執事、危険を感じる
(あれは、お嬢様ですね…。)
会場の出口から、ふんわりとウェーブかかった青い紙をなびかせた少女が歩いてくる。
終了時刻には、まだ早い時間だ。
(試験は、うまく行ったようですね。)
お褒めの言葉を告げようと足早に私は、お嬢様に近づきます。
「?」
笑顔でお迎えしようと思い、お嬢様の前に立ったのですが…様子がおかしいです。
「どうかされましたか?お嬢様。」
どこか暗い表情をするお嬢様に私は、そっと声をかける。
するとお嬢様は、ポツリポツリと話し始めて下さいました。
「それがね…」
話を聞いて私は、驚き声が出せません。
(お嬢様の記憶の間違いは無いはずです。)
見抜けなかった事は問題ですが、殿下にお嬢様が負けるとは思えません。
それに、お嬢様の席の横が殿下というのも少し気になります。
カンニング防止の為、仲のいい友達や近親者などが隣同士になる事は基本的に無いように席順は決められている。
そんなわけで、お嬢様の横に婚約者である殿下が隣になる事はありえない。
(そして、お嬢様の隣の女性…)
自慢ではありませんが、お嬢様は優秀な生徒です。
お嬢様程の成績をお持ちの方は数名しかおらず、その方の事はお嬢様もご存知のはずです。
(ですが、お嬢様は知らないと言っておられました…)
さらに不思議なことにお嬢様は、見たこと無い生徒だともお伝えして下さいました。
「という事なの。
自分の記憶がおかしいのかと気になってしまってね。」
お嬢様は最後まで伝えられたようで、静かに息を吐き出しました。
その落ち込んだご様子に、何かお嬢様を喜ばせてあげられる事はないかと考えます。
(何がいいでしょうか…。
やっぱり、お好きなデザートをご用意してあげる事でしょうか。)
お嬢様に食べたいデザートをお聞きしようと口を開きます。
「‼︎」
(何者かに見られている…?)
はっきりとは分かりませんが、誰かにジッと見られているような視線を感じます。
方角を知るため、気配を探る。
(気配がない…。
しかもこの感じは…殺気ですね。)
困った事にこの殺気は、お嬢様に向けられているようです。
ご自身では気がつかれておられないようですが、お嬢様の権力は凄い。
国の宰相を任される名家の娘というだけでも力がある上に、ご自身も王子の婚約者。
拐えば巨額の身代金を手に入れられる事は間違いない。
だが、お嬢様に向けられる刺客のほとんどは暗殺者。
権力を求める者にとっては、侯爵家と王家の結婚は邪魔以外の何物でもない
(近づいくる感じはありませんね…。)
お嬢様を危険から守るため、さりげなく自身の懐にお嬢様が入るよう動く。
「ごめんなさい…。」
胸元辺りから、お嬢様の謝る声が聞こえる。
(あぁ、シュンとしてしまって…。
お早くお部屋にお連れして、お好きなデザートときゅうりを食べさせてあげましょう。)
そう思いお嬢様に語りかけようとした時、潜んでいる気配が動いた。
ここは、危険ですね。
急ぎお嬢様の腕を掴み私は、寮の部屋に歩き出す。
きつく引っ張るようになってしまったので、お嬢様は少しつんのめる。
「…。」
(珍しいですね。お嬢様が、お怒りにならないなんて。)
お嬢様も危険を感じているのだろうか、何も言わずついてきて下さる。
(腕が痛いかと思いますが、もう少しだけ我慢して下さいね。お嬢様…‼︎)
心の中でお嬢様に謝り、さらに速度を上げて帰路を急いだ。