ひだまりの笑顔
題名 ひだまりの笑顔
作者 umi
ハァー…ハァー…優太…ゆう…た…
優太、僕はここにいるよ…
早くお散歩行って遊ぼうよ…
僕は生まれて少ししたら捨てられちゃった。
そして、どこへ行ったらいいのか分からなくて、あちこちウロウロしていた。
だけど、みんな僕を相手にしてくれなかった…
持ってるホウキで追い払おうとするとおばさんもいたし…怖かったなぁ…
僕は全力で逃げたんだよ…
ハァ、ハァ、もう大丈夫かな…
走り続けて、喉がカラカラだった…とても疲れてたし…お腹も空いてた…
人ってみんな怖いのかな…
そんなことを考えながらゆっくり歩いてると君の声が聞こえたんだよ。
がー、がー、がー、がー。
どこのお家かな?
僕は声を頼りに近づいて行った
あっ、あの子かな?(2歳の男の子)
君は庭の砂場でショベルカーに乗って、ひとり楽しく遊んでたよね。
がー、がー、がー、がー。
君の側には女の人が立っていて、洗濯物を干しながら、君が楽しそうに遊んでる光景を微笑ましく見つめていたのを今でもはっきりと覚えているよ。
これが僕たちのとても素晴らしい生活が始まるきっかけだったからね。
僕がその光景を遠くから見ていたら、君が僕に気付いてくれたんだよね。
あっ!ワンワンがいる!
ママ!ワンワン!
あれっ、ほんとね。どこのお家のワンちゃんかしら?
ワンワンおいで!
君はちょこちょこ歩きながら、少しだけ僕に近づいてきて話し掛けてくれたんだよね。
もしかしたら、この子が遊んでくれるかな?
期待を込めて僕は君に向かって精一杯声を出した
アンアン!アンアン!
しっぽも今まで振ったことがないくらいの勢いで右へ左へアピールした
わんわん、わんわん
君は僕の鳴き真似をしながら、さっきと同じようにちょこちょこ歩いてきてくれた
女の人は可愛らしい光景に笑みを浮かべながら君の後からゆっくりとついてきた
わんわん、かわいいね。
君はそう言いながら小さい手で僕の頭を撫でてくれたんだよね。
僕は君の小さい手を舐めてあげた
くしゅぐったい!
君は嬉しそうに笑ってた
ほんと、まん丸で白い毛がふわふわしてて可愛いわね。
女の人も男の子のとなりに座って僕を撫でてくれた
わんちゃんが優太のおててを舐めてるってことは、お腹空いてるのね。でも、わんちゃんのゴハンは無いからお水だけ飲ませてあげようか、優太。
じゃあ、ボクがもってくる!
重いからママが持ってきてあげようか?
だいじょうぶだよー、ボクちからもちだから!
優太はママに向かって体全体に力を入れるポーズを見せた
この男の子は"ゆうた"って言うんだ!
そして、ゆうたのとなりにいる女の人は、ゆうたのママだっていうことをその時知った
優太は容器に入った水をこぼさないようにゆっくりゆっくり持ってきてくれたよね。
はい、どうじょ。
優太は溢れるくらいの水が入った小さくて赤いバケツを僕の足元に置いてくれた
ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ
ママ!わんちゃんおみじゅのんでるよ。
喉が渇いてたのね。
首輪をしてないわんちゃんだから捨てられちゃったのかな?
えー、わんちゃん、おうちないの?
そうかもね。
かわいしょう…
わんちゃん行くところないみたいだね。優太はわんちゃんと遊びたい?
あしょびた〜い!
優太は僕の頭を撫でながら元気いっぱいの声をあげた
パパが帰って来たら、これから毎日わんちゃんと遊んでいいか聞いてみようか?
うん!ボクがきく!
じゃあ、パパが帰って来るまで時間があるから、お腹を空かせてるわんちゃんのために、ゴハンを買いに行こうね。
うん、いく!
わんちゃん、ちょっとお家の中で待っててね。
僕は優太のママに抱っこされて、お家の中に入った
わんちゃん、しゅぐかってくるから、いいこにしてまっててね。
優太は出かける前に僕の頭を撫でてくれた
その後、優太とママは手を繋ぎなから、僕のゴハンを買いに行ってきてくれた
ただいま!わんちゃん!
