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Chapter.Ⅳ 人間とアンドロイド

 Chapter.Ⅳ 人間とアンドロイド

 

 

 午後六時二分。リオンは眠っていた。「体力」が一定以上減ると、自動的に眠るようになっている。パシェックと出会った時も、この状態だった。寝息を立て、普通の人間のように眠っていた。

 その穏やかな休息は、爆音で破られた。

 爆発音を聞き、リオンは目を覚ました。何が起こったのかを、理解する事はできなかった。とりあえず、この家は無事らしい。

 次に、窓を開けた。そこからの風景に異常は無い。でも、かなり近くで何かが起きたはずだ。一応、リオンは身支度をした。いつでも避難できるように。

 次に、ドアを開けた。誰かが騒いでいる声がする。しかし、誰の姿も見えない。リオンはドアを閉じた。

 ……テロでも起こったのだろうか。この平和な街で……

 リオンは少し考えたが、そういう事態は想像出来なかった。

 ノック音がした。それは別に特別な事ではない。この部屋にノック無しで入ってくるのは、「ゴシュジンサマ」だけだった。他の人間たち、黒服や女中は、ちゃんとノックをする。しかし、リオンは驚いていた。なぜなら、それは窓の方から聞こえたからだ。

 恐る恐る、リオンは窓に近付いた。誰も、いない。窓を開けた。上から、人影が現れた。

「キャッ!」リオンは小さく叫んだ。あっという間に、その影は部屋に入り込んだ。

「……俺だよ」パシェックはそう言って、笑顔を見せた。

 

「……どうして?」少し間を置いて、リオンはそう言った。その顔は、笑っていない。

「リオンを連れ出しに来た」俺は正直に答えた。

「もう……もういいって言ったでしょ?……危ないから……」リオンは俺から眼を逸らした。少し泣き声になっていた。

「違う。俺がこうしたいんだ。俺が、リオンの傍に居たいんだ……お前が諦めても……俺はリオンをここから連れ出したい」リオンは、俺を見た。少し驚いて。

「さあ、行こう」俺はリオンの手を掴んだ。

「でも……」リオンは、少し戸惑う。

「大丈夫。注意を逸らしておいてある」俺は、微笑した。

「ひょっとして、さっきの……」

「そう。俺の仲間がやったんだ。だから、今なら逃げられる」リオンは、また少し戸惑った後、頷いた。

「よし。窓から降りるぞ」俺は窓の近くに足を進めた。

「どうやって?」リオンがもっともな事を聞いてくる。

「……飛ぶんだ」俺は、リオンを抱きかかえた。いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。……少し重い。初めて会った時も思ったが。……多分、彼女が人間ではないからだろう。

「ちょ、ちょっと!」リオンは少し抵抗する。俺は構わず、窓枠に足をかけた。……二階だから、問題は無いはずだ。

「……何するの?」少し怯えた声だった。

「だから、飛ぶんだよ。……行くぞ」俺はリオンの返事を待たずに、窓から飛び降りた。

「えっ……ああっ! うあああっっ!」短い悲鳴が上がった。

 着地する。同時に走り出す。気休めでもいいから、衝撃を分散させたかった。リオンを見ると、泣きそうな顔になっていた。

「ちょっと、怖かったか?」

「……すごく。死ぬつもりなのかと思った……」俺はそれを聞いて、少し笑った。そして、後ろを振り返った。気付いている者はいないようだった。

 バイクのところまで辿り着き、俺が先に乗った。次いで、リオンを乗せる。彼女は俺のみぞおちあたりで手を組んだ。リオンが居た館の方を見ると、まだ煙が上がっていた。

 アビムが爆弾を館の近くで爆発させる。もちろん、怪我人、死人が出ないように注意する。その爆発で軽いパニックになっているところに侵入する。リオンを抱いて二階から飛び降り、バイクに乗って逃げる。三十分後に、アビムと待ち合わせてトラックに乗り込み、ひたすら逃げる。しばらく逃げたら、アビムと別れる。俺はリオンとバイクに乗り、逃走を続ける。アビムはどこか別の街で仕事を探す……こんな感じの、単純、幼稚、体当たりの作戦だった。だからこそ、成功したのかもしれない。……いや、まだ成功はしていない。今のところ失敗していないだけだ。

