俺は君を伝説にしてみせる
「蒲生君!嬉しい事に君と僕は同じクラスだよ。さあ、僕に鞄を渡して。」
お車な俺が学校に到着するや、生徒会長の武雄悠が学校の門まで俺を迎えに来てくれて、物凄く嬉しそうにして俺に微笑んでくれた。
武雄は少々細身で小柄な体に童顔にも見える柔和な顔立ちをしており、そこに丸みのあるメガネをしているせいかレトロな雰囲気を醸し出している。
藤は彼を純文学少年と評す。
そして俺が痛い中二病の人だから二人はとってもお似合いだと、藤は笑ったと思い出す。
ひどくね?
俺はお車に振り返ると、運転手の藤が俺にウィンクをして、俺を乗せてきた大きな黒塗りのセダンは走り去っていった。
さて俺はと、学校の校舎を見上げた。
俺は春休み中にしでかした自分の馬鹿行為によって、当り前だが始業式は出席できず、数日遅れで杖をつきながらの久々の通学なのである。
まだ早いと脳外科医の拓海は心配していたが、整形外科の担当医が大丈夫と言っているのだから大丈夫であるはずだ。
今日は絶対に来なければいけない。
新一年生向けの部活説明会という、生徒会主導のイベントがあるのである。
「ほら、鞄を。」
「会長。これからお世話を掛けます。」
「やめてよ。蒲生君。」
「いえ、会長と呼ばせていただきますよ。何を勝手に俺を副会長なんて大層な役付きにしちゃってるかな、ですよ?さあ、鞄を預かって。」
武雄は俺の鞄を受け取りながら俺にしてやったという笑みを見せるどころか、申し訳なさそうな表情を作り、さらに、やっぱり嫌だよね、と言った。
俺は武雄の暗い表情に、俺の見舞いに来てくれた会計の諭吉夏南の言った通りのことが起きているのだと溜息を吐いた。
諭吉は真っ黒の長い髪をうなじの当たりで二つに縛り、校則通りのスカート丈の制服という、武雄の幼馴染という言葉がぴったりな、真面目そうな外見をした小柄な少女である。
彼女の顔形に俺が言及しないのは、彼女は拓海のマンションを訪れ、俺がドアを開けた途端に号泣し、顔が真っ赤どころか目元も腫れていたからである。
「副会長だった久本光城君が辞めちゃったの。もともと彼が悠君を生徒会長に推薦した癖に、次の人が見つかるわけ無い三年になったこの時期に辞めたのよ。酷いと思わない?」
祥鳳大学付属中学校の校風は、転校した当初の俺には、伸び伸びとしているものとしか思えなかった。
だからか、悪心などどこにもないと、俺は思いこんでいたのである。
思春期の発展途上の人と人が押し込められている空間で、そんなはずがあるわけ無いのにね。
俺が学校に馴染んで周囲を見回してみれば、揶揄いといういじめ途上の行為はそこらじゅうで目にする事が出来るというものだった。
俺の目の前の武雄は、そういった行為をされるためのデコイとして、生徒会長に持ち上げられて任命されたようなのである。
彼は誰よりも優しくて頭が良い。
優しい事が弱さだと思い込んだ人間による、喝入れという名のお遊びだ。
持ち上げて、落とす。
武雄が何もできなくなったその時、彼を貶めたその久本光城とやらが、一緒に生徒会を捨てた仲間と生徒会に戻り、武雄が駄目にした生徒会を立て直そうという計画なのだろう。
諭吉が言うには、久本は自分こそ選出されると思い込み、武雄はどうかと声を上げたらしい。
「性格は悠君の方がずっといいし、悠君は優しいから一年生にも先輩方にも人気があったのよ。本人は全く気が付いていないけど!あの性格の悪い俺様な久本の方がなんて!一体誰が言うと思うの!」
「そ、そうですね。」
俺は諭吉の剣幕に押され、彼女を宥めるべきかとココアでも作ろうかと声を上げようとしたのだが、俺の見舞いに拓海のマンションに来ていた少女はもう一人いたのである。
真っ黒の長い髪は結いもせずに適当に流し、適当の髪型のくせに美貌の顔を損なうことのないという、どうして人の輪に入れないのかわからない人が!