玄関を開けたと同時に優太の元気な声がした
そして優太は僕を抱きしめてくれた
優太のママは、一緒に買ってきたフードボールと、水を入れるボールを木の枠にセットしていた
ママ〜、ボクがわんちゃんにゴハンあげる〜。
優太はゴハンの入った袋を手渡され、こぼさないようにゆっくりとフードボールにゴハンを入れてくれた
お腹ペコペコだった僕は、入れ終わるまで待てずにゴハンに飛びついた
わんちゃん、こぼれちゃうよ〜。
それでも僕はわき目も振らず食べ続けた
優太もそのままゴハンを入れ続けてくれたから、僕の鼻の上にはゴハンがコツンコツンと当たってた
あー、お腹いっぱい!
おいしかったよ!優太
僕が食べてるところをしゃがんで見ててくれた優太に近づき、お礼に顔を舐めてあげた
くしゅぐった〜い。
優太は楽しそうに笑ってた
あの時食べたゴハンの美味しさは今も忘れないよ。
それから僕は優太の家族になったんだよね。
ピース。って名前も付けてもらって。
そして、僕のお家も砂場の横に作ってもらった
赤い屋根で周りは白い、可愛いお家
優太が選んで買ってきてくれたんだよね。
僕は最期までこのお家がお気に入りだったよ。
僕は優太が大好き。
優太は毎日僕と遊んでくれたよね。
庭のお砂場で遊んだり、お散歩へ行って公園で走り回ったり。
公園には、タコの滑り台やブランコがあって、池の真ん中の噴水がキラキラ光ってる
そして、小さな身体で僕をギュッと抱きしめてくれたのも嬉しかったよ。
公園に着くと、僕は鉄棒にリードを固定されて、優太が遊んでるところを見るのがお決まりだった
僕はタコの滑り台で楽しそうに遊んでる優太を見るのも好きだったよ。
ぴーしゅー!おもしろいよー。
ぴーしゅーもいっしょにすべろうよー。
優太はママに抱えてもらいながら何度か滑った後、タコの頭の中から僕に呼び掛けてきた
ヤダ!あの中に入って滑るなんて怖すぎるよ!
結局、一度も優太と滑り台を楽しむことは無かったけど、今となっては一回くらいは一緒に滑ってもよかったかなぁって思った
公園の端から端まで優太と僕でヘトヘトになるまで走り回って、喉が渇いたら一緒に水も飲んだよね。
優太はいつも、ぴーしゅー喉乾いたでしょ、先に飲んで!ってお水を出してくれたよね。
ほんと優太は僕のことを大切にしてくれた
そういえば、優太と過ごし始めてすぐくらいに、優太のパパとママをビックリさせちゃう出来事もあったよね。
庭で遊んでた優太がいなくなっちゃったって。
ゆうたー、ゆうたー、って叫ぶ優太のパパとママの声がしばらく聞こえてた
道路の方を探しても優太はいなくて、ママは今にも泣き出しそうな雰囲気だったよね。
優太はここにいるよ!って僕が吠えてたら暫くして、パパが小屋の中を覗いた。
パパは僕と目が合ったら、にこやかな表情を浮かべてた。
遊び疲れた優太は、僕の小屋に入ってきて僕を抱きしめたまま眠っちゃったんだよね。
数年後…
優太が大きなランドセルを背負い始めたと思ったら、いつしかランドセルの方が小さく感じる程、優太の身体は大きくなってた
優太と過ごした毎日が楽しくて幸せだった…
日が経つのが早すぎるよね、もっとゆっくりでもよかったのにね、優太。
優太の身体が大きくなっちゃったから、小屋の中で一緒に遊んだり寝たりできなくて、寂しくもあったけど、小さい時以上に優太は僕との時間を大切にしてくれてたのを感じてたよ。
毎日お散歩に行ったり、頭を撫でてもらったり、ブラシを掛けてもらったり、日々の何でもないことが、僕にとってはとてもとても素晴らしいことで幸せだったよ。
優太と出会ってから15年が過ぎ、ピースの身体は日に日に弱り、ゴハンの量も減ってきていました
それでも優太と散歩に行きたいピースは、優太の姿が見えると必死に立ち上がり小屋から出てしっぽを振ってみせました
僕は元気だよ!優太!散歩行こう!