「準備いいか?」俺は後ろに尋ねた。

「……うん」リオンが頷いたのも、感じ取れた。俺はバイクを発進させた。

「いろいろ……中途半端な真似して悪かったな。……でも、今はもう迷っていない。ずっと、リオンの傍に居るよ」

「……うん。でも……」

「何だ?」

「私は……機械なんだよ……?」風の音がうるさかったが、聞こえた。

「……知ってるさ。アンドロイドなんだろ? でも、そんな事は関係無い。お前はリオンだ」

「……よく、わからないよ……」リオンは泣いているようだ。今までは急展開で、ゆっくり考える暇が無かったのかもしれない。今、落ち着いてみて、だんだんと迷いが生じてきているのだろうか。

「悪いけど、引き返すつもりは無い。これは、俺が望んでやっている事なんだから」

「……どうして?」

「きっと、リオンが好きだからだ」俺は振り返らずに言った。

「……スキ?」

「そう、好き。だから傍に居たい。簡単で、単純だろ?」

「でも……私は……」

「アンドロイドでも、人間でも関係無い。俺はリオンが好きなんだ。本当に、それだけだ。……迷惑かもしれないけど、今は絶対に離さない」

 沈黙が続いた。実際には、風の音がうるさかったが。

 目的地に着き、俺たちはバイクから降りた。アビムの姿はまだ見えない。

 スターナとバグロの中間地点。廃墟を思わせる、人気の無い場所。肝試しにはもってこいだ。もうすぐしたら、アビムが来る。そのトラックに乗り、バグロを突っ切って、さらに遠くへ。……その前に、追っ手が来ない事を祈る。

 リオンはバイクを降りた後、地面にしゃがみ込んでいた。枯れた木の下で、俯いている。

「……もう一度、聞いていい?」リオンは俺を見た。

「何だ?」

「どうして、こんな事するの?」

「だから、リオンの事が好きだからだ。それだけだよ」

「嘘だよ……私は、人間じゃないんだよ? 只の機械だよ?……」リオンは目を潤ませていた。

「……それでも、構わない。おかしいのかもしれないけど、こうしたい。リオンの傍に居たい。……それとも、俺と一緒に居るのは嫌か?」俺のその言葉に、リオンは首を横に振った。

「でも、私は……人間じゃない。あなたと、土には帰れない。……それが、嫌」リオンは体を小さく震わせて言った。その眼に、少しずつ涙が溜まっていく。

「……」俺は無言でリオンに近付いた。そして、彼女の前にしゃがみ込む。リオンと、目が合った。

「本当はね、嬉しいんだと思う。そんな風に言われたの、初めてだから……でも私は、アンドロイドだから……造られた物だから……あなたと、幸せになる事はできないよ」リオンはまた俯いた。

「……お前は、人間だよ」俺は静かに言った。その言葉に、リオンは反応する。涙の溜まった眼で俺を見て、首を横に振る。

「だから……私は……」

「リオンは確かにヒトじゃない。でも、人間だ。……俺の言いたい事、わかるか?」リオンは俺を見ながら、また首を横に振った。

「涙を流して、怖がって、たくさん悩んで、傷付いてる。……これはもう、人間って言っていいんじゃないか?」

「それは……私がそういう風に造られたから……」

「ヒトだって同じだ。ヒトから作られて、ヒトから教えられて性格を作っていく。そうやって人間になっていくんだ。それに失敗した奴も、たくさんいる。……感情が持てない奴や、泣き方や笑い方がわからない奴。……つまり」俺はリオンを見た。まだ、不可解そうな顔をしている。当たり前だ。俺だって自分の言っている事がよくわからなくなってきている。「お前は人間だ。……生きてもいいんだ」

