泥棒と恐喝
「そう言えば、加納。
矢代の件はどうなっているのか知っているか?」
パソコンを前にしている加納に高橋が不機嫌そうにたずねた。
矢代の部屋に盗聴器を加納が取りつけていた頃、矢代は新たな銀行強盗事件を起こしていた。
全銀協からの指示が徹底されていたため、銀行は素直にお金を矢代に渡したが、銀行から通報を受けた警官たちが矢代の力を知らぬまま矢代を取り囲み、矢代の力の前に屍を晒してしまっていた。
あの時、そうなる事を分かっていて自分たちは安全な矢代の部屋に向かい、仲間に犠牲者を出してしまった事に高橋は納得していなかった。
しかも、そんな犠牲を払いながら、自分たちは矢代の部屋に意味不明な盗聴器を取り付けただけで、成果はおろか活用している風でもない。その事に余計に苛立っていた。
「先輩。て言うか、矢代に関する指示ってもう無いんでしょ?」
「ああ。そうだ。
全員を狩りだしたかと思うと、今では仲間を殺されたと言うのに一課だけで対応している」
「先輩、見たいですか?」
「何をだ?」
「今の矢代ですよ」
「防犯カメラに映っているのか?」
「違いますよ。ほら!」
加納がそう言った時、白いベッドの上に寝かされている矢代の姿がパソコンの画面に映し出された。
「これは、どこだ?
寝ているのなら、捕まえられるんじゃないのか?」
「そこですよ、先輩!」
「どこだよ?」
「私たちがどうして盗聴器を付けたと思います?
部屋の中の音を拾うためですよ。
矢代が部屋に戻って来たこと。
矢代が寝付いたこと。
これが分かれば、襲って麻酔をかける事ができるんですよ」
「いや、て言うか。
麻酔はいろんな面で、だめだろ!」
「何をいまさら言ってるんですか。
もうなんでもありですよ」
「それよりも加納さん」
そう言って来たのは荒木だ。
「つまり、もう矢代は捕まえられていて、どこかで密かに眠らされていると言うことですか?」
「正解!
先輩よりも荒木くんの方が理解早くないですか?」
「これはどこなんだ。
加納。お前なら知っているんじゃないのか?
こんな違法な事許される訳ないだろ!」
「それより、何か分かったんですか?
私たちが追っているあの高校生殺人事件との関係性とか?」
高橋の言葉を無視して、荒木が加納にたずねた。
「うーん。確かにガイシャの状況は同じっぽいんだけど、矢代は目の前の人にしか力を使っていないんだよね。
あの事件はほぼ同時にやられているから、単独犯だとしたら、見えない所にいる離れた人を殺せないと。
それか、複数犯だとしたら、矢代以外にもいるってところかな」
「矢代本人はなんて言っているんです?」
「矢代は眠らせたままなのよ。
だから、矢代の能力の解析も困ってるらしいのよね。
MRIでも特に変わったところは見つかっていないらしいし、脳波は当たり前なんだけど、眠らせているから全然っ分からない」
「起こしたらいいじゃないですか」
「あ、荒木くん、知らなかったよね。
こいつ、人だけでなく、金属も斬っちゃうらしい。
この前、こいつを捕まえに行った警官の拳銃の銃身もスパッと切られていたらしい」
「どう言うことですか?」
「うーん。よく分かんないけど、空間を一瞬次元的に切断するんじゃないかな?
だから、そこに何があろうと、空間と一緒に分離してしまう?
矢代が目を覚ましたら、最後。どんなに拘束していても破られる可能性が大なのよね」
「加納!
そんな話はいいから、お前ならこんな不法な事を止めるよう、上に言う伝手があるんじゃないのか?
今すぐ、止めるよう言え!」
「だから、先輩。
理想はひとまず置いておきましょうよ。
それより、ほらこれ。
すでに遺伝子とかも富岳を使って解析が終わっていて、全てのレポートはこの国の中央に集められているの。
そうは言っても、今のところ特徴的なものは見つかっていないんだけどね。
て言うか、こんな一人だけでは分からないよね。
もっと捕まえて、特徴を抽出しないと」
そう言いながら、加納がパソコンのアプリを切り替えた。
そこに映し出された東アジアの地図。
何やら、アジアの超大国から無数の線が表示され、動いている。
「加納さん、これは?」
「これはサイバー攻撃をリアルタイムで表示しているの。
で、この線が向かっている先はと」
そう言いながら、加納がパソコンを操作して線が向かう先を拡大表示すると、そこに映し出されたのは東京 霞が関。
「なんだ?」
「高橋さん。ですから、すでに矢代の情報は海外に漏れていて、遺伝子情報とか、我々が解析した結果を盗もうとしているって事ですよ」
「何!
そんな大ごとになっているのか?」
「だって、こんな異能があれば人間が兵器になっちゃうんですよ。
でも、加納さん。あれですね。
もう一つの超大国はそんな事はしないんですね」
「荒木くん。そりゃあそうでしょう。
片やパクリと技術供与で技術力を発展させた国。
もう一つは力でわがままを通す国だからね」
「はい?
加納さん、イミフなんですが」
「片や泥棒なら、片や恐喝って事ですよ。
言うこと聞かないなら、駐留させている軍隊全部引き揚げるぞってね。
最終的には自分も困る事だって分かってるんだか、分かってないんだか」
「加納!
これから、どうなるんだ?」
単なる強盗や傷害事件の範疇ではなく、国家が絡む大ごとだと気づいた高橋は焦り気味で、なぜだか部下の加納にたずねていた。
「まあ、しばらくは推移を見守るしかないんじゃないですか」
そんな高橋に加納はちょっと冷たくそう言った。