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Chapter.Ⅴ クライマックス

 Chapter.Ⅴ クライマックス

 

 

「……奥だ」パシェックは弱く言った。黒服は銃を下ろす。そして、銃を握った手で、目の前の男の頭を殴りつけた。

「ぐぁっ」パシェックは短く呻き、再び倒れた。

「……しばらく、そうしていろ」黒服はパシェックを見下ろして呟いた。そして背を向け、パシェックの言ったとおり、奥へと歩き出した。

 この廃墟はそんなに大きくない。したがって部屋数も多くない。虱潰しに探しても、大した労力にはならないだろう。

 黒服は一番奥の部屋まで進んだ。そして、ドアを開ける。いきなり、左から何かが襲い掛かってきた。リオンか、と一瞬思い、銃を使わずに対処した。一撃をかわし、投げ飛ばす。

「うぁっっ!」声からして、男。投げた感触からして、かなり重い。

 黒服は自分がたった今投げ飛ばした男に近付き、その襟を掴んで立たせた。

「……お前は誰だ?」

「……」その太った男は答えなかった。襟を掴まれ、苦しそうにしているだけだった。

「リオンは何処だ?」

「……な、何の事だか……うげゃぁっっ!」

 黒服はその男の右太腿を、銃で撃っていた。鮮血が、飛び散る。

「言え」相変わらず、無感情だった。

「この、部屋の……」男は苦痛に顔を歪めながら、自分がさっき出てきた部屋を指した。

 黒服は男の襟を離した。瞬間、崩れ落ちる。右足を押さえ、呻いていた。その男に構わず、黒服は部屋へ入った。

 彼の目当てのものは、そこにあった。

「……リオン」黒服はそう呟いた。リオンは、怯えたように後退る。しかし、その体はすでに壁にくっついていた。

「さあ、帰るぞ」無表情のまま、差し出される手。リオンはそれを拒否して、後退る。

「いや……」恐怖と、嫌悪と、怒りが篭った瞳で、黒服を睨む。

「もう遊びは終わりだ。お前が抗うなら、あの男たちを殺す」黒服のその言葉に、リオンは反応した。それを実行する力がこの男にある事を、彼女は知っていた。今までそのチャンスがあっても、見逃していた事も。

「それに」黒服が何か言いながら、リオンに近付いた時だった。

「その通り、ゲームオーバーだ」黒服は振り返った。その手には銃が握られていた。しかし、それは遅すぎた。

 銃声が響き、黒服の体は何かに突き飛ばされたように飛んだ。壁に当たり、その後うつ伏せに倒れた。

 部屋の出入り口に、散弾銃を抱えたパシェックが立っていた。その後ろで、アビムが青い顔をしながら苦笑いをして座っていた。

 

 気絶したフリの演技力というものは、中々使える。実際この男の一撃はかなり痛かったが、俺は気を保っていた。もう少しで本当に気絶するところだった。

 アビムのトラックに戻ると、案の定まだ武器は残っていた。奴がこれから密売するつもりだったのであろう品々が。あまり詳しくは無いので、とにかく一番大きいものを頂いてきた。

 俺は、静まり返った部屋の中を見回した。驚いているリオン。うつ伏せになったまま動かない黒服の男。俺の後ろで足を痙攣させているアビム……半分は演技だろう。

……とにかく、早いとこここから逃げたほうが良さそうだ。トラックは使えないし、アビムは走れないだろう。俺たちの逃走スピードは劇的に遅くなる。追っ手がこの黒服だけとは限らない。第二、第三の刺客が来るだろう。……急いで損は無い。

「……リオン、」俺は少しの沈黙を破った。それに続けて、何か言おうとした。しかし、そこで違和感に気付いた。

 ……血が出ていない……

 俺が気付くのと、黒服が起き上がったのは、前者のほうが少しだけ早かった。しかし、俺は少し茫然自失していた。……なぜ?……少し考えれば、わかる事のはずだったのだが……

 黒服は立ち上がると、俺を睨みつけた。さすがに無表情ではない。俺は危機感を察知した。……が、その瞬間、俺の手中にあった散弾銃は蹴飛ばされていた。狙ったかのように、部屋の隅に飛んでいく。そこからは黒服が一番近い。