いや、三年になったからと従姉に勝手にスカート丈をかなり短くされたくせに、人ん家のソファに無造作に転がってポテチを喰っている人は、女子言わず男子からもごめんこうむりたい人かもしれない。
俺の熊ゴローを腹の下で潰していやがるし。
有咲はむくりと起き上がると、俺の熊ゴローを俺がするように抱きかかえた後に、真面目な顔を諭吉に向けた。
「そうだな!それは酷いと思う!でも、晴君がいるから大丈夫だ!晴君はね、あげまんなんだよ!きっと絶対悠君の良いようになるって!」
「そ、そうかな?」
「大丈夫だって!」
諭吉と有咲の二人は生涯の友を見つけたという風に意気投合し、とにかく俺を副会長にしてしまえと二人の間で勝手に話を決めたと思い出す。
全くあの人は!
「嫌だったら辞任して構わない。ごめんね。夏南は心配して君に無理なお願いみたいな事をしたのでしょう?」
「そこは、俺の言う事が聞けないのか、ですよ?」
「蒲生君?」
俺は顔を傾けて角が出ないようにして微笑んだ。
武雄が自分の笑顔で少しでも安心してくれるといいな、と思いながら。
「君は本当に優しいね。優しくて強い。」
「会長?俺はあなたを会長としか呼びません。あなたも俺を副会長にしたのならば、蒲生と俺を呼び捨ててくださいよ。」
「蒲生君?」
「いいですか?あなたが司令官。俺はあなたに従いあなたを守りますからね。ですから、あなたは会長として胸を張って偉そうにしてください。あなたに従う俺の為にね、いいですか?」
「蒲生君?」
俺は武雄を見返した。
アンリになった気持ちで、目の前の武雄を見つめて考えた。
知性も人柄も問題ない。
ただし、人を傷つけられない。
彼は拓海と同じで、人を憎んだり傷つけてやろうという考え方こそが出来ない人なのである、と。
そんな拓海が鹿角を憎み、鹿角なんて鋼鉄の体をした男に殴りかかったとは!
俺という子供を傷つけた、たったそれだけの理由で。
俺は諭吉に相談されたそこで、武雄をどうすれば伝説の生徒会長に仕立て上げられるかと考え、まずはドラマティックに進撃の一撃と狼煙を上げさせることだと判断した。
次に、最初の落とす砦を、新入生部活説明会に決めたのだ。
諭吉に事前に戦勝の為の戦術を伝えたが、彼女は本気で乗り気となり、武雄の為に残った役員と武雄に内緒で準備してくれているから頼もしい。
「蒲生君?」
「呼び捨てて。偉そうに。あなたが優しい人なのは俺こそ良く知っています。だから、俺には偉そうにして下さい。俺を副会長にしたんでしょう?」
「そ、そうだけど。僕は君と友人になりたいのもあって。」
本当に拓海に似た人だな。
俺は武雄に手を差し出していた。
武雄は目を丸くして、だがすぐに物凄く嬉しそうな顔をして、俺が差し出した手を握ってくれた。
「ありがとう。蒲生くん。」
「しょうがないな。では、俺を晴純と呼び捨てで。友人が名前を呼び捨てはよくあるでしょう?」
「では、僕の名前も、あの。」
「人前で、俺が望んだ時に、傲慢な演技を絶対にしてくれると約束してくれるなら!ええ、俺は会長の名前を呼び捨てにしますよ。」
「傲慢?君は僕をどんな会長にしようとしているの?」
「言ったでしょう。伝説になるような、です。今日だけは俺の言う事を聞いてくださいよ。そして、今日という日を楽しんでください。」
「いったい何を企んでいるのかな?夏南は夏南で自腹で今日の準備をしようとしているし。予算はあるんだからって使わせたけれどね。」
「さすがだ!でも、今日は新入生と悠へのサプライズを考えていますので、悠には何も知らない王様の気分で頼みますよ?」
「王様?」
「そう。軍師の俺があなたを担がせて頂きます。疲れたら適当な所であなたにおんぶして頂きますけどね。」
「君は!」
武雄は初めてぐらいに楽しそうに笑った。
俺も一緒に彼と笑い声をあげた。
さあ、進撃するぞ。