しかし、ピースの足はブルブルと震え、立っているのがやっとの状態でした
それでも優太とお散歩に行きたいピースは一生懸命しっぽを振りました
でも、しっぽを振るスピードは弱々しく、しっぽの位置もダラリと垂れた状態でした
ピース、お散歩行きたいんだね。
そんなピースを見て優太はリードを繋いであげました
しかし、数歩歩いただけでピースは地面に座り込んでしまいました
ゴメンね…優太、僕、もう歩けないよ…
いいよ、ピース。もう頑張らなくて。
ちょっと前まであんなに元気に僕に飛びついてきてたのに…
体調の悪そうなピースの様子を見て、優太の目からは今にも涙が溢れそうでした
優太は座り込んだピースに近寄り、暫く頭を撫でてあげました
ピース、お散歩行こうね。
優太はピースに話し掛けるとピースを優しく抱き上げました
ピース…軽くなっちゃったね…
優太は僕を守るように抱え、そのまま歩き始めた
庭を出て左へ曲がったら公園まで15分の一本道が散歩コースでした
散歩コースには僕のお友達がいっぱいいた
みんなは、優太に抱かれた状態の僕を見て、心配そうに話かけてくれたよね。
どうした?ピース、最近優太とお散歩するのを見かけてなかったから心配してたんだよ。
お散歩でもよく一緒になってた柴犬のコロンが小屋から出て話しかけてくれた
大丈夫だよ。ちょっと身体がおかしいだけだから、すぐに優太と公園で走り回るんだぁ!
ピースは元気な素振りを見せて安心させようとしっぽを振ってみせました
ピースもこの時は、すぐに元気になって優太と遊べるものと思っていました
次に塀の上にいた黒猫のオハギが話し掛けてくれた
ピース、今日は優太に抱っこしてもらってるのね。
私、何回かピースのお家に行ってるけど、最近のピースは寝てばかりだったから、心配してたのよ。
オハギはしっぽをピンと立てて、軽やかなステップで歩いていた
そうだったんだねオハギ、遊びにきてくれてたのにごめんね。
すぐに元気になるから、また遊びにきてよ。
分かったわ。元気になったら、また優太のことをお話ししてね。
しばらくオハギは優太の歩くスピードに合わせて付いてきてくれた
塀が途切れたところでオハギは足を止め、ピースと優太の姿が見えなくなるまで塀の上で座っていました
ピースは大人しく気性の優しい犬だったので、近所の犬とも猫とも、とても仲良しでした
あれ⁈
あのおばさん⁈
僕が優太と出会う前にホウキで追い払われたおばさんだよね⁈
おばさんは、庭にいる子犬と楽しそうに遊んでる
よかった…
あの時のおばさんも僕たちのことを嫌いじゃなかったんだね…
おばさんも優しいんだね…
少し歩くと公園にあるタコの滑り台の頭が見えてきた
優太、疲れたでしょ?
もうお家へ帰ってもいいよ…
僕が優太の顔を下から見ると額にはうっすら汗が滲んでた
優太は僕の表情を見た後、頭を撫でてそのまま歩き続けた
優太…ありがとうね…
ピース、もうすぐ公園につくからね。
そう言うと僕の頭をもう一度、優しく撫でてくれた
いつもの散歩コースなのに、優太の腕の中から見る景色が、まったく違う光景に感じられた
ほらピース、公園着いたよ。
僕はわずかにしっぽを振って応えた
すごく大きくて怖かったタコの滑り台も優太と同じ高さから見たら、そんなに怖く見えなかった
そして、今までまったく気づかなかったけど、公園の噴水が水面を優しく叩き、キラキラしていて綺麗だった
いつも見上げてた景色が優太と同じ目線になることで、見るものすべてが新鮮に感じられた
公園内を歩き回ったあと、優太はベンチに座って僕の頭と身体を撫でてくれた
それから数日、僕のお散歩は優太の腕の中だった
しかし、ピースの身体の状態は目に見えて悪くなり、優太の姿が見えても立ち上がることも、しっぽを振ることさえも次第にできなくなってしまいました
目には力が無くなり、優太の声に反応するのがやっとでした
ハァー…ハァー…
横たわったまま動けなくなった僕は、オシッコも小屋の中でしちゃったけど、オシッコでビショビショの身体を優太はいつも綺麗に拭いてくれたよね。
何も食べられなくなっちゃったからって、ミルクを温めて持ってきてくれたりもした。
あまり飲めなかったけど、とても美味しかったよ。
僕はこんな状態になってとても不安だった。
ねぇ、優太
僕はもう死んじゃうのかな…?