 続いて、俺が飛ばされた。またしても蹴られた、と実感したのは、倒れてからだった。……アビムの上に。

「ぃっいいててててっぇえっっ!」アビムが悲鳴を上げる。

 俺が起き上がった時、目の前には黒服が立っていた。やや小さめの銃を俺に向けて。小さいが、人を殺すのに十分な大きさである事は明確だった。

「……関わるな、と言ったはずだ」黒服は俺を睨みつけた。黒いスーツには、弾痕が幾つもついている。

「……防弾か?」できるだけ、冷静に。

「それもある」そうはっきり言ってから、黒服は俺を再び蹴飛ばした。腹だ。一瞬気が遠くなる。またアビムの足の上に倒れたらしく、悲鳴(あげゃぎゃあぁぁあっ!)が聞こえた。

「畜生……」死を、意識した。

 黒服は視線を俺から移した。リオンの方に。俺もそれにつられる。リオンは移動していた。走る姿が見えた。そう、散弾銃を取ろうとしていた。

「リオンッ!」俺は条件反射的に叫んだ。

黒服が発砲した。足を狙ったらしい。何故わかるのかと言うと、リオンの足に当たったからだ。彼女は体制を崩し、倒れた。しかしその場所からは、散弾銃に手が届いた。リオンはそれを取り、黒服の方に向けた。

「……何のつもりだ?」黒服は、無感情に戻っていた。そして、少し移動する。俺と、リオンと、黒服で三角形ができていた。アビムは俺の後ろでまだうめいている。俺に対する恨み言(……だからやめとけって……あぶねえって……言ってたのに……)も少し聞こえていた。

「……撃つわよ」そう言ったリオンの顔は、苦痛が表れていた。アンドロイドでも、痛みを感じるようだ。デリケートなところまで、人間に模してあるのだろうか。

「撃てない。撃てたとしても、私には当たらない。無意味だ」抑揚の無い声が響く。

 少し、膠着状態になる。それぞれが、それぞれの出方を見守っていた。それを破ったのは、黒服だった。

「もう、やめにしないか。誰にもメリットが無い」そう言って、俺を見てきた。俺は睨んでやった。当然のように、意に介してはいなかった。

「無駄に人間を殺したくは無い。無駄にアンドロイドを壊したくは無い。だが……もう、お前らが抵抗する事に意味は無い。それでも続けるなら、強硬手段を取るぞ」最後に、俺に強い視線を送った。

「やってみろよ」俺は言った。言ってから、少し後悔した。後ろから、「バカ!」という小さい声がした。

 黒服は大きく息をついた。「やれやれ」とでも言いたげな仕草だ。表情も、それなりに変わっていた。

「……リオンを守る事に何の意味がある? 手荒な真似をして壊れたとしても、修理すれば済む話だ。仮に逃げおおせたとしても、同じ型の物を造ればいい。……リオンは、この世界でたった一つのものというわけじゃないんだからな」その淡々とした言葉は、少なからず俺にショックを与えた。

 直せばいい、造ればいい……それならば、確かに俺のしている事は、全く無意味だ。ただ、少し迷惑なだけ……

「……それでも」リオンの声がした。依然として、銃を構えている。「それでも、この人を知っている私は一人だけだよ」その眼には、先ほどまで無かった涙があった。

「そうか。それなら……仕方無いな」その言葉を言い終えると同時に、黒服はリオンへの距離を詰めた。リオンがそれを見て引き金を引く。ついさっき響いた銃声が再び。俺はその音の直後に、黒服に飛び掛っていた。

 黒服の首に腕を回した。奴はそれに気付いて、背負い投げのように俺を回転させる。リオンは銃を持ったまま、黒服から逃げていた。黒服は俺を倒し、馬乗りになる。背中いてえっ。その手に銃は握られていない。右を見ると、手が届かない位置に銃が転がっていた。動転したままそれに手を伸ばした。黒服の拳が飛んでくる。いてっ! 頬を殴られ、恐らく奥歯がいった。そこで、俺への攻撃は一時停止した。黒服はリオンの方を見る。彼女はさっきまで俺がいた場所、つまりアビムの傍らで銃をこっちに向けていた。アビムは室内の光景を震えながら傍観していた。……とんでもない事に巻き込んじまってすまない。心の中で一応詫びた。

