授の薫陶を受けているだけある。君は陰険意地悪だ。」
「切りましょうか?」
「待って!」
鹿角が裏返ったはすっぱな声を出した事で、俺は一瞬で機嫌がよくなり、彼に対してもう少しだけ猶予を与えてやろう、そんな風に思ってしまった。
そんな憐憫など与えたらいけない危険な男だと、俺こそ身に染みて知っているだろうに、鹿角の出したものがそれぐらいに情けない声だったのだ。
そして当の鹿角は、俺が通話を切らないことに安堵の溜息を吐くと、再びスマートフォンに対して喋り始めた。
「ハハハ、すまない。本当に。ああほんとうに。君の声が聞けて良かった。私を罵る元気や気力が君に戻っているようで良かった。」
彼の低くてかすれるような囁き声は、きっとどんなに彼に怒りを持っている女性でも一瞬で丸めこまれそうなほどにセクシーであったが、俺は藤に痛い中二病だと揶揄われる中学三年生の男子でしかない。
「謝罪は受け入れました。では。」
「いや、待って!今のはそういう謝罪じゃない。」
「あなたがすまない言うの聞きましたが?」
「ああ!」
鹿角を揶揄うのが楽しくなってきた俺は、そこで余計なことを考えた。
あの鹿角がどんな顔をして中学生な俺へこんな電話をしているのか、俺はとても知りたくなったのである。
「カメラを起動できますか?ムービーの方で。俺の姿はお見せできませんが、謝罪なら謝罪相手の姿ぐらい確認したいですからね。」
鹿角はスマートフォンのカメラを起動して、俺の言う通りに自分にカメラを向けたのであろう。
公園の地図が映っていただけのテレビモニターがぱっと切り替わり、ベンチに座る鹿角の映像が映し出された。
モニターに映し出された鹿角は俺の想像と違っていた。
上等なスーツを着たぱりっとした鹿角、あるいは雑誌か映画の世界から抜け出して来たような私服姿の鹿角、そのどちらでも無かったのだ。
ネクタイは緩めすぎ、シャツは皺が目立つという、安っぽいスーツ姿のよれよれのサラリーマン姿だった。
彫りの深い目の周りは黒ずみ、数日は寝ていない事が確実な様相だ。
そんな彼の横には、多分俺への謝罪の品なのだろう、俺の大事にしていた熊ゴロー一号の代わりになるだろうラッピングされた大きな袋が置いてある。
俺は大きく舌打ちをすると、鹿角にそこに行くと言ってしまっていた。
「え、私は君に居場所など。って、そうか見慣れた公園だものな。」
「そう言う事です。」
鹿角は画面の中で自分の後ろを振り返って笑い、しかし、俺には見慣れた彼のウィンクを寄越して来た。
薄汚れた浮浪者のようになってしまった鹿角のウィンクは、くそムカつくほどに様になるもので、この汚れ具合は俺への謝罪で悩んでいた姿では無くて、単に夜遊びをした残り香のような気がした。
それでも俺は支度をすると家を出て、それから数分後、鹿角の待つ公園に杖をつきながら辿り着いたのである。
「晴純君!」
「わあ!」
入り口で俺を抱き締めるとは何事だ!
かん。
俺は鹿角に抱きしめられながら、彼と一緒に公園の入り口の真ん前で地面に転がった。
今のは車止めの金属に小石が当たった音だよな。
押し倒される形で背中から硬いコンクリートの地面に倒れたと思ったが、俺の頭は俺を抱き締める鹿角の右手が守っていたし、俺の体に鹿角が自分の体を差し込むようにして抱きかかえてもいたので、俺には全くダメージが無い。
がつん。
「第二射!やっぱ銃撃か!さっきは車止めの金属をへこませたし、今度はコンクリの地面を抉りましたよ!一体何が!」
「いいから。とにかく身を伏せて!」
俺は鹿角に引き寄せられてさらに抱きしめられ、第三射が来るのだと身を固くして鹿角の腕の中に身を縮めた。
ダン。
「鹿角調整官。急いで車の方に逃げてください。」
地面に横になる俺と鹿角の前には、盾を構えた制服警官がずらっと並び、彼らが着用している防弾チョッキには、日本の特殊急襲部隊を示すアルファベット、SATが目に痛いくらいに眩しい。
「ああ~また騙された!このろくでなし!」
俺を抱き締める男は俺ににやって笑うと、白々しい清廉潔白な顔を作って俺を真っ直ぐに見つめるじゃないか。
「私は君を守りたい、それだけですよ?」
「嘘吐き!うそつき!この大嘘吐き!」
俺が騒いで暴れたところで後の祭り。
鹿角に抱えられた俺は、鹿角によって警察車両の、それも防弾仕様がある装甲車に乗せられてしまったのである。