 リオンは、少し考えるように俯いた。風の音が聞こえた。

「よく、わからないよ……」

「俺だって、実のところはよくわかっていない」俺は、少し笑った。

 風の音が強くなった。

「……これからどうするの?」リオンが聞いてきた。

「俺の知り合いが、もうすぐここに来る。そいつはトラックを持ってるから、それに乗せてもらう。それで、逃げる。……何処まででも」

「……上手くいくかな」

「それはわからない。でも」俺が何か言いかけた時だった。

 スターナの方から、見覚えのあるトラックが走ってくるのが見えた。

「来たぞ」俺は立ち上がった。それを見て、リオンも立ち上がる。

 トラックは俺たちの前で止まった。運転席から、太った男が降りてくる。

「上手くいったようだな」アビムは笑顔を見せた。

「ああ……早いとこ、出発しよう。何かが追いかけてくるかもしれないからな」俺は素っ気無く答えた。

「……あんたが、リオンさんか?」アビムは俺の隣に視線を移した。

「……はい」

「俺はアビム。話はこいつから聞いてるよ。……よく知らないけど……まあ、後でいろいろ考えればいいさ。今は逃げようぜ」語尾が少し震えていた。アビムは、本当は臆病なのだ。本音を言えば、今すぐ逃げ出したいところだろう。しかしそれに耐えて、俺に協力してくれたのだ。今更になって、ようやく素直な感謝の念が湧いた。

「ありがとう、ございます」リオンは俯いてアビムに礼を言った。

「いいよ、そんな……じゃ」アビムは俺を見た。俺は頷いて応えた。

パスッ

 という、乾いた音。

 何なのか、割とすぐにわかった。

 トラックが、少しずつ傾いていく。

右後ろのタイヤが、潰れていっていた。

 誰も、何も言わなかった。

 リオンがスターナの方角に顔を向けた。

 俺とアビムも、それにつられるように首を捻る。

 遥か遠くに、一台の車が見えた。

運転席から、黒服の男が半身を出している。

 その手には、何か黒い物が握られていた。

 それが拳銃である事に気付くくらいまで車が近付くのに、五秒とかからなかった。

「パシェック……やべえぞ」アビムが沈黙を破った。

 それからも、少し俺は判断が鈍った。

「……逃げるぞ。このトラックは、もう使えないよな?」俺はアビムを見た。

「……こんなんで走るのは、自殺行為だ」口調に大した変化は無かったが、狼狽しているのは見ればわかる。

 ……何処に逃げればいい?……バイクで走ったって、確実に追いつかれる……

「あそこに入るぞ!」俺は一つの廃墟を指差した。と同時に、足を向けていた。アビムがついてくる。しかし、リオンは動かなかった。

「リオン!」俺は彼女の手を掴んだ。引っ張ると、抵抗は無かった。しかし、逃げようという意思も無いようだ。

「……逃げて」リオンは俺に言った……犠牲になるつもりなのか?

「お前もだ!」そう言って、俺はさらに強く引いた。また何かを言いかけたが、無視した。

 廃墟の中。家具は一切無い。従って、隠れる場所も無い……どうする?

「どうすんだよ……」俺の考えた事を、アビムは聞いてきた。

「武器、あるか?」

「一応な……」そう言って、アビムは拳銃を一丁取り出して、俺に渡した。

「彼女を頼む。もっと奥に隠れてろ……ちょっと様子を見てくる」俺はそう言って、出入口へと足を向けた。

「待って!」リオンだ。俺は振り返った。

「もう、いいよ……私のせいで……こんな……」泣き声になっていた。

「何度も言わすなよ。お前の為じゃない。俺の為にやってるんだ」俺はそれだけ言って、二人に背を向けた。少しして、奥へと下がっていく足音が聞こえた。

出入口の横に体を付け、もう暗くなっている外を覗き込んだ。車がトラックの傍に止まっていた。誰も乗っていない。恐らくあの黒服はこの辺りを探しているんだろう。

俺がちょうど銃を握り直した時だった。横から何かに押された。倒れてから、正確には蹴られたのだとわかった。見ると、出入り口のところに予想通りの男が立っていた。

「これ以上首を突っ込むな、と言ったはずだ」黒服は俺に銃を構えていた。

……いつの間に近付きやがった?

 思考がワンテンポずれている。まずい。しっかりしろ。

「……頭が悪くてな……やめろと言われても、やめられないんだ」精一杯、強がった。無表情は変わらなかった。

「最後のチャンスだ……リオンは何処だ?」少し、眼に力が込められた。

「……自分で探せよ」そう言って、俺は立ち上がろうとした。

黒服は、俺の肩の辺りを蹴った。蹴った、と言うより、足の裏で押した感じだった。俺は再び倒れた。そこから再び起き上がろうとすると、黒服は俺の額に銃口を当てた。

「もう一度聞く。リオンは何処だ?」機械的な抑揚の無い声。

 俺は……  Ⅰ 「……奥だ」と弱めに言った。

       Ⅱ 「知らねえよ」と強く言った。


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