「……彼から、離れて!」

 黒服はその言葉を聞き、俺の体を持ち上げた。ちょうど盾にするように。さらに腕を首に廻す。チョークスリーパーだ。苦しい。

「銃を下ろせ」俺の後ろで声がする。リオンはそれに従わなかった。

「もう、無駄な事はやめろ。この男を犠牲にしてまで、僅かな自由が欲しいのか?」その声は、もう無感情ではなかった。

「……」リオンは黙ったままだ。どうすればいいのかを、迷っている。

「撃ってもいいぞ」俺は小さく言った。それと同時に、口から血が出る。やはり歯がいっているようだ。

リオンはその言葉を聞き、引き金を引いた……そんなはずは無い。余計に迷いを増しただけのようだった。

「強がるな。意味が無い」後ろから警告。……意味が無いだと?

「……俺が死んだとしても、お前も死ねばリオンは逃げられる。……どうせろくでもない命だ。今更惜しくなんか無いさ」俺はなお、強がった。意地を張っているのかもしれない。

「……たとえリオンが私たちに向け引き金を引いても、死ぬのはお前だけだ。私は死なない」

「そうかな。あの銃はなかなか性能がいい。俺を盾にしても、貫通してお前に当たるぜ」根拠は無い。ほとんどカマに近かった。

「そうだとしても、私は死なない」何だか、声に抑揚が無くなってきた。さっきまでは、少し感情が表れていたのだが……この男にしては、だが。

「どうしてそう言える?」言ってから、俺は防弾チョッキか、と思った。それほど高性能なものを、全身に着けているというのか……?

「私も、アンドロイドだからだ」

 俺は反射的に後ろに首を回した。腕がさらに締まった。

「ぐっ……」すぐに楽になる。もちろん逃げ出せない程度に締められていて、多少は息苦しい。

 視界にリオンが映る。彼女もまた、驚いていた。

「どういう事?」力なく、リオンは呟いた。

「そのままの意味だ。私は人間ではない。アンドロイドだ。お前とは少し違うがな」黒服は、何でも無い事のように、喋る。「……だから、人間よりは強靭だ。そのくらいの銃だったら、耐えられる」

 俺は言葉を失った。機械みたいな奴だとは思っていたが、本当に機械だったとは……冗談にもならない。

「……さあ、もうやめろ。お前らのしている事は、無駄なものだ。その銃を撃ったところで、この男が死ぬだけだ」締める力が強まった。思わず眉間に皺を寄せる。

 リオンは、銃を下ろしてはいなかった。しかし、その身はとても頼りなく見えた。

 俺も、かなり混乱している。解決策が見当たらない。何をしても、上手くいかないだろう。俺の身を犠牲にしても、この黒服は死なない。いや、壊れないと言うべきか。

 リオンはまだ構えている。俺は何か言葉をかけようと思ったが、声が出なかった。どんな言葉を選べばいいのかわからなかった。

「……わかった。もうやめる」小さい声で、リオンは呟いた。

「リオン!」俺は叫んでいた。

「パシェック……」リオンは銃を下ろさずに、俺を見た。涙は乾いていなかった。

「これだけは信じて。私、嬉しかったよ。心から、笑いたくなったよ……あなたのした事は、無駄じゃなかったよ?」震える声で、リオンは喋った。新たに溢れた涙が、頬を伝った。

「……」俺は無言でそれを聞いていた。無駄じゃなかった? いいや、無駄だったさ。このまま彼女があの館に戻ってしまったら、何も変わっていない。

「……本当に、ありがとう…………サヨナラ」そう言った後、彼女ははっきりと笑った。始めて見たかもしれない、混じりの無い笑顔だった。……サヨナラ?

 リオンは銃を下ろした。そして、銃口を自分の胸に向ける。銃身が長い散弾銃なので、地面に置き、固定していた。何をしようとしているのかは、はっきりとわかった。

「やめろっ!」俺と、黒服が同時に叫んでいた。黒服の手は、俺を放していた。二人とも座っていたので、すぐには飛び掛れなかった。

 その間に、銃声は響いた。

 

 


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