モルモット
「どうしたの?」
防犯カメラの映像を食い入るように見ている荒木に加納がたずねた。
「顔を隠していませんね」
「そんな事?
隠す必要無いと思ってるんじゃないかな」
「どうしてだ」
食いついたのは高橋だ。
「先輩。なんで犯人は顔を隠すんだと思います?」
「それは素性がばれたくないからだろ?」
「どうしてばれたくないんですか?」
「そんなの捕まりたくないからに決まってるじゃないか!」
「だったら、先輩はこの矢代って男を捕まえられますか?」
「ちょっと待て。加納。
こいつの名前、なんで知っているんだ?」
「そんなの簡単じゃないですか。
これだけ防犯カメラの映像があるんですよ。それも素顔をさらけ出した。
このデータを基に男の正面画像を生成して、免許証のデータと照合させれば」
そう言いながら加納が再生していた動画を閉じてパソコンを叩き始めた。
「ほら!」
そう加納が言った時、加納のパソコンのアプリ画面の左上には、防犯カメラの映像から切り出した男の様々な角度の顔の画像が並び、その下に生成したと思われる男の顔の正面画像が、そして右側には照合結果と思われる矢代京太と言う男の免許証の画像データが表示された。
「これはなんだ?」
「試験運用中のシステムです」
「これなら、すぐに住所も分かるじゃないか。
なんで上層部はこの情報を俺たちに渡さないんだ?
知らないのか?」
「そんな訳ないでしょ。
その答えは、さっきの質問に戻るんですよ。
先輩はこの男を捕まえれるんですか?」
「当たり前だろ」
「先輩。頭を使って考えました?
ただの勢い、精神論ですか?
この男、手を振っただけで、相手を斬り刻めるんですよ」
「おっ!」
「今、思い出しました?」
「それは分かった。
だとして、どうしてこの男の情報を流さないんだ?」
「この情報を全員に渡したとしたらですよ。
大挙して捕まえに行きますよね。
そこで、この男が抵抗したとしたら、どれだけの犠牲者が出ると思います?」
「いや、そうじゃないだろ。地道に捜査して、この男の素性を掴んだ班の者はそのまま捕まえに向かうだろ。
何しろ、こんな危ない奴だなんて、俺達は知らされていないんだから」
「でしょ。その時の犠牲者は数人で済むんですよ。
上はこの矢代が本当にそう言う力を使えて、我々にも使うのかを試しているんですよ。
我々の仲間を使って」
「じゃあ。最初にこの男の素性を掴んだ者はババを引いた事になるって事か?」
「そう言う事です」
「俺たちをモルモットにする気かよ!」
「ですから、しばらくは様子を見てみましょう」
「ばかやろう。
仲間が死ぬかも知れないのに、見てられるかよ!」
「でも、行っても殺されるだけですよ。
しかも、そんな事になると分かっていて試させているのは、この国や警察の上層部ですよ」
「俺はお前が殺されそうになったら、俺があいつを撃つ!
それでいいだろ?」
「だめですよ。
矢代は武器を持っていないんですよ。
そんな奴を相手に銃を向ける事は法的に許されていません」
「何を言っているんだ。
現にあいつは超能力で人を殺せるんだろ」
「それ、証明できませんよね」
「かまわん。俺が撃つ」
「どこを撃つんですか?」
「腕。腕だ」
「そんなところを撃っても、殺されちゃいますよ。
一発で仕留めないと。
ところがですよ」
加納が再びパソコンを操作し始めた。
「これ、見てください。
驚きですよ。ちゃんとした結論も出せない会議を延々やるだけしか能がない国や組織だと思っていたのに、もう会議で方針が決まっちゃったみたいですよ」
「なに?」
「最初に狙撃による射殺が提案されたようですけど、脳が破壊されるのは困ると言うことらしいです。だから、頭部の狙撃はできない。心臓を狙っても、脳はすぐに傷んじゃいますから、これも禁止。
遺伝子だけでなく、脳の活動も調べるため、生け捕りが絶対方針らしいです」
「加納。お前、こんな資料、どこから?」
「だから、それは今は置いておいてくださいよ」
「分かった。
だが、仲間が黙ってやられるのを見てられるかよ!
この情報を上に提出する。
加納、免許証の画像プリントアウトしてくれ」
高橋は加納がプリントした矢代の免許証の画像を持って飛び出して行った。