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シスターウォーズ

作者: ふなびと

 〜ぷろろーぐ〜



「あーっ!その唐揚げ私が取ろうとしたのにーっ!」


「双姉早い者勝ち。……!?」


「フッ、箸で持った唐揚げを奪わないとでも思ったか?ではいただきま」


「んっおいしっ」


「あああ!!こら陽子!!口で奪うなど卑怯だぞ!!」


「あんたも似たようなもんでしょ一姉っ!」


「同レベル」


「私をこんな幼き子供と一緒にするな魅夜!」


「むっ!わたしおさなくないもん!もーすぐきゅうさいだもん!」



ぎゃーぎゃーがちゃがちゃぱりーん



ーーああもう!!!!いいかげんにしろ!!!朝食ぐらい仲良く食え!!!!!


と心の中で叫ぶ俺。割れた皿をサッサと掃除し空になった皿を次々と片付けていく。


今日もまたいつも通りの朝の風景。台所から覗く窓の外の風景を眺めながら感慨深くこう思った。あれから1年か。


ここは都会とはかけ離れたど田舎で現在妹4人に俺1人の5人暮らし。


両親が、いずれ自立してみんな都会に出て行くだろうからそのための養成訓練よ。あなた達5人だけで生活してみなさい、とわけのわからない事を言いだし大きな二階建ての一軒家、草木に囲まれただだっぴろい庭付きを建てた。周りの民家からはかなり離れた所に建てられている。


だんだんと暑くなり蝉の声が鳴り響く夏真っ盛りの今日この頃。カレンダーを見ると住み始めて今日で丁度1年らしい。


妹達が食べ終えた食器も全て洗い終わり俺はようやく学校へ行く支度をする。


今は夏休みの最中で本来ならば1日中家でだらだらと過ごしたりどこかへ出かけたりするのだろうが、今日は午前中に委員会の仕事があるので妹達を家に残してでも行かなければならない。とてつもなく心配ではあるのだが。


「じゃあ行ってくるな。昼頃には帰ってくるから」


「「「「はーい」」」」


居間でテレビを見ていたりゴロゴロしていたりしている妹達が揃って答える。どうせ大した効力は無いだろうが一応言ってみた。


「あんまり喧嘩とかしないようにな」


「「「「……」」」」


「「「「はーい」」」」


今の間は何だ?と気になったものの喧嘩はいつものことかと諦めて家を出る。だが俺はこの時甘く見ていた。


学校から帰宅すると今までに無いとんでもないスケールで姉妹喧嘩が行われているとは思わなかったんだ。そう。言うなればこれは戦争。



シスターウォーズの開幕であった。




滞りなく学校での委員会の仕事も終わり閑静な田舎道をただ1人歩きながら帰宅途中。遠くの山で蝉の鳴き荒れる声が聞こえる。


ある意味この時間が1番心が休まる。


今は夏だから勿論強い日差しと暑さで苦しんだりもするが家での精神的、肉体的苦痛に比べれば何ということはない。


おそらく8割型、いや確実に姉妹喧嘩は起きていることだろう。思わず溜め息をついてしまう。


姉妹喧嘩が頻繁に起こるようになったのはいつの日からだっただろうか。そんなのはわかりきっている。あの家で5人で住み始めてからだ。


また、俺は溜め息をつく。本来ならば周りは羨ましいとかそんな事を言うのだろうがとんでもない。


妹4人の誰1人家事や掃除を手伝いもせず趣味や騒ぎに突っ走っている。だから今日の朝の騒ぎももはや恒例みたいなものである。全く朝食のおかずごときで何を揉めているのか。


そんなこんなでもう1年になるのだが一向に姉妹喧嘩が収まる様子は見えない。むしろ悪化している。


あれか。両親はこのことを見越して俺と妹達を一緒に住ませた、もとい追いやったのか。このやろう。


まぁ、今頃こんなこと考えても仕方がないのだが。どうせ住むのはそう長くはない。俺はもう高3。大学受験にいそしみ都会の大学に合格すれば寮か小さなアパートに1人暮らしをするだろう。


そうすれば否応なく姉妹達とはおさらばしてしまうわけで。それはそれでちょっと寂しく思ったりもする。


いくらうるさくても手間がかかっても俺の可愛い妹達だ。逆に妹達だけで暮らしていけるのか心配だ。


いや、そしたら流石に両親も一緒に住むのか?養成訓練終了とか言って。そしたら結局それ俺だけ養成されてんじゃねえか。いやまさかな。自分で言うのもなんだが優秀な妹達のことだ。むしろ俺がいなくなった方が自主性と協調性に目覚めていい方向に向かうかもしれない。


と、珍しくいろいろと考え込んでいるうちに家が見えてきた。青い屋根に白い壁、草木に囲まれた大きな一軒家。さっきまで不安の塊となっていた心が一気にほわほわと安らいでいく。


うん、やっぱり家が1番落ち着くな。良いことだ。


家を囲む灰色のレンガの塀の門をくぐりその塀の裏に連なる草木を眺めつつ門から20メートルは離れた玄関へと辿りつく。


よく考えれば離れすぎだろと今頃思った。まあいいか。庭は広いにこしたことはない。未だ役にたった所はないが。ドアノブを握る。回す。体に何かが駆け巡った。



初めは、何が何だかわからなかった。


次に、あ、これは電流だなと過去の経験から察した。


最後に、とっさの反射神経が働き手を引っ込めようとするも、離れないことがわかった。つまり。


『うぎゃあぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁあああああぁあぁあああぁぁぁあぁ!!!!!!!!!!!!!!!』


手から。指先から。体中至る所に電流が駆け巡る。声にならない叫び。あ、ヤバい、そろそろ真っ白な景色がーー。


「あっ!兄っ」


視界が真っ白になりつつも声のした方向を振り向きおそらく張本人だろう人物を確認する。


青のジーンズに黒のタンクトップ。黄色のポシェットを腰に下げて長い黒髪をたなびかせながら駆け寄ってくる。


その人物がポシェットから取り出した小さなスイッチを押すとドアノブからの電流が止まる。


体の糸が切れたように俺はその場で力尽き目の前が真っ白になって倒れ込んだ。


ドアノブを握る右手は貼りついたままという情けない格好で。



蝉の鳴き荒れる声が聞こえる。真夏の暑さに体が火照りつつも何故かやけに頭がひんやりするなぁと呑気な考えをしつつ瞼を開く。


木々の葉と枝の合間から日の光が差し込むのが見える。微かな風が吹くのを肌で感じていると視界に長い黒髪がゆらゆらと写りこんだ。ようやく自分の状況を確認し飛び起きようとする。


