人を操る力を持つ児童
問題の小学校から一番離れている第三番目の事件現場。
そこから通学路として使われそうな道をさらに進んだ道に他府県ナンバー車が停まっている。その車内にいるのは高橋である。
そして、いつも行動を共にしている加納はと言うと、その車から離れた小学校寄りの場所で通りを行く児童たちの様子をうかがっていて、荒木は高橋が乗る車の近くをうろついている。
「児童が来ました」
加納が手に隠したマイクで、車の方向に近づく児童の姿を見ると高橋や荒木に報告する。
荒木は加納から報告のあった近づいてくる児童たちに視線を向け、不審な行動をとらないか監視する。
「で、今日はどうする?
お前んち行っていい?」
「ああ、いいけど。
お兄ちゃんいるよ?」
他愛もない会話をしながら、荒木の横を通りすぎていく。
何組かのそんな児童たちを見送った後だった。
高学年と見られる一人の男子児童がやって来た。
高橋が乗る車のナンバーに目を向けた後、何かを探すように辺りを見渡した。
そして、その児童の視線はその車から少し離れた場所をふらふらと歩いていた荒木にロックオンした。
児童がそのまま道の端に寄って立ち止まった瞬間、荒木が駆け足で高橋が乗る車に近づいたかと思うと、運転席側のドアの窓ガラスをその拳で叩いた。
「なんで、こんなところにいる!
よその県からやって来るなよ!」
完全に加納の読み通りの展開に、高橋が顔をしかめながら、頭の髪をぼりぼりとかいた。
「えーっと、荒木君。
今、君はどんな状態?」
高橋がマイクで荒木呼びかけてみるが、全く反応なく、車のドアの窓を叩き続けている。
荒木の異変に気付き駆けつけて来ていた加納が、立ち止まったままの児童の所までやって来た。
「警察だけど、君、何やっているの?」
警察手帳を見せながら、加納が児童に話しかけた。
「えっ?
警察?
だったら、あの停まっている車、取り締まってよ!」
真顔で、加納にそう話した。
そして、この児童の力は集中していないと人を操れないらしく、その時、荒木も正気に戻った。
「あれ?
俺、何やってたの?」
「おい。
加納の所に行くぞ!」
車のドアの前に立つ荒木を押しのけながら、ドアを開いて高橋が言った。
「あ、はい」
加納が児童と話している姿に、荒木も状況を悟った。
「君さあ。
まず二つ。
他府県ナンバーの車が来ていても、取り締まる法律は無いし、そんな必要もない」
加納は腰を落とし、児童に目線の位置をあわせて、そう言った。
「じゃあ。病気が拡がったらどうするんだよ」
「ちゃんと気を付けていたら、それほど恐れるものじゃない。
そして、あの車も刑事さんが乗ってたの。
君を探し出すためにね」
「僕を」
「そう。
君は人を操る力を持っているんだよね」
加納の言葉にその児童は頷いて見せた。
「停まっている車ではなく、逆にその車や運転手に暴行をしたあなたの方を本当は罰さないといけないんだよ」
「なんで?
僕は悪い事をしてなんかいない。
悪い事をしている人を警察が罰しないから、僕が代わって懲らしめただけじゃないか」
「だから、停まっている車の中の人は悪いとは言えないの。
それに、もし悪かったとしたら、それを罰するのは君じゃなくて、法律なんだよ。
逆に、君は人を傷つけた。傷つける方が悪くない?」
自分は正しい事をしただけのつもりだったのに、目の前の女刑事にそう問われ、その児童は泣き出し始めた。
「でもね。今日、私達がここに来たのは、君を叱るとか、捕まえるとかもそう言う理由じゃないんだよ」
「えっ?」
そんな声を上げたのはその児童だけではなかった。
児童のそれは少し安堵の混じった声だったが、高橋と荒木が同時に上げたそれは完全に不意を食らった驚きのそれだ。
「加納。どう言う事だ?」
「先輩、それはまたあとで」
加納は高橋にそう言うと再び目線を児童に合わせて、話を続けた。
「こんな力を使っていると、悪い人たちに目を付けられたりするから、私と約束してくれないかな。
二度とこの力使わないと」
児童はこくりと頷いた。
そして、加納は児童の氏名と住所を確かめただけで、児童をその場から解放した。
納得いかないのは高橋と荒木である。
時々振り返っては手を振り振り去って行く児童の姿が通りの辻に消えると、二人は加納を激しく責め立て始めた。
「あの子をこのまま返したら、この事件はどうするんだ!」
「そうですよ。
少なくとも、あの子は連れて帰らないとまずいでしょ!」
「先輩、ばかなんですか?
ここではなんですから、車の中で話しましょう」
そう言って、加納はさっきまで高橋が乗っていた車の後部座席に乗り込んだ。