闇精霊ちゃんは告れない
長編の没集その1になります。
【邪心復活】
それは数百年周期で訪れる、世界崩壊の危機の名。何故、どのようにして、何一つわからないが、強大な力と邪悪な心をもって世界を侵略しようとする邪神は必ず現れる。
そして、それと同時に邪神を倒す英雄も現れる。この世界の根源を支配する精霊との絆を深めて精霊の契約者となり、世界を存続させるために邪神を討つ存在。それこそが、英雄。
そして、今日もこの世界が続いているという事は英雄が邪神に勝利し続けてきたという事である。それは今代においても例外ではなく、何百年ぶりの邪心復活は一人の少年と、その少年と契約した精霊によって救われたーーー
白亜の神殿。巨大な石柱が幾つも並ぶ荘厳な入り口の先には、赤のカーペットが敷かれて、玉座へと繋がる。
玉座へ座るは翡翠のドレスを見に纏いながら、柔らかな笑みを浮かべている女性。見る物全てを魅了してしまう美麗の権化である彼女こそが、この世界の根源を支配する精霊達の王だった。
その前に傅くのは、一人の漆黒のローブを纏う少女。フードを被り、首を垂れているため表情が見えない。
「顔を上げてください闇の精霊、ノーニャよ。此度の邪神討伐、見事でありました」
呼ばれて、黒ローブの少女、ノーニャは面を上げた。
フードの下に隠れていたのは、幼気と理知を共有させた端正な顔立ち。夜のような黒髪に隠れた瞳は冷淡で、背筋を凍らせるような威圧感がある。
闇の精霊ーーー世界の根源における【闇】の権能を任された精霊こそがノーニャだ。そして、今代の邪神を討伐した英雄の契約精霊でもある。
「……もったいない言葉。主の眷属として、当然の働き」
「謙遜する事はありませんよ。あなたは確かに大きな働きをしたのですから、それに対する謝辞は当然です。本当にありがとうございました」
「………どうも」
偉大なる母の賛辞にも、ノーニャは抑揚の無い淡々とした声音で返す。
【闇】暗く寂しい、影の力。それを司る彼女自身も、感情に乏しく冷ややかな性格をしているのは所持している権能のせいか。
とにかく、昔から精霊の中でも特に無愛想で無骨なのがノーニャという少女だった。
「闇の精霊よ、何か願いはありますか?ある程度のものまでなら叶えましょう」
「………特に」
「では、精霊の格式をあげましょうか?地位というものはあって損のないものです」
「………要らない」
「……特に望みも無く。このまま終わりで良いという事ですか?」
「………うん」
真っ白な肌に取り付けられた紅色の瞳には感情が無く、ノーニャが何も望んでいないというのは本当のようだった。
しかし、精霊王としては、邪神討伐を成し遂げた彼女に何かしらの褒章は預けておかねば沽券に関わるというもの。
仕方ありませんね、と精霊王は心の内で呟く。そして、こんな事態を予測して用意していた筋書きに沿っていくことにした。
「そういえば。闇の精霊よ、あなたは契約者と未だ深い関係に至れていないようですが、よろしいのですか?邪心討伐を果たした精霊とその契約者は、今のところ全員がお互いを想いあい、操を捧げあっています」
邪神討伐には様々な由緒があるが、その中でもお約束とされているのが精霊と英雄の婚約であった。
長い旅の末、お互いを認め合って結ばれるという誰しもが憧れる恋路の結末は、一大行事として取り扱われる。
契約が成立するという地点で英雄と精霊の相性は認められたようなもので、長旅をしていれば必ず意気投合して深い関係に至るのが自然な事だった。なので、今まで例に漏れず英雄と精霊は番となってきた。
しかし、精霊王のその言葉にノーニャは反抗的に瞳を細めた。ようやく露わにされた感情らしきものだったが、非常に剣呑な空気を纏う。
「………私と彼はただの仕事仲間。同じ邪心討伐を志す者として、利用しあっただけ。そんな爛れた関係になるつもりは毛頭ない」
言葉を吐き捨てる。彼女の脳裏に蘇るのは、多くの人間達に石をぶつけられながら必死で逃げ出した記憶。
ノーニャは怒りから小さく拳を握りながら、これ以上の言及はさせないと強く冷たい語勢で言い放つ。
「……………人間なんて私利私欲のために精霊を使い潰す愚か者の集まり。今回の件で少しは信じてやる気になったけど、あくまで利害関係として成立を考える程度。人間と深い関係を築くことなんて絶対に無い。だから結婚なんて馬鹿なことを私がするなんて絶対に『し、シェイル、しゅきでしゅ!!』…………………………………………!?」
いかに人間とそのような関係になることを望んでいないかを語っていた最中。その甘ったるい声音は響いた。
「な、なんで………それを………」
ノーニャの冷淡な声音とは違う、媚びた声。しかし、ノーニャはそれを聞いてとてつもない焦燥に駆られながら茫然としていた。