「おい、お前ーー」


「しっ!静かに!」



むにっ。口を抑えられ再び頭の両側がひんやりと柔らかい感触に包まれる。要するに膝枕。


「……」


冷静さを取り戻したので自分の口をふさいでいる手を叩く。


「む。さすが兄。もう冷静さを取り戻したか」


つまらん、と小さくつぶやく人物。


「……何をしている一姫よ」


当たり前の質問に何故か驚き目を丸くしながら長女、一姫いつきが答える。


「膝枕だ」


「それはわかる」


「では何が」


「なぜ膝枕をしている」


「怪我人の頭を冷やすためだ」


「俺を怪我人にした奴は誰だ」


「私だ」


「偉そうだな」


「性格だ」


頭がくらくらとしつつも自力で起き上がる。一姫の方を振り返ると何故か下半身が下着だけなのに気がついた。理由は効率を重視したとか言いそうだからあえて聞かない。


「あ、立ち上がったり大きな声をあげないでくれ。スナイパーに見つかったら狙撃されてしまう」


「わかった。とりあえずそこら辺に脱ぎ捨ててあるジーンズを履きながら今の状況を説明してくれ」


「むぅ。欲張りだな順番に1つずつにしてくれないか」


「ジーンズを履け」



ミーンミンミンミーン。


じりじりと辺り一帯を焼きあげる日差しも木陰から覗くと何だか涼しいものに感じる。後ろからはカチャカチャとベルトの金具が合わさる音が聞こえた。5分程かかった後に。


「ふむ、終わったぞ。では今から説明をしようか」


「ちょっと待て。ジーンズを履くだけなのに何故そんなにも時間がかかった」


「一旦全裸になっていたからな」


「……何故?」


「フフ、残念だろう。どこぞの健全な主人公のように『あれ?こんなに時間がかかるなんて何かあったのかな?』と後ろをチラリと見さえすれば嬉しいハプニングも起こったものを」


「健全じゃなくて悪かったな。だから何故だと聞いている」


「開放的な気分になりたかったからかな」


「わかった。もういい。さっさとこのよくわからない状況を説明してくれ」


「よかろう」


「偉そうだな」


「性格だ」


「ああそうかい」


こいつ妹だよな?身長が俺と同じぐらい高いから姉に思えてきて困る……。



「このゲームはいたってシンプルだ。プレイヤーは私達4姉妹。範囲はこの家と庭の敷地内。姉妹間で争い合い最後の1人になったものがパ……勝利者だ」


「待て。物騒なことをするなら俺も流石に全力で止めるぞ」


「安心したまえ。最後の1人といったが相手を敗者にするのには複数の方法がある。まず1つ目はこの敷地内から出ることだ。周りの民家に迷惑をかけてしまうからな」


「周り一帯は田んぼだがな。まぁ田んぼに迷惑がかかるか」


「2つ目は降参させることだ。銃を突きつけるなり相手を動けなくするなりして屈服させたときに使用できる条件だ」


「……銃?」


「3つ目は気絶させること」


「ちょっと待ていきなり物騒になったぞ」


「だがこれは最終手段だ。降参しない者も出てくるだろうからな」


「……まぁそれならいいか」


「そして最後の4つ目は相手の肌の露出面積を60%以上にすることだ」


「……は?」


「わかりやすく言うと服を剥ぎ取る」


「何、故、だ」


「何、最初は3つだけだったのだが味気ないのでな。私が追加させてもらった」


「味気ないって何だよ。お前ら姉妹間で脱がし合うのか変態め」


「でも安全な方法だろう?」


「見たくないけどな」


「……」


「何だよ」


「クク……私が言う前に言うとは余程期待しているようだな」


「してねえよ。つーかお前さっき全裸になってたから失格じゃないのか」


「ならないな。あくまで脱がせるが重要なんだ」


「……」


「ちなみに全裸のままゲームに挑めば脱がされないわけだが恥ずかしくてできない」


「ああ、その線は超えてないのなよかったよ」


「ふむこれで説明は以上だ」


「で?目的は?」


「ん?」


「いや、ん?じゃなくてこのゲームは何のためにやっている」


「……」


「……」


一姫いつきはおもむろに立ち上がりくるりと回転し唇に人差し指を当てて言った。


「ひ・み・つ♪」


「そういうのはいいから教え」


「ッ!伏せろ兄!」


「いや立ち上がってるのはお前だけだーーん?あれは魅夜みやか」


何か持ってる。銃。


銃!?



ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……


今俺達が隠れているのは玄関から入って右の突き当たりの茂みである。そして三女の魅夜は間逆の左、だが茂みからではなく家の横側から歩いて現れた。


首上で切りそろえられたショートカットに縁の太い眼鏡。透き通るような無表情に小柄な体。


その足取りは重々しく遠くから見ているにもかかわらず何故だか重量感を感じさせる。


着ているのはぶかぶかのパジャマなのに。


右手には魅夜の身長に匹敵するであろう黒い銃。


「……なぁ」


「何だね」


「どうして魅夜は銃を持ってんだ」


「相手を仕留める為だろう」


「いやいやそうじゃなくて。なんで所有してんだよ」


「村外れに古いおもちゃ屋があるだろう」


「……あるが」


「そこで大方部品と工具を取り寄せてもらい自作したのだろう」


「あのおもちゃ屋のじじいぶっ飛ばす……!!」


三女の魅夜みや。機械の製作、修理、改造が得意。この前陽子が破壊したDVDプレーヤーを5分で直した。他にも勝手に家の電化製品を改造し性能をグレードアップさせる。変な機能が増えていたりするので逆に使いづらい。自爆スイッチはいらないというか危険なので解除しておいた。


頭脳:△

身体能力:○

精神力:◎

性格:△

運:△


そんな三女は小6の12歳。


只今辺りを見回しながらこちらの方へ歩いてくるご様子。


(よし兄よ見ていろ)


(何をだ?)