大丈夫だよね?
また優太とお散歩行けるよね?
大丈夫って言ってよ、優太…
優太がそばにいてくれないと怖いよ…
怖いよ…寂しいよ…
ハァー…ハァー…優太…ゆう…た…
優太、僕はここにいるよ…
早くお散歩行って遊ぼうよ…
あっ!優太!
遅いよ。
僕、ずっと探してたんだからね!
ほら僕、歩けるようになったよ!
早くお散歩連れてって!
公園でいっぱい遊ぼうよ!
優太に近寄っていくピース
ふらふらしながらも力を振り絞って歩くピース
優太がいるところまであと少し。
ハァー…ハァー…
優太、いつもみたいに僕を撫でて!
優太の温かくて優しい手で撫でてよ!
もうちょっとで大好きな優太に…
ハァー…ハァー…
あと一歩で優太に撫でてもらえる!
ピースおいで!(優太の優しい声が聞こえる)
ほらピース、もうちょっとだよ。
飛びついておいで!
優太が手を広げて待っていてくれてる。
うん!
あとちょっと…
そして、優太のもとへピースはたどり着いた
僕、頑張ったでしょ?
もう歩けるんだよ!
早くお散歩行こうよ!
頑張ったね、ピース。
優太はピースの頭、そして身体全体をゆっくり、ゆっくりといたわるように撫でてあげました
やっぱり僕は優太が大好きだよ!
ハァー…ハァー…
ありがとう優太
ありがとう、あり…が…と…う…
ピースは力尽き玄関前で倒れてしまいました
えっ!?
ピース!どうしてここに!
しばらくして優太が玄関のドアを開けると、横たわるピースの姿があった
優太はすぐにピースのもとへ駆け寄った
ピース!ピース!
頭や身体を撫でながら、何度呼び掛けてもピースは目を閉じたまま動きません
ピース…ピース…
ピースが死んじゃった…
近い将来、この日がやってくることは理解していた優太でしたが、今の状況を受け入れられずにいました
座ることも立つこともできなかったのに…
ピースもしかして、ここまで歩いて来たの?
優太はピースの小屋の方に目をやりました
もしかして、ひとりで寂しくて僕に会いに来てくれようとしたのかな…
ピース…ピース…
ピース……
ピースの身体はまだ暖かくて、今にも目を開けて優しい表情を優太に見せてくれそうでしたが、もう目覚めることはありませんでした
ピースは大好きだった優太にもう一度会いたい、お散歩に行きたい、撫でてもらいたいという一心で最後の最後の力を振り絞っていたのです
自分の力では立ち上がることさえできない辛い状態だったのに、子供の頃から一緒に育ってきた優太への強い想いが奇跡起こし、ピースは優太を求めて10メートルも歩いていました
この力の源は、とても愛情たっぷりな日々を過ごしてくれた優太に感謝を伝えたいというピースの従順な思いでした
そして、消え逝く意識のなかで幻想だったにしても、大好きな優太に会えて頭を撫でてもらい、とてもとても幸せな最期を迎えることができたのかもしれません
ゔぅ…ピース…ほんとに君は頑張り屋さんだったね…
僕はピースに元気をもらってたんだよ…
優太の声は震えていました
ピース…今までありがとう。
僕もピースのことが大好きだったよ。
ピース…
もっと、もっとピースとお散歩に行きたかった…
もっと、もっと頭や身体を撫でてあげればよかった…
もっともっとピースのそばにいてあげればよかった…
優太は時間を忘れ、ピースの身体を撫でてあげました
ピース…今までありがとうね…
ピースの頭を撫でる手に大きな涙がポツリ、ポツリと落ちました
時折、桜の花びらが舞い散る玄関先でピースの顔に暖かい陽が当たり、ピースの顔はとても穏やかで笑っているようでした
おわり