「私は統べる者として精霊達を管理する立場。この程度は造作もありません。因みにこれは『大大大好きな契約者が別の女に取られるのを危惧して先手を打ってやろうと考えて告白の練習をするが鏡に言うのすら恥ずかしくて真っ赤になりながら噛み噛みになっている闇の精霊』です。名前は確かノーで始まり、ニャで終わる子だったはずです」
「け、消して!今すぐ消して!」
「私は王です!全ての決定権は私にある!そして消しません!あっはっはっはっ!」
カッと目を見開いて高笑いする精霊王に、ノーニャは真っ赤になりながらも黙りこくるしかない。
精霊王があらゆる精霊の頂点に立ち、全ての決定権を持つというのは真。彼女がそう言えばそうなのである。あの記録は二度と消えることは無い。
精霊王は感情が揺らいだノーニャに畳みかけるように、問いを投げる。
「して、闇の精霊よ。あなたは契約者と深い関係に至れていないようですがよろしいのですか?」
「………別に、あんな奴の事好きでも何でもない」
「………あっ!シェイルさんが!」
「…………………!!」
ノーニャは精霊王の指さした方向へ向けて、風魔法もかくやという速度で振り返る。しかし、そこには巨大な白亜の扉が鎮座しているだけ。
同時にぱしゃり、という音が響いて聡明なノーニャは騙されたのだと一瞬で理解して正面を向き直る。そこには、したり顔で一枚の【シャシン】をひらひらと見せてくる精霊王が居た。
「これが『大好きな人が現れてびっくりするもその顔が見れることに歓喜してクールを一瞬で崩壊させてキラキラ顔の闇の精霊』です」
「~~~~~~~!!!」
「見てくださいよこの顔ホラホラ。普段は仏頂面で無愛想のあなたがこんな嬉しそうな顔をしているの初めて見ましたよ。え、本当に居たらどうしたんですか?この顔で惚れてないとか無理がありますよね?ん?」
精霊王は煽る煽る。
しかし、シャシンに納められた輝くような笑みの自分は間違いなくノーニャのもので、羞恥から涙目になって震える事しか出来ない。
そんなノーニャへ、再び態とらしい咳と共に問いが投げかけられた。
「して、闇の精霊よ。以下略」
「………ほ、ほれてなんかない!人間なんて精霊を私利私欲のために使い潰す愚か者!私が人間に恋をするなんてあり得ない!」
「まあ、そうですよね。シェイルさんもあなたの事なんか利用してるだけですもんね」
「し、シェイルは違うもん!私の事だけ守るって言ってくれたもん!」
「それもそうですよね。闇の精霊はその言葉でキュンとしてしまって、意識するようになってしまったんですよね」
「そう、あの時のシェイルが凄くかっこよ………………っ!?ち、ちがう!そんな事思ってない!」
ノーニャは頬に手を当ててあの日の一件を思い出していたところではっとして否定を叫ぶ。もう既にノーニャの本心は分かられているような気もするが、精霊王は更なる追い打ちをかけた。
「はあ、あなたの強情さには流石の私も頭が痛くなります。もう認めてください。さもなくば最終手段を使わざるを得なくなります」
「…………好きなんかじゃない」
『好き好き大好き!シェイルのお嫁さんになりたい!』
「……………………!?」
『おてて繋ぎたい!一緒にデートしい!それでそれで!結婚したら、シェイルとの赤ちゃんを二桁ーーー』
「【黒棘】ッ!」
精霊王の手のひらに収まっていた水晶は、地面から現れた漆黒の棘によって貫かれて砕け散る。
はあ、はあと精神へのダメージから声を荒げるノーニャに、精霊王は口端をこれでもかと歪めた。
「こら、闇の精霊よ。私の所有物を破壊するとは何事ですか」
「……やかましいわこのクソバ…………ご、ごめんなさい。手……否、闇魔法が滑った」
「まあしかし、これで言い訳出来ませんね。今のは【心の水晶】。本心を語る心の鏡です。して、闇の精霊よ。あなたは契約者をどう思っているのですか」
口も滑りかけたノーニャをこの際は許し、精霊王は止めを刺しに行く。ノーニャももう流石に隠し切れないと悟ったのか、真っ赤なった顔を俯いて隠しながら細々と呟いた。
「……………き」
「ん?よく聞こえません」
「……………すきです…」
「よろしい」
満足げに頷く精霊王を睨みつけながら、うう、とノーニャは顔を両手で覆った。
今までは完璧に隠しきれていたのにバレてしまった、とでも思っているのだろうが、精霊王は知っている。英雄といるときのノーニャは無愛想に努めながらも幸せオーラを漂わせていて、既に周囲に想いがバレバレなのを。
しかしこれ以上の精神攻撃は流石によろしくなさそうなので、精霊王は本題へと話を戻した。
「して、闇の精霊よ。それだけ英雄を想っているのなら番となれば良いではないですか。何故、滞っているのです」
「………うう、それは………昔の私が………」
「…………まあ、そんなことだろうとは思っていましたが」