次の瞬間に魅夜の姿が砂煙と共に消えた。


「っ!?お前何をした!?」


「声が大きいぞ兄。まあいい。これで1人仕留めた」


一姫は指でそれをクルクル回すと俺に見せてきた。


「これが何かわかるかね?」


「……落とし穴のスイッチか」


「ご名答。さらに穴の底及び周囲には私特製の瞬間接着剤が塗りたくられている」


長女の一姫いつき。理系分野に秀でており特に化学分野に深く精通している。部屋ではなにやら怪しげな調合を繰り返しており新しい発明があると兄を実験台にして罠を仕掛ける。自称化学者のマッドサイエンティスト。


頭脳:◎

身体能力:×

精神力:○

性格:×

運:○


中3の15歳。


今日もまた新たな犠牲者が1人。




「さてそろそろ降参の宣言でも聞きに行……伏せろ兄!」


「だから伏せてないのはお前だけだ」


砂煙が徐々に消えつつあるとともに穴からギラリと光る黒銀色のものが見えてくる。それは緩慢な動作で穴から這い出てのっそりと立ち上がる。やがてそれはほぼ全身を黒銀色の鎧で覆った魅夜だとわかった。


魅夜は地面に落ちている銃を拾うとあらかじめ装備されていたのか何か変なゴーグルのようなものを眼鏡を外して装着する。あれは確か暗闇でも人を体温で識別できるとかいうあれだろうか。


「成る程……着ていたパジャマと靴を犠牲にすることで自らは張り付かずに出てくることができた……さらに本来なら肌の露出面積が60%以上になり失格になる所をパジャマの下に着込んでいた鎧のおかげで防いだか…成る程。あの鎧は私の露出条件の失格と四女の直接攻撃を防ぐのか」


「いや解説しているとこ悪いんだがここにいることバレてないか?」


魅夜は迷うこと無くこちらの茂みにゆっくりと歩みを進める。右手に持つでかい銃をきらめかせ頭に取り付けたゴーグルをぎらつかせる。


「ふむ、このままの三女の歩くルートには落とし穴は存在しないーーだが」


一姫はポシェットからスイッチを3つ取り出すとそれを一斉に押した。


すると大きな爆音とともに庭の三カ所の地面が爆発しとんでもない量の砂煙が視界を覆う。


「ふふ、私の落とし穴はこういう使い方も出来る」


「でも魅夜はサーモグラフィーみたいなのを着けてたからこっちの位置がわかるんじゃないのか?」


足下の砂を弾き削る音は変わらず等間隔で聞こえておりそれは段々と大きくなってくる。


「なに簡単なことさ……逆なのだよ」


「逆?何が?」


「サーモグラフィーを外されないようにした」


そう言うと一姫はポシェットから小さな刃物らしき物を取り出し俺の背後に回り込む。


「何をする気だ」


「ふふ、少しの辛抱だ」


一姫は手に持っているものを内側から襟に引っ掛け一気に俺の服を切り裂いた。


「ちょっむぐっっ!?」


(静かに。三女に撃たれる。ゴム弾とはいえかなり痛いぞ)


(いやお前何してんだよ?!)


俺の反応を無視して今度は露出した俺の背中に液体のようなものを塗りたくる。


(いいか抵抗するなよ。ゴム弾で撃たれるからなーー


(お前の突拍子のない行動には慣れてるがいい加減前もって説明をーー)


ーー私が)


え?


そう思った瞬間。いつの間にか立ち上がらされた俺は目の前の茂みに突き飛ばされた。


ガサガサガサッ!!


…………………ーーーーーーー俺は何となく顔を上げてみる。


3メートル先で立ち止まっている魅夜と目が合う。ゴーグルを着けている上に大量の砂煙が舞っているからよくわからないが多分そんな感じだろう。魅夜は口を開いて言った。


「潔い。でも」


銃をこちらに向ける。


「日頃の恨み」


ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ


「いっ……ぎゃあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁああああああああああああああああああああぁあぁあぁあああああああああああああああああああ」


とっさに顔は伏せたが茂みの上に俺が覆い被さる形になっているので容赦なくゴム弾は俺の背中、腕、肩、頭を目掛けてぶち当たった。


「っ!?その声は兄!?」


その声を聞いた魅夜は慌ててゴーグルを外し俺の所へ駆け寄る



のを待ちわびる人物が砂煙に潜んでいた。その人物はこう呟く。


「真の罠師トラップマスターは窮地でこそ力を発揮させるものだ」


お前罠師だっけ?化学者じゃなかったっけ?


