プロローグ: 僕なんか死んでしまえばいいんだ
更新間隔空きますが、完結目指しますので、よろしくお願いいたします。
そこは神谷市のある会社の社宅だった家屋が並び建つ場所の一角だった。社宅を保有していた会社が潰れ、社宅に住んでいた人々がいなくなってから数年が経ってもまだその家屋は放置され、廃れていくに任せたままで、普段からこの辺りに人通りはなく、野良猫とワルたちがたむろする場所になっていた。
「加納、入って来るな」
事件現場となった家屋一室に入ってこようとした新米刑事の加納に先輩刑事の高橋が言った。
「どうしてですか?
現場見ないと捜査もできないじゃないですか」
「とてもじゃないが、見せられない。
刑事生活10年の俺も見たことが無い凄惨な現場だ」
「どれどれ。
私、大丈夫ですよ」
制止する高橋の腕をすり抜けて、加納は事件が起きた部屋を覗いた。
凄惨。家屋に立ち込める血の臭いは異常なほどきつく、普通の殺人レベルで無い事はこの家屋に足を踏み入れた時から想像はしていた。が、その現場はその想像以上だった。
辺りは一面溢れんばかりの血の海で、横たわる五人の中学生らしき制服姿の遺体。
その内の四体は首から上が無い状態だ。この部屋一面に溢れる血は、この四体の遺体の首から噴き出したものだろう。
そして、その四体の首だが、刃物で斬り落とされたと言うより、頭部が吹き飛んだと表現した方が似合うような断面をしていて、その証拠に辺りにはかつて頭部だったと思われる断片、毛の付いた頭皮、眼球、歯、脳がばらばらになって散らばっているのだ。
「これって、あれですか?
ヒデブッ!
って、やつですか?」
「こら、加納。不謹慎な発言はするな」
高橋はそうは言ったが、正しくそう表現するのが近い殺され方だ。
「一人だけ女の子ですね。
身元はまだですか?」
「ああ。
ただ、女の子はもう一人いたんだ。
その子も脳に損傷を受けているらしいが、まだ生きていて、今は病院に向かっている」
「なるほど。
生存者がいたんですね。
すると、あの子も少し早ければ、まだ息があったんでしょうか?」
加納が視線を向けた先には、顔面に殴打されたような痕があるものの頭部がそのままの男子の遺体が横たわっていた。
「可能性はあるが、今となってはなんとも」
「少なくとも、生存者の話が聞ければ、ここで何が起きたのか分かりますね」
「ああ。
だが、これは本当に人のなせる業なのか?」
「それは人がこんな酷い事をできるのかと言う意味ですか?
それとも、こんな頭部を破裂させたかのような殺し方ができるのかって事ですか?」
「両方だよ」
「でも、実際に起きているんだから、できるんじゃないですか」
加納は何か思うものがあるのか、何も考えていないのかは分からないが、あっさりとそう言ってのけた。
その事件は複数の中学生たちが一度に殺された事と、その殺害方法の残忍さと不可解さゆえ、多くの捜査員が投入された。その捜査員たちの一人が状況を報告している。
「まず、被害者たちの関係ですが、同じ中学の生徒です。
特に頭部を破裂させて亡くなった男子生徒三名は日頃から素行に問題のある生徒だったようで、同じく頭部を破裂させて亡くなっていた女生徒はこの三名とどちらかと言うと仲がよかったようです。一方、無傷で亡くなっていた男子生徒はごく普通の生徒で、彼らとの接点は見つかっていません。また、唯一の生き残りの女生徒は成績優秀でまじめな生徒だったようです。
それから……」
男は少し間をあけた。
「発見当時、その女生徒の着衣には乱れがあり未遂ではありましたが、暴行されようとしていた可能性があります」
「女子生徒に着衣の乱れあり。
三人の男子生徒は素行不良と言うのまでが事実です。
暴行されようとしていたと言うのはあくまでも推測に過ぎません」
報告していた男の横に座る別の男が補足した。
「分かった。
次、検死報告」
この場を仕切っている男が命じた。
「では、頭部を破壊して死んでいた四名に関してですが、頭部損傷による外傷。
ただ、どうやってあれほどの損傷を与えたのかは全く分かっていません。
頭部の骨に陥没痕はなく、外部より殴打されたと言う痕跡も全く無く、内部から膨張して破裂したと言うのが適切な表現のようです」
「全く。この事件の鍵はそこだな。
次」
別の男が立ち上がった。
「えー、頭部が残ったまま死亡していた池田雅也君の死因ですが」
そこで、その捜査員は一呼吸、間を置いた。
「心不全」
その言葉に会議室はどよめいた。
「あの場でただの心不全で死んだと言うのか?」
「あの光景を見たショックで心臓が止まったのか?」
「えーっと、顔面、腹部背中に多くの打撲の跡がありましたが、どれも致命傷ではなく、また脳にも損傷はなく」
捜査員が検死の報告を続けた。
「つまり、原因不明。そう言う事だな?」
「はい。血液から、特に薬物も検出されず、致命傷となる外傷も内部の損傷もなく」
「謎を解く鍵を握っているのは唯一の生き残りで病院に運ばれた森山さとみと言う事になるか。
聞き取りの状況を報告しろ」
この場を仕切っている男が命じた。
「はい。
森山さとみさんですが、発見当時、耳や鼻から出血が見られ、頭部の損傷が確認されたものの一命は取り止めましたが、当時の記憶は完全になくしているようで、自分があの場にいた事すら覚えていないようです。
ただ、持っていたスマホから、あの場で死体で見つかりましたもう一人の少女 武村里奈さんに呼び出されていたようです」
「記憶が戻る可能性は?」
「命に別状なく、意識もあり、会話も可能ですが、脳に損傷が見受けられるとの事で、その影響だとしたら、記憶は戻らない可能性が高いと医者は申しております」
「次、防犯カメラの状況は?」
「はい。
周辺は廃屋の状況で、現場を直接映した映像はありませんでした。
あの社宅跡周辺の防犯カメラを調べた結果、ガイシャたちの姿が映っている映像をいくつか確認できました。
時系列的に行きますと、男子生徒三名と女生徒一名の四名が連れ立って社宅跡に向かう姿が最初に映っています。
そして、次が池田雅也君で、下校中と思われる姿が映っていますが、社宅跡を抜ける姿が映っていないところや、彼の鞄が現場で発見されているところから言って、そのまま現場に向かったと思われます」
「向かったのかね?
それともただの通り道なのかね?」
一人の男が質問した。
「通り道になりますので、現場には意図して立ち寄ったのか、たまたまなのかは分かりません。
そして、最後に社宅跡に向かったのが森山さとみさんで、私服姿である事、先の報告にもあったようにスマホの内容から武村里奈さんに会うために向かったようです。
そのほか、防犯カメラに映る者たちの中に、不審な者の姿はありませんでした」
「手詰まりか」
森山さとみの記憶も戻らず、その言葉通りこの事件は犯人、殺害方法はもちろん、そこで何が起きたのかすら分からなかった。
"僕なんか死んでしまえばいいんだ"の意味は最終話近くまでお待ちください。
よろしくお願いいたします。