ノーニャはかつて、それはそれは自分を選んだ英雄の事を馬鹿にしまくっていた。
顔を合わせれば罵詈雑言を投げかけ、話しかけられようが完全無視し、時には精霊の力を一切貸し出さずに戦場に投げ出し、
他の精霊たちに心配されたときには『人間なんて存在と仲良くしているなんて、お前らの頭がおかしい』など言い放つなど、徹底的な人間嫌いアピールをし続け、
特にかつての英雄と結婚している精霊達を何度も鼻で笑い、大馬鹿者だと罵った。
しかし、一向にめげる様子無く構ってくる英雄に次第に心を溶かし、とある一件で完堕ち。完璧に惚れてしまったノーニャは気付いた。
今までの発言態度全てが、自分の首を絞めていることに。
「………あれだけ人間嫌い嫌い言っておいて……今更、人間に惚れちゃいました?むり………恥ずかしすぎて死ぬ………シェイルの告白は昔断っちゃってそれ以来してくる気配も無いし………」
「圧倒的自業自得ですね。諦めてあなたから告白しなさい」
「……………嫌」
「………英雄様は、最近は例の聖女様と随分仲がよろしいんですね。まあ、聖女ならば英雄とも釣り合いますし、彼女が結婚相手でも申し分な……いや、ごめんなさい。泣かないで、冗談だからガチ泣きは止めてください。心に来ます」
クールな闇の精霊は何処へやら。今そこに居るのは初めての恋に様々な障害が付きまとってうろたえている可愛らしい少女だった。
精霊王は内心で『これが見たかった……ッ!』と吠えて鼻血を流しながらも、ノーニャへ教唆する。
「しかし、このままではその結末もあり得なくないという事です。英雄はモテます。このままあなたが、ただの契約精霊であり続けるのであれば、横からかすめ取られてもおかしくありません」
「うう……どうすれば……こくはく……はずかしい……むり……」
「そう臆病になることはありません、ほら、まずはこれで練習してみましょう。等身大シェイル人形です」
「………それ、欲し……………な、なんでもない」
無いと思っていた願いが横から現れて、邪神討伐の報酬それが良いですなんて口走りそうになったのを何とか堪えて、目の前に置かれた英雄人形を真っすぐ見つめる。
無機物とは頭で理解しているが、好きな人と全く同じ見た目をしているのだから胸が高鳴らないわけが無かった。ノーニャは何とか言葉を捻り出そうとするが、喉でつっかえ続ける。
「し、シェイル……す、す、す………」
しかし、本物が前ではもはや考えるだけで顔が真っ赤になるその愛の言葉も、人形相手ならなんとかひねり出せそうになる。そのまま、成長への一歩を踏みしめるーーーといったところで、遂にノーニャの許容量が限界になった。
「む、むりいいいいいいいいいっ!!」
ノーニャは今までの上げたことも無いような叫びと共に、紅いカーペットの上を疾走して逃げ出していった。精霊王が止める間もなく、扉を開いて下界へ降りて行ったノーニャに、精霊王ははあ、と深くため息を吐いた。
***
ノーニャが立ち去って、少し後。
「ごめんなさいね。あなたは直ぐにでも想いを伝えたいでしょうに」
精霊王は誰もいない正面に向かって徐に言葉を投げかけた。否、彼女が話しかけているのは玉座の裏でずっと待機していた英雄、シェイルに向けてだった。
「これもノーニャのため……なんですよね」
「ええ、あの子はかつて人間に裏切られ、その心を閉じてしまいました。そして暴走した闇の力は、人々に厄災を齎した………今でこそあなたのお陰で安定していますが、あの子が真に清らかな存在となるためには……」
「人間に対して完全に心を開かなければいけない」
「ええ。最愛あなたにすら、あの子はツンケンした態度を取ってしまいます。それもかつての裏切りの記憶から来ているものでしょう」
「つまり、僕にノーニャが素直に想いを伝える………それが出来たとき、彼女の心の闇は真に払われたものという事になる、と」
「はい。しかし、やはり自然回復の見込みはありません。以前から話していた荒療治をさせて頂きます。今日これより、世界中の精霊たちが協力し、その権能を使ってあなたと闇の精霊がイチャコラ出来る状況を無数に作り上げます。作為的なラッキースケベに、作為的な偶然、作為的なロマンチックを引き起こし、ノーニャの心の壁を取り払います」
「…………精霊王様楽しんでません……?」
「それでは英雄シェイルよ、あの子を頼みましたよ。存分にイチャイチャして私を楽しませ………げふん、あの子の心の闇を取り払うのです」
「無視られたし、本音漏れてるし……」
これは中々素直になれないまま、恋人でもないのに様々なイベントが何故か発生し、こんな破廉恥な……とは言うが満更でない闇の精霊と、全部知っている上でこれはこれで良しと楽しむ英雄の、傍迷惑な何でお前ら付き合ってないんだよな物語である。
没理由「シェイルが男。」