砂煙に紛れた一姫は駆け寄る魅夜の足を自身の足で引っ掛けた。物理法則に従って魅夜は前のめりに転ぶ。


「っ!?うわあ!」


普段は聞けないような甲高い声をあげて俺の背中に顔を打ちつけた。


びったーん。


魅夜の頬と俺の背中が密着する。


「っ!!取れないっ!!」


魅夜が俺の背中から顔を引き剥がそうとしても元々それが一体であったかのように離れない。


俺は魅夜の鎧に押し潰されて頭が起こせない。重い。前の方でガシャン、と機械音が鳴る。何かを拾った音だろう。


砂を削る足音がこちらに近づき魅夜の頭に銃口を突きつけただろう姉はこう告げた。


「我が妹よ。頬に背中をくっつけたまま兄を武器にしてでも戦うか?」


「………降、参」


三女、脱落。



ミーンミンミンミンミーンジリジリジリジリジリザワザワ……


一時の休息が、鳴き荒れる蝉焼き荒れる日差し吹き荒れる戦いの兆しの中に訪れる。


「こんな所だろう」


「くそう」


「ああ背中痛ぇお前傷薬とか持ってないのか?」


「まあ部屋の中にはあるが。この短期決戦及び少しの傷が命取りになるゲームには不要だから置いてきたぞ」


一姫はいつも通りの不敵な笑みを浮かべて答える。先程までくっついていた魅夜の頬と俺の背中は一姫の持っていた液体を少し染み渡らせるだけですぐに取れた。


俺はようやく解放された気分になったが何故か魅夜は名残惜しそうな顔をしていた。


「お前のことだからこの一連の出来事も計画の内じゃないのか?」


「クク、流石の私も全てを把握することは不可能だ。よって傷薬を持っていないのも仕方がない。想定の範囲内だったが」


「おい」


「おかしい」


「ん?どうした魅夜?」


一姉いちねえがサーモグラフィにうつらなかった。だから同じ身長の兄を一姉と勘違いした」


俺と魅夜は一姫の方を向く。


「企業秘密だ」


「「おい」」



「しかしこれからだな」


「なんだまだなんかあるのか」


「いやいや、確かに1番攻撃力のある三女はもとから始めに倒す予定だったし実際に倒せた。だがそうはいっても」


双姉ふたねえは素早い陽子は超素早い」


「その通りだ」


「そのかわりにパワーがないとかそういうもんじゃないのか?」


「2人は私達と違って兄を攻撃しない。だから強さを知らない」


「全くだな。知ったかぶらないでほしい。こちらは喧嘩で身をもって知っている」


「2人はお前らと違って俺に意味なく攻撃しないからしょうがないだろ」


「我慢しているだけ本当はいじめたくてしょうがないはず」


「何だよそれ……だったらお前らも少しは我慢しろよ」


「まあまあ。それに兄も陽子の攻撃力なら知っているだろう。喧嘩時の器物損害で」


「……あれか」


四女の陽子。とても子供らしく天真爛漫。体は小柄でショートの髪を適当に片方で結わえた姿。身体能力が異常に高く筋力が小さいにも関わらずその弾丸のような速度であらゆる器物を破壊する。さらに天性の運と勘の良さを合わせ持つ。


頭脳:×

身体能力:◎

精神力:×

性格:○

運:◎

小3の8歳。


「そうかあれを直接もらうとやば……ん?そういえば陽子と双美はどこにいるんだ」


「陽子は家の中、双姉は不明」


「家の中?それって陽子有利じゃないのか?ハンデ……じゃないよな」


「それは必然というか当然というかな。スタート地点はここから少し離れた道からだったんだ」


「私のスタートの合図と共に一斉に家の敷地に向かう。敷地外では攻撃禁止」


「これは短期決戦のゲームだが家に始めに入ったものが籠城して外にいるものを兵糧攻めにし長期戦にすることも出来るからな」


「外での飲食の禁止家の中に予め罠を張るのも禁止」


「それだと陽子がますます有利にならないか?足めちゃくちゃ早いぞ陽子」


「何、その代わりに私達は交換条件を貰ったからな」


「交換条件?」


「私は予め外に武器を用意する権利」


「そして私は外に小規模な罠を9つまで仕掛ける権利だ。この条件を使って先に家に入ろうとする陽子に私の落とし穴か玄関ノブの電撃を食らわせて撃退しようとしたのだが、運と勘で罠を見破り窓から侵入されてしまった。流石私の妹だ」


「双美はどうしたんだ?交換条件とかは」


「必要ないと言っていたな」


「な!?あいつが能力的に1番普通なのに交換条件なしだと!?」


「別にいいだろう本人がそう言ったのだから」


「双美大丈夫かよ……もう銃を食らう心配はないが残る相手は罠師と破壊神だぞ……」


「フフ、まあ確かに双美は普通だが普段あまり力を見せびらかさないからな……そして普通といってもこの4姉妹の中での普通だ」


「どういう意味だ」


「どういう意味かな」


ーー休戦がもう終わりだと言いたげに蝉は一層大きく鳴き始めた。



とりあえず木陰とはいえずっと蒸し暑い外にいるのも辛いので俺と一姫は家の中に入るため玄関へと向かう。籠城といっても陽子のレベルなら単に玄関や窓の鍵を閉める程度だろうから普通に合い鍵を使って玄関から入る。罠や迎撃の武器があったら即破滅なわけだが。


魅夜は脱落したので暇つぶしに村はずれのおもちゃ屋に銃の使用性能の報告に行くらしい。すぐ戻ると言っていた。村はずれだから遠いはずなんだが。


ガサガサガサガサ


「ーーーー……」


ガサガサ


「よいしょっ」


とすっ


「ふ〜っとりあえず見つからずに済んだわね」


チャキッ


「……魅夜みや一姉いちねえに見つからないように行動してやっと見つけた……人の武器を使っちゃいけないルールはないしね」


ジャキッ


「さてバトルスタートっ」




ギィイイイイイイイイイ


いつものようにドアを開いただけなのにそんな音が聞こえた気がした。


「兄よ何故そんなにも怯える?」


「……お前の罠のせいでドアを開くのにトラウマができただけだ」


靴を脱いで俺は強がってずんずんと先に進む。


「あまり早く進むと私と勘違いされて破壊神に襲われ大怪我をするぞ」


俺は立ち止まる。


「……じゃあお前先に行けよ」


「一緒に行こうではないか」


「何を企んでる」


「疑うなんて酷いな。私はこう見えてか弱い乙女だ。兄を盾に……兄が妹を守るのは当然というものだ」


「いやお前らのゲームだし」


「いいではないか盾として使用しても」


「はっきり言ったなおい」


一姫はさり気なく寄り添ってきた。


「……悪く無いだろうこういうのも」


「……あのな」


チャキッ


(離れろぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!)


