最初の事件
神谷市のその日は、緊急車両のサイレンが鳴り響く騒がしい朝で始まった。
そんなサイレン発生源の一つであるパトカーに乗って、高橋と加納のコンビはあるマンションの一室に来ていた。
「これは」
そう呻くように言ったのは高橋だった。
「今朝入って来ている他の事件もこんな感じなんでしょうかね」
加納がそう言いながら、現場の隅々に目を向けている。
その部屋で起きた事件の被害者は男子高校生で、部屋の真ん中で首を失った状態で死んでいた。
高橋と加納が三年前に経験した中学生惨殺事件と違うのは、その被害者の頭部は損壊しておらず、部屋の床に転がっている事と、その首の切り口が以前の事件のような破断ではなく、鋭利な刃物で斬り落とされたかのようであることであった。
この被害者は立ったまま首を斬りおとされたのか、噴きだした真っ赤な血が天井にこびりつている。
そして、遺体の周囲にも血が噴き出した跡が広がっている。
「立った状態で首を斬られたって感じですね」
「ああ。だか、凶器はなんだ?
日本刀か?」
「でも、不思議ですよね?」
「なにが?」
「だって、ほら」
加納はカーペットを指さした。
死体を中心に広がる血痕。
「うん?」
首を傾げる仕草をした高橋に加納が説明を始めた。
「日本刀だとしても、それなりに接近しているはずです。
するとですよ、犯人は返り血を激しく浴びるはずなんです。
ところが、あの死体の周りを見てください。
360°全周にわたって飛び散った血痕があるじゃないですか。
何か障害物、つまり犯人が近くで立っていたなら、あんな風にならないんじゃないですか?」
「なるほど。
それはそうかも知れないが、じゃあ、犯人はどうやって首を斬ったんだ?」
「それが分かれば苦労しませんよ。
でもですよ、先輩。
何か、嫌な気がしませんか?」
「三年前の事件か?」
「ええ」
「だが、あれは同じ場所で殺されていたし、殺され方も違う」
「でも、四人の高校生の死が今朝発見されたんですよね?
どれも首を斬れ落とされているらしいじゃないですか」
「もし、これが同一犯だとしたら、俺たちにとってはリベンジだ。
このホシは必ず上げるぞ」
「はい、先輩」
加納が微笑んだ。
結局、その日発見された四人の高校生の遺体は全て首が鋭利な刃物か何かで斬られていた。そして、死亡推定時刻は深夜の2時頃と四人ともが同じだった。
「つまりだ。この4件の犯行時刻がほぼ同じ時刻であり、現場が離れている事から言って、複数犯の可能性が高いと言う事だ」
「では、先輩」
そう高橋に言ったのは新米刑事の荒木だ。
「先輩! は私の専売特許だからね。
荒木君はそうねぇ。高橋さん! でどうかな?」
荒木が先輩と言うのを止めさせようとしているのは、ずっと高橋とコンビを組んできている加納だ。
「そんな事はどうでもいいから、荒木、なんだ?」
「はい、先輩。じゃなくて、高橋さん」
荒木はこれでいいのかと言う意味で、ちらりと加納に視線を向けた。加納は満足げに頷いている。
「その現場に犯人の侵入の痕跡はあったのでしょうか?」
「現場となった部屋の窓の鍵が開いていたのもあったが、どこから侵入し、どこから外に出たのか分からないのもあった」
「って言うか、そもそも部屋の中に犯人がいた痕跡は見つけられていないのよ」
加納が付け加えた。
「不思議な事件ですね。
で、我々は何をすればいいのですか?」
「俺たちはガイシャたちが通っていた高校に行って、ガイシャたちの交友関係や素行の調査だ」
「分かりました!」
荒木が元気よく答えた。
被害者たちが通っていた県立浜代高校の応接室で、三人の刑事たちは学校の先生たちと向かい合っていた。
「つまり、あの四人は素行不良だったと言う事ですか?」
「ええ。
暴力事件も起こしていて、手を焼いていたんです」
「とすると、恨みを抱いていた生徒も多かった?」
「そりゃあ、何人もいたでしょうね」
「具体的な名前を教えていただけますか?」
「近藤先生。うかつな発言は控えてください」
校長が割って入って来た。そして、高橋に目を向けた。
「ですが、刑事さん。
彼らの素行に問題があったとしても、わが校の生徒を疑うのはどうかと。
四人も人を殺すような事をする者はおりませんよ」
「まあ、ご容赦ください。
全ての関係者を疑うのが、私達の仕事のスタートですから。
では、別の事をお聞きしたいのですが、事件当日、学校を休んだ生徒はいますか?」
「ちょっと、調べてきます」
近藤と言う先生がそう言って、当日の生徒たちの出欠を調べに立ち、数分して近藤先生は戻って来た。
「あの日、休んでいたのは山口茉奈と言う女生徒だけですね」
「その生徒が休んだ理由は?」
「と言いますか、怪我で入院していて、今も休んでいます」
「怪我?
どんな?」
「そこまでは分かりませんが、事件の前日に怪我をしたようで、前日から県立神谷病院に入院しているようですが」
「そうですか。
ありがとうございます」
「残念でしたですね。刑事さん。
犯人だったら、当日は学校を休んでいる可能性が高いと思われたのでしょうが、前日から入院しているんじゃあ、関係ないですね」
ちょっと嫌味っぽく、校長が言った。
「そうですね。前日から入院されている生徒さんは関係ないでしょうね。
あまりお邪魔してもなんですので、今日はこの辺で」
素行不良の生徒が奇怪な殺され方。
三年前の事件と重なる気がする。そう思いながら高橋は応接室の椅子から立ち上がった。