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ピスタチオ大佐 シリーズ

ピスタチオ大佐と、電話の向こうの人

作者: 四季

 爽やかな風が、生い茂る緑をゆする。降り注ぐ太陽光が、窓際に横たわる頬に熱をもたらす。そして、どこかから聞こえてくるのは、二軒東の家に住むおじさんのまるで小鳥のようなさえずり。


 それが、ピスタチオ大佐の朝。

 それが、ピスタチオ大佐の目覚め。


 ただ、その日だけは違った。


 目覚めたピスタチオ大佐の瞳に映ったのは、パステルカラーで統一された自室ではなく——見たことのない世界だったのだ。


 ◆


 見たことのない世界で目覚めてしまったピスタチオ大佐は、初め、「夢でもみているのだろう」と思った。そこで、夢かもしれない時の定番行動、頬つねりをしてみた。が、それによって夢から覚めることはなく、ただ頬が痛むのみ。


 これは現実。

 ピスタチオ大佐は、そう悟った。


 だが、意外と慌てることはなかった。というのも、パジャマとすててこの間に挟んでいた携帯電話が使えたのである。


 携帯電話はもうすぐ電池がなくなりそうな状態であったが、それを使って会社へ電話をかけることはできた。


「はい」


 電話に出たのは、ピスタチオ大佐が憧れている、会社の隣の席の人だった。


 思わずその場で足踏みを繰り返してしまうピスタチオ大佐。


「おはようございます! いきなりのお電話、失礼しますっ」

「……あの、何か?」


 そう尋ねられてから、ピスタチオ大佐は、すぐに電話をかけたことを後悔した。もっと状況を確認してから電話すべきだった、と。


 けれど、かけてしまったものは仕方がない。

 ピスタチオ大佐は頑張って説明する決意を固める。


「実は、朝起きたら、おかしなところへ来てしまっていまして!」

「……おかしなところ?」

「見たことのない世界です!」


 ピスタチオ大佐は、周囲を見回し、発見したことを伝えていく。


「まず、地面は全部土で、アスファルトがありません!」

「公園?」

「違います! 周囲に建物は一つもなく、茶色い水が噴き出している噴水みたいなものが五つほど見えますっ!」

「……そう」


 電話の向こう側には、憧れの人がいる。ピスタチオ大佐は、それだけで興奮気味だ。


「その向こう側には、赤、緑、白、藍、黄緑、橙の色をした木が生えています! 大体十二本ずつくらい、見えますっ!」

「木、多いな……」

「葉がハート型の木もありますよっ!」

「ふぅん」


 携帯電話で会話しながら、ピスタチオ大佐はさらに目を凝らす。もっと多くのものを発見するためだ。


「ああっ!」


 目を凝らしていると、ピスタチオ大佐は、予想通り凄いものを発見してしまった。


「何」

「白い葉の木のてっぺんに、三十センチくらいの人間がいますっ! 男性です!」

「……幻覚じゃなく?」

「幻覚ではありませんよっ! 背中に八枚の羽、尻に三本の突起、間違いなく人間です!」

「…………」


 電話の向こうにいる憧れの人は、ピスタチオ大佐の発言に、言葉を失っていた。


 しかし当のピスタチオ大佐はというと、返答がなくなっていることに気がついていない。


「ああっ! 飛んでいってしまいました!」

「へー」

「残念です……もっとじっくり観察したかったのに……」

「そ」


 この時、既に、ピスタチオ大佐の携帯電話は充電がなくなってきていた。


 しかし、憧れの人と電話という最高のシチュエーションのただなかにあるピスタチオ大佐が、そんな小さなことに気づくわけもない。


「……もう切っていい?」

「あ! ま、待って下さい!」

「何」

「木々の向こう側には、謎のテントが見えます! 黄土色のテントで、看板には三百二十八色のバルーンがついていますよ!」

「……まだ続くの」


 ピスタチオ大佐は明るく説明を続ける。


「しかもしかもっ! その中の一つは、アンデスみたいな柄です!」

「はぁ」

「恵美ちゃんに似合いそうな柄ですっ!」

「……名前呼びとか止めて」


 ツー……ツー……。


 ピスタチオ大佐は電話を切られてしまった。


 それから数分、ピスタチオ大佐の携帯電話は息絶えた。


 ◆


 なんだかんだで現代へ帰れなくなってしまったピスタチオ大佐は、しばらく塞ぎ込んだ。


 ある朝突然異界へ来てしまい、現代と連絡をとることさえできなくなったのだから、塞ぎ込んでしまうのも無理はない。同じような状況に陥れば、誰だってそうなるだろう。


 しかし、二、三年もすると、ピスタチオ大佐はその世界に慣れた。


 最初は何度かお腹を壊した食事にも慣れ、四年後には、異界の食べ物をほとんど食べられるようになった。それに加え、排泄も睡眠も、仕事や生活も、苦なく行えるようになった。


 十年後には、集落に混じり、藁の家で独り暮らしを始める。

 十五年後には、集落で餅屋を開始。

 二十二年後には、その餅屋が集落一の大きな店へと変貌した。


 ピスタチオ大佐は、異界へ来てしまった現実を素直に受け止め、できる限りのことをして生きた。異界の生活に完全に染まりながら、日々餅をこねて生きたのである。


 そんなピスタチオ大佐にも、一つだけ、生涯決して変わらなかったものがある。


 それは——会社の隣の席の人への想い。

 恵美ちゃんへの憧れだ。


 ……もっとも、あの電話が最後の会話になってしまったのだが。


 そして、異界へまぎれ込んでしまった日から数十年後。ピスタチオ大佐は、八十八歳にして、その人生を終えた。

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― 新着の感想 ―
小池ともかさまの活動報告から参りました。 どこでも生きて行こうとするピスタチオ大佐の強さと順応能力と前向きさが、素晴らしいと思いました。 こんな風に前を向いて生きていけたら……と思いながら最後まで読む…
[良い点]  瞬時に三百二十八色を見分けるピスタチオ大佐。実はものすごくスペックの高いお人なのではと思います。餅米の良し悪しを色で見抜いてしまいそうです。  二度と会えない憧れの人。  そう考えると…
[良い点]  たくましい!  それにしても、これが大佐の生涯——時系列、戻ってもいいから、もっと、大佐、読んでみたいです。
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