どんっ


(来たな)


サッ


「え?な」


メギュウゥウウウウウウ


「ぎゃああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっ!?」


ドスッ


「本……日……二度……目」


バタッ


「っ!?」


襲撃者はとっさに玄関の死角に隠れたが、その長いツインテールは姿を晒してしまった。


「クックック、この私に不意打ちが通用すると思うなよ?玄関の影に隠れた次女よ」


「く!」


「頭脳は私の方が上だ……このままゴム弾で私を襲えば双美は私に勝てるだろうが不可能だ。何故なら兄に当たるからな」


一姫は気絶した兄を引きずって通路を開ける。


「さてここに気絶した兄がいるわけだがどうしようかなぁ……ファーストキスでも奪うか」


「ちょっ!?ふざけーー」


慌てて家に踏み込み


カチリ


「っ!?」


双美は立ち止まる。自分が罠に嵌められたことに気づいたからだ。双美はコードの繋がった黄色い円盤を踏んでいる。


「足を離せば……どうなるかわかるな?」


「……どうなるっていうのよ」


「取引をしよう」


一姫はニヤリと笑う。双美は一姫が次に紡ぐ言葉を確信していた。


「陽子を倒せって言うのね?」


「正解だ。流石オールラウンダー。頭も腕も申し分ない。まぁどんな奴にも弱点はある。双美の場合は」


「言うなっ!その先言うなっ!!」


「わかったわかった。全くつんでれという奴は」


「……悪かったわね」


双美は顔を背けて赤くなる。


「くっくっく、期待しているぞ。陽子はおそらく二階に待機している。自室が二階だからな。どこに隠れているかくつろいでいるかはわからない。何も考えない奴の行動は予測不可能だからな」


「だから私に倒させるってことね。……わかったわ。じゃあこの罠を解除して頂戴」


一姫は思わず吹き出した。


「……は?なに笑って……ってまさかぁっ!!??」


飛び退く。足を離しても何も起こらない。


「フフ、予め家の中に罠を仕掛ける事は禁止されている。つまりそれは先程ポシェットから取り出して仕掛けた即席の罠だ。踏むと『カチッ』て鳴るだけだがな」


「〜〜〜〜ッ!!!!」


双美は羞恥と怒りでさっきよりも顔を真っ赤にする。そして壁に腰掛けて兄を抱えて座っている一姫の目の前に立ち指をさして宣言する。


「いい!?陽子を倒し次第即刻あんたを倒しに来るからね!!!!あとにぃを盾にすることも変なコトするのも禁止!!いい!?」


「善処しよう」


「く!」


双美は右手に銃、左手に握り拳、心に苛立ちをもって2階へと登ってゆく。木製の階段が軋みをあげる。


「5分よ……!!5分で済ませてやるんだからっ!!」


次女の双美。他の姉妹たちと比べて単に気が強いだけの普通の女の子。


追記:実は平均的に能力が高く他の姉妹たちのずば抜けた能力には及ばないがその平均以上の能力を組み合わせることによって他の姉妹達を上回ることもある。ミス・オールマイティ。兄大好きだがつんでれ。


頭脳:○

身体能力:○

精神力:○

性格:◎

運:○


中2の14歳。


ーーさてこんなものか。


パタンと手帳を閉じてポシェットにしまう。


膝枕をしてやっている気絶中の兄をなんとなく眺める。



私もつんでれ、かな?




双美は2階に上がった後に渡り廊下から下を覗いて見た。その状況を口に出してみた。


「ひ・ざ・ま・く・ら」


左手の握り拳をより一層固める。


(ぐぅうううぅ〜〜〜〜あのやろ〜〜〜〜あの女〜〜〜〜)


めきめきめきめき


いつの間にか双美の左手は柵を握りしめていた。


(ぐぅ〜〜!なんか!なんかこの思いをぶつけてやりたい!半年前から天井に吊り下がってるタライでも切り落としてやろうかしら!)


柵にしがみつく体をぎりぎりの理性で引き戻し自分の役目を心に刻む。深く深呼吸をしてあらゆる感情を捨てる。


(まずは陽子を倒すこと)


おそらく待機しているだろう陽子の部屋、廊下の突き当たりまで移動する。


(陽子は年齢的に当たり前だけど頭が悪い……いや多分成長しても同じだろうけど)


双美は銃のゴム弾の装填を確認する。


(だから一姉のような罠や魅夜の機械も扱えない。その点私は多少それができる。ただ)


ごくっ。唾を飲み込む音が廊下に響き渡るように感じる。


(陽子は身体能力がとんでもなく高い。その上体のサイズが小さいからどんな攻撃もかわされる。それでも)


汗ばんだ左手でノブを握りしめる。


(必ず隙は出来るはず。最初から全力でいく。おそらくすぐに決着がつく)


ぎぃっーー


ノブを斜め下に傾けて扉を


ーー開いた。




「あははははは!」



陽子は。



むしゃむしゃ。



陽子はーー。



ごくごく。



陽子はーーーー。




テレビを見ながらくつろいでいた。


「……」


ぴきみしめきぃっ。


双美はテレビに夢中で気づいていない陽子のそばに寄ると銃を傍らに置いて右手で陽子の肩を叩いた。


「えっなにーー」


陽子は振り向き双美の顔をみると


「……あっ」


思い出したようだ。そして陽子はとっさに動いて距離をとろうとするも2つの理由で動けなかった。


みしみしみしみし。


陽子の肩に食い込む双美の右手。それだけなら陽子の持ち前の身体能力で逃れられたであろう、だが。


「……お、おねぇちゃ……こ、こわいよ……」


双美は物凄い笑顔で陽子の左肩を握りしめながら。


「……なにか言うことがあるよね?」


陽子は涙目になりながら死に物狂いで。


「こ、こうさん!こうさん!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃ」


四女、脱落。



双美の呪縛から放たれた陽子はずきずきと痛む肩を震わせながら涙を頬に伝わせる。


「今度ふざけたら容赦しないからね」


「は、はい!!おねえさま!!」


「よし。戦いが終わるまでこの部屋にいること。わかった?」


「はいおねえさまっ!!ひっく」


双美は振り向き扉の方に声をかける。


「一姉?いるんでしょ?」


「おっとこれは妹様流石ですね」


扉の影から姿を現す一姫。


「漸く本気の次女がお出ましのようで」


「容赦しないから」


双美は指を鳴らす。


「銃なんていらない素手であなたをぶっ飛ばす」


「フフ、出来るかな」


一姫は目の前から姿を消す。廊下を駆ける音が鳴り響く。


「……今度は本物の罠でも仕掛けてあんでしょうね」



双美は今までになかった闘志と激情をまといつつ、ゆっくりと落ち着いた足取りで開かれた扉の前に立つ。五感を研ぎ澄まし周囲に目を走らせる。罠はない。


双美は廊下に出ると周りを見回す。さっきまで存在しなかったものがいくつかある。普通の人から見ればそれはごくある風景だっただろう。壁には絵画、ポスター、時計。廊下表面にはポシェット、絨毯じゅうたん、畳まれた服。


