お嬢様、お時間です。
「こちらからの挨拶は、初めてですよね。お嬢様。」
「ええ、そうよ。
何をするつもりなの?エリアス。」
「前回の後書きを読まれていない方にお伝えしておこうと思いまして…。」
「おい、お前いい加減にしろよ。
クソ執事。」
「お嬢様‼︎何というお言葉を…。
これ以上ここにいては危険なようです。
手短にお伝え致します。
この後のお話は、1週間後の試験突入編になります。
楽しんでお読みいただけたら、とても嬉しいです。」
バタバタ…
「さ、お嬢様。
行きましょう!早く‼︎」
1週間に渡り行われた特別授業を終えて、いよいよ今日は学年試験。
学年試験は、学園に入学した年ごとにに行われる。
つまり、今日は一日中バカ王子と一緒という事になる。
(気分が最悪よ…。ほんの数分話すだけでも、嫌すぎるのに一日中近くにいるなんて…。)
朝からずっと、気が滅入っている。
その上、殿下に会うのは、昼食に誘われた日以来になる。
そこまでの期間、王子と顔を合わせないのは珍しい。
(だから、余計に嫌なのよね…)
嫌いな奴がいない事に慣れたのに、また顔を合わすなんて気分が上がるわけはない。
「フゥ…。
これ以上、逃げても仕方ないわよね。」
朝起きた時から気分が底辺にあった私は、中庭に朝食を持ち込みティータイムをとっていた。
気分を変えるため、試験開始のギリギリまで過ごそうとしていたけれどあまり意味はなかった。
(そんな事で、気分が上がるわけないわよね…。
はぁー…。嫌だわ)
また一つ、心の中でため息を吐く。
少しでも爽やかな気持ちになれるようにと淹れた紅茶は、まだ半分も減っていない。
(完全に冷め切ってしまっているわよね…)
どうせならアイスティーにして貰えば良かったと後悔していたら、エリアスがタイミングよく現れる。
「お嬢様、お時間です。
まだ時間はありますのでゆっくりで大丈夫ですが、ご準備ください。」
「そっちなのね…。
てっきり冷めたハーブティーの代わりに、アイスで用意してくれたのかと思ったわ。」
「お嬢様のそっちの片側が、何か分かり兼ねますが…。
ハーブティーのアイスをお飲みになりたいのですね。」
かしこまりました…と、エリアスは指を鳴らす。
彼の手元にトレーが現れ、その上にはアイスのハーブティー。
(魔力主体の魔法は、使ってはいけないと私には言ったくせに。)
「あまり人目につかないように使いなさいよ。
魔法で作り出す事は見られると、流石に困るわ。
そんな事出来る人間は、ほとんどいないわ」
「心得ておりますよ、お嬢様。
それと、1つ。
ハーブティーは、魔法で作り出してはいませんよ。
お部屋にあるお嬢様の好きなハーブを使っています。」
魔力だけですと、味が落ちますからね。と続けながらエリアスは私に、コップを渡す。
(ここから離れた場所で、作成したものを持って来た事よね。コイツの魔力、どうなってんのよ。
空間移転魔法なんて、私の知る範疇ですらないわ)
コップに刺さるストローから、一気にハーブティーを流し込む。
今まで気にした事なんて無かったけれど、ほんの少しだけ、エリアスの正体が気になった。
(死んだ人間を蘇らせて、過去に戻した程なのだから、空間移転魔法なんて造作もない事なんでしょうね)
カラン…と、氷の当たる音が鳴ったグラスをエリアスに渡して、私は立ち上がる。
「行きましょうか、エリアス。」
「御意のままに。」
覚悟を決めて進む、私の足元からグシャッと芝生の踏む音が強く聞こえた。
ーーーーーーー…
試験会場
私達の学年試験が行われるのは、体育館の中。
スポーツを楽しむ事が出来るだだっ広い館内も今日は、姿を変えている。
試験は2部制になっていて、午前が座学、午後が実技。
階段状に連なる机が、学園の規模を感じさせる。
(今更ながらに、大きな学校よね。)
机の上に書かれている数字を頼りに、自分の席を探す。
少し手間取っているのを見兼ねて、エリアスが声をかける。
「…お嬢様。
右側三列目の真ん中が、お嬢様の席になります。」
「そう。
助かったわ、エリアス。」
(右側三列目…ここね。)
席を見つけ、荷物を机の下に置く。
「もういいわ。下がって、エリアス。」
試験中の執事の入室は認められていない。
試験開始の時間でも無いので、まだ下がらせなければならない事もないが、長机の真ん中の席に入らせるわけにもいかない。
下がるように命じられたエリアスは、頭を下げて私に迎えの時間を聞く。
「はい。
お迎えのお時間はいかがなさいましょうか?」
「午前中の試験が終わる時刻に、入り口に来て頂戴。」
「かしこまりました。
それでは、失礼致しますね。お嬢様。
試験のご武運、願っております。」
再度頭を下げて、今度こそエリアスは、館内を出る。
(ご武運って戦うわけじゃないわよ。
戦うといえば戦うになるのかしら…?
まぁ、なんでもいいわね。
とりあえず、頑張りましょうか。)
軽く伸びをして、試験に必要な道具を机の上に取り出していく。
(そういえば、隣は誰なのかしら?)
長椅子の両端にも、生徒が座る事になっていたはずだが、片側にしか座っていない。
右側には既に、私より少し年上そうな女の子が座っている。
「こんな時でも、同じなんて僕達はやっぱり運命の2人なんだね」
「ッ‼︎」
肩に手をかけられ、背中からよく知る声がかけられる。
(この声点…まさかッ⁉︎)
あまりの衝撃か、頭がついていかないが、間違えたりはしない。
「まさか、お隣に触れる日が来るなんて思ってもいませんでした。
この運命に、感謝致しますわ。殿下」
呪われた午前中が、今確定した。
立ち上がり優雅に挨拶をしたが、心の中では勿論違う。
「この運命を呪いのように感じますわ、殿下。
どうぞ、試験ひどい成績を収めて下さい。
そして、今すぐここから去って下さい。」
と、心の中で殿下に伝え、同じく心の中で全力アッパーをかけておいた。