ただ、この状況下で見ればすべてが仕掛けられた罠のように見えてくる。その廊下奥には一姫が立っていた。


「……ダミーだらけね」


「ほう」


一姫はそれだけ言った。


「逃げないのね」


「クク、それじゃあつまらないだろう。次女のまぬけな姿がこの目で見られないのだから」


「……」


「仕掛けた罠は1つだけだ。さあ見破れるかな」


「どうして1つなの?いくつも仕掛ければ私を負かす可能性は上がるのに」


「1つで十分、という意味だ」


「へえ、大した自信ね。あなたが嘘をついている可能性は?」


「この私が勝負事で嘘をついたことがあるかね」


「ないわね」


「フフ、その通りだ。さてどうする?」


「簡単よ」


双美は膝を曲げ前傾姿勢になる


「一気に駆け抜けてあんたを潰す、罠が発動したらその時はその時よ」


「面白い。その発想はなかったぞ。まるで四女だ」


「ーーーーすぅ」


体の全神経を奮い立たせて双美は、


「逃がさないわよ」


思い切り駆け出した。



双美は廊下を駆け抜けながら思う。


(一姉の性格からして攻撃系の罠は仕掛けない。だから束縛系の罠。単純に考えて床に注意するべき。だから怪しいとすれば床にひかれた絨毯。横幅は廊下の幅と同じ。縦幅はおよそ1メートル。この助走をつけた状態なら飛び越えられるけどーー)


(ーーもちろんその考えが罠でそれ以外に罠がある可能性もある。でもーー)


(ーー逆に、その考えが罠の可能性もある。だから)


(罠が1つならあの“畳まれた服”)


双美は絨毯を踏みしめた。


◇◇◇


(フム、私の罠は不発のようだな。確かに“絶対に離れない絨毯”を罠にしようとしたがそんなものバレバレだ。安易な発想でつまらん。


だか絨毯が罠だと想定した相手は絨毯の上に何かをしいてその上を歩くという手を実行するだろう。


そこで用意したポスター、服、壊れるのをいとわなければ時計でも絵画でもいいだろう。まあ双美は物を大切にするからそれはない。よって畳まれた服。あれは私のだから躊躇なく使えるだろう。くっついたって自業自得だ。


自分の服を脱いでしくこともできるが脱落条件“露出面積60%以上”を満たしてしまう。


廊下の畳まれた服を手にとった瞬間罠が発動するんだがーーまぁいい。まさかそこそこ頭のいい双美が絨毯をダミーだと選択するとは思えなかったがーー私がその可能性を想定しないとでも?



一姫は揃えた足の裏に隠された小さなバケツを手に取る。


(本当に私がただ双美の間抜けな姿を見るためにここに突っ立っていると思ったのか。全く失礼な奴だな)


一姫はバケツに入った液体を走ってくる双美目掛けて思い切りぶっかけた。



「ちょっ!?」


双美はとっさに体をひねり両手を下に下げる。絨毯をつかみ回転し絨毯を体にまといその液体を防ぐ。だが、


「っ!」


無理をし過ぎたせいで左手首をひねってしまった。絨毯にくるまった双美は床に転げ回る。


「ぐ……ぅう……」


「ククク」


その側には、一姫。


「いやいや見事な体さばきで。一瞬で絨毯を盾にし液体を全て防ぎきるとはな」


「あん……た……罠は1つだけじゃなかったの……?」


「いいや1つだけさ。ご察しの通り罠は畳まれた服。私が双美にぶっかけた液体はただの水。ダミーだ」


「……」


…ゴ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


「あ・ん・た・ね……」


双美のリミッターが。


「人をおちょくるのも……」


「あ、ちなみにここから先は罠だらけだ」


「いいかげんにしろオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」


キレた。



「フハハハハハ!!!!」


「待てコラぁアあアあぁァぁァぁァあアアアアアアアア!!!!!!!」


一姫は一階への階段に向かう。双美は張ってあったロープにつまずき転ぶ。


一姫は1階へ降りる。双美は張ってあった液体で滑り転げ落ちる。


一姫は通路に横たわらせた兄を飛び越える。双美は通路に横わたる兄を思い切り踏みしめた。


「ごうふッ!?」


兄は一瞬目を覚まし。


「ーー寝てろ」


起き上がった頭を足で床に叩きつけられ気絶した。


「ーーなッ!?」


一姫は驚いた。あの場所で兄を踏んだ双美は我にかえり慌てて立ち止まると思ったからだ。


ヤバい。計画が。


双美は猛然とこちらに走ってくる。


「や!?ちょ!?次女!?話をーーー」


双美は踏み切って跳んだ。


「ぜぇやャあああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」


双美は。


当たればあらゆる器物を破壊する破壊神のーーー


対象を仕留めるのになんの躊躇もしない非情鬼のーーー


全てを見通し相手をせせら笑う高慢ちきな女狐にーーー



跳び蹴りを放った。




身体能力が低く何の罠も防ぐ手だても持たなかった一姫は、とっさに腕でかばったがもろに跳び蹴りを食らい閉じていた背後の扉ごと文字通りぶっ飛ばされた。


扉は重々しい衝撃音を奏でながら部屋の中を飛び回る。一姫はぴくりとも動かずに傍らに倒れ伏している。


「……」


双美は立ち上がる。1階の廊下に出て兄の横たわる場所へと歩いていく。


体のあちこちが悲鳴をあげ今にも倒れそうだがそれ以上に大切なことがあるため、兄の側へふらふらな足取りで近づいてその場にしゃがみこむ。


「……ごめんね、にぃ


双美は瞳からとめどなく溢れ出す涙を拭わずに両手で兄の体をさする。


「わたし、兄に酷いことしちゃった。一姉いちねえを混乱させるために初めて自分の意志で兄を攻撃した」


廊下に嗚咽が漏れ始める。


「うぅん、それだけじゃない。素直になれなくていつも兄に酷い態度をとってた」


嗚咽が段々と強さを増してゆく。


「勝ったけどっ……勝ったけどわたしになんて資格ないよ……っ」


こぼれ落ちる涙が兄の服を点々と湿らせる。


「わたしなんてっ……わたしなんてっ……」



泣いてもいいけど、悲しんじゃダメだ。



……えっ?


「お前は素敵な妹だよ」


微笑む兄が妹の頭を優しく撫でる。


「おにー……ちゃん……?」


「お前は優しくて、健気で、ちょっと素直になれない、そんな妹だ。俺の大切な妹だ。お前が悲しむと俺も悲しい」


双美は潤む瞳で兄を見つめる。


「嫌いじゃない……?」


「嫌いじゃない」


双美は涙を拭うと、今回、いや、一生で1番の重要な質問をした。


「妹の中で1番好き?」


「それは違うな」


「…………え?」


双美の表情は一瞬で悲痛なものへと変わる。


「そんな……じゃあ誰?」


兄は妹の頭を優しく撫でながら諭すように言う。


「陽子は我が儘で、馬鹿で、すぐに物を壊す。でも、いつも笑顔でみんなに元気を与えてくれる」


「……陽子が一番……?」


兄は続けて言う。


「魅夜はたまに無視するし、暇になるとモデルガンで撃ってくるし、身体的にも精神的も痛めつけてくる。でも、いつもさりげなくみんなを支えてくれている」


「一姫は……まあ本当に何考えてんのかわからん奴だが、単に感情表現が苦手なだけで、根はいい奴だ。あいつはとんでもなく頭がいいが、それは才能があったからじゃない。毎日研究と言って部屋に籠もって勉強しているからだ。長女だから経済的にこの家を守ろうとしてるんだろう。あいつなりの愛情みたいなもんだ」


兄は一息おいて、微笑んで言った。


「みんないい所もあるし欠点もある。だから優劣なんてない。俺の大好きな妹たちに、優劣なんてないんだ」


妹の涙腺が崩壊する。


「ひっく……えぐうぇぇぇぇえええええええええええん」


双美は兄の胸に顔をうずめる。兄はそれを優しく受け入れる。



幸せな時間が訪れていた。



「まあ、何だかわからんがおめでとう。お前の勝ちだ」



「そうはいかないな」


「っ!?」


双美は跳ねるように体勢を整え涙を止め鋭い眼光で一姫を見据える。


「気絶したんじゃないの?」


「していないな。気絶したふりだ。まあ正直一瞬でも気を抜くとぶっ倒れる寸前だがな」


双美は一姫を睨む。


「まだやんの?」


「くっくっく……まあ素晴らしいお話を聞けた所でハッピーエンドにするのもいいんだが何せ私は感情表現が苦手でひねくれているのでね。そして負けず嫌いだ」


姉は1つのスイッチを掲げる。


「……いいわ……かかってきなさいよ………ただし」


妹達は立ち向かう。


「兄には傷1つつけさせない」


「……私も」


「わたしもっ!」


横わたる兄の前に双美だけではなく魅夜と陽子も立ちはだかる。


「……あなた達……」


「双姉だけに良い格好はさせない」


「おにいちゃんをまもるおねえさま……じゃなかったおねえちゃんはわたしがまもるっ」


「ぐすっ……うんありがとっ!心強いわっ!」


3人の妹は目の前の姉と向かい合う。


「お前ら……ぐっ!くそ!体さえ動けば……!」


姉はニヤリと笑う。


「くっくっく……これではまるで私が悪者みたいではないか……まあそうなんだが」


悪者はスイッチを押す親指に力をこめる。3人の頬に汗が伝う。


「だがこれから私が行う罠は防御不可能だ」


一姫はスイッチを押した。


「ただ発動条件が厳しくてな。対象がそこに立ち止まっていなければ使用出来ないんだ」


一姫はそう言うと力尽きたのか、ずるずると壁に寄りかかりながら倒れ始める。


3人の妹達はすぐに周りを見回す。初めに異変に気づいたのは横たわり天井を見つめられる兄だった。


「お前ら上だっ!」


一斉に上を見上げる。だがもう遅かった。天井には半年前から吊られていたタライがあって逆さまになっていた。


タライが落ちてくる程度ならば3人の妹たちは容易く防いだだろう。そうではなかった。タライが逆さまになったことにより、双美が陽子の部屋に居る間に一姫が入れていたであろうものがふりかかっていた。ーー液体。


ただの水や粘着性の液体ではないことは容易に想像できた。見たことのない透き通った緑色をしており玄関から漏れる日差しできらびやかに光っていた。


初めに動いたのは陽子。避けるのではなく液体の降りかかる真下にいる兄を守るためにその小さな体で兄の顔を覆う。


次に動いたのは双美。陽子に続き兄の胴体部分を覆う。


最後に魅夜も同じように兄の足部分を覆った所で緑色の液体は1人の兄と3人の妹たちに降りかかった。




ーーー静寂が辺りを包みかすかに聞こえるのは緑色の液体の滴る音と自分の心臓の鼓動とじゅわ〜〜と炭酸の抜けるような音だったーーー。



………4人は疑問に思う。


……じゅわ?


それぞれがぎゅっとつぶった目をゆるゆると開く。3人の妹たちは兄を覆っていた体を起こし膝立ちになって自分の状態を見てみた。するとおかしなことに気がついた。



……。服溶けてる。



不思議な現象に呆然としながらも服は益々溶けてゆき溶け残った布切れははらはらと落ちてゆく。


そこそこの胸の発達を持つ双美はブラジャーを着けているので大事な部分は守れていた。つまり下着姿というわけだ。ぺったんこな魅夜と陽子にいたっては下着姿だが上半身裸だった。


これだけならいいだろう。ただそこに横たわっているのは兄。つまりは男。


「……その……なんていうか………………ありがとう?」


ぷるぷるぷるぷるぷる


「こ・の・ヘンタイにぃぃいいいいいいいいいいいいいいいい〜〜〜〜〜っ!!!!!!!」


「きゃっきゃっ、へんたいへんたい〜〜〜〜」


「いたいいたいいたいいたいいたいいたいだッ!?」


ぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしベキッ


兄の顔をはたく陽子。もう丸裸になっていたが気にせずチョップ。1つクリーンヒット。


「この変態!!変態!!なによありがとうって!!なに考えてんのよえっち!!!」


「いや違うぞ!?俺は守ってくれたことにありがとって痛ッ!!」


げしげしげしげしげしげしげしげしげしげしげしげしげしげしげしげしげしげしげしどすっ


右腕で胸、左手で下を抑えながら腰を集中的に蹴り渾身のかかと落としを腹に決める双美。


「…………」


「えっと……その……魅夜?」


魅夜は攻撃をせず体も隠そうともせずただある部分をじっとみていた。


「ーーぽっ」


顔を赤らめる魅夜。


「ちょっと魅夜!あんたもこの変態兄に制裁をーーッ!?」


「ん?どうしたのおねえちゃーーあっ」


液体が降りかかった時に覆われなかった兄の部分は当然ーー剥き出しになっていた。


「このーー」


「このー」


「うおー」


「いや……待っ」


「「「ばか〜〜〜っ!!」」」


どっどっどっ


3人の妹達の攻撃は兄の急所を正確に捉え兄は死んだ。


ように本日4回目の気絶を迎えた。



 〜えぴろーぐ〜


この騒がしいゲームも終わりを迎えて俺と妹達は居間に集まっていた。


俺は魅夜の淹れてくれたお茶をすすりながら落ち着く。体も何とか一姫の塗り薬のおかげで良くなっていた。


「さて結局わからずじまいだったことについてなんだが」


俺は妹達の顔を見回す。長女はふてくされた顔で次女はふくれっ面で三女はちょっとさびしげな無表情で四女はにこにこと笑顔でこちらを見ていた。


「このゲームの目的は何だったんだ?」


みんな黙り込む。1人以外。


「おにいちゃんのぱーとなーをきめるためなのだ!」


「パートナー?」


「その通りだ」


一姫が口を開く。


「兄はもう高校三年生。今年は大学受験だろう」


「ああそうだ」


「兄は優秀だから都会の大学に合格し都会で1人暮らしをする可能性が高い」


魅夜も口を開く。


「そうなったら私達を連れて行くことは出来ない」


「……まあな」


「そんなの嫌よっ!」


双美も口を開く。


「そんなのっ……そんなの悲しいじゃない!次に会えるのはいつ?!ねえ!!いつよ!?」


「落ち着いてくれ双美。まだお前らは俺の質問に答えちゃいない。パートナーってどういう意味だ」


「まあ、兄にとっては迷惑な話かもしれんが」


一姫が答える。


「いくら都会で1人暮らしで金と手間がかかるとはいえ、1人ぐらいなら養えるだろう?だからその1人を決める戦いだったのだ。まぁ、結局私と双美のどちらが勝ったのかわからずじまいだったわけだが」


「あのなぁ」


俺は告げる。


「俺はお前らみたいな危険人物を誰1人都会に連れて行く気はない」


「「「「え」」」」


4人とも悲しそうな表情をする。珍しく一姫も。


「だからよ、もし都会に出るなら自分1人の力で出ていけ」


「「「「?」」」」


「俺はここに残る。大学も1番近い所にする。やり残したこともあるしな」


対面のソファに座る妹達を纏めて抱き寄せる。


「こんな破天荒な妹たちを放っておいて安心して都会にいけるわけないだろ?ま、当分お前たちと一緒だよ。よろしく頼むな」


ぎゅっ。


ぎゅむっ。


一姫が俺の左後ろに回りその豊満な胸を押し付けて言う。


「私は兄と一生離れるつもりはないぞ。だからこそ必死に勉強をしてきたんだ。全く私がこんなこと言うのは今日ぐらいだからなっ。大好きだ兄!!」


ちゅっ。


「なっ!てめっ姉狐」


ぎゅうむっ。


双美は俺の左前に一姫を押しのけるようにくっつき小さなふくらみを姉に負けないように押し付けて言う。


「わ、わたしだって今は姉に勉強とか、む、胸とか負けてるけど、いつか追い越すし!それにこれからはいっぱい、い〜〜〜〜っぱいおにぃに尽くすんだからっ」


ちゅっ。


「……」


きゅむっ。


魅夜は俺の右前に体を密着させると何故か俺の指に自分の指を絡ませて言う。


「……私の潜在能力はひくい。だから一つの分野を追求した結果大体の技術をきわめることができた。兄の役に立つとうれしい。次は何を極めればいいかおしえてほしい」


ちゅっ。


「むふっ」


陽子は後ろのテーブルを踏み台にして俺の右後ろに飛び乗って言う。


「うーんと、よーこはむずかしいことよくわかんないけど、おにいちゃんだいすきだっ」


ちゅっ。


「……ん?兄よ顔が赤いぞ?」


「……えっち」


「……まあみんな同じだけど」


「……わははー」


「……あー」


「む?」


「ん?」


「?」


「にゅ?」


「離れろ暑苦しいぃいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!今夏だっつーの!!!!!!!!」


ばばばっ


「くくくっ、わかったわかった冬にまたしてあげるよ」


だっ。


「変態!変態変態っ!」


だっ。


「空気を読むのも大事」


だっ。


「きゃっきゃっ、すなおじゃないおにいちゃん♪」


だっ。


「……おおお前ら待てェえええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!」


ミーンミンミンミンミンミーン


蝉の鳴き声が終幕と開幕を告げる。


妹たちの戦いシスターウォーズは終わったが。


兄VS妹×4の戦いブラザーウォーズは後数年は続くようである。




 ご愛読いただき、誠に有難う御座います。布名人です。


シスターウォーズですが、庭の茂みでの長女の膝枕から大分期間をあけた後また書き始めました。どんだけ膝枕してもらってんだこの野郎みたいな感じです。だから作品の全体のバランスがちょっと心配だったりもします


でも無事個人的に好きな展開&ハッピーエンドを迎えられて嬉しい限りです。


皆さんにも楽しんでもらえたら幸いです。


では。ω・)ノシ


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