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くちびる同盟  作者: 風見 十理
五章 離れるくちびる
98/139

98.できない ★



 城門を、白の一陣の風が激しく駆け抜ける。

 何事かと衛兵が驚いていると、ひらひらと通牒の紙が落ちてきた。


「なんだ今の。通してよかったのか?」


「あの髪色、デジレ様だろう」


 紙を掴んだ兵は、ほらと相方にそれを見せた。走り書きでなんとか読める程度に、デジレの名前が書かれている。


「あの人はほぼ顔だけで通してるけどさ。王太子殿下から言われてただろう。普通にやってきたら絶対に通すな、脇目も振らず急いでやってきたなら通せって」


 思い出したらしい兵がああ、と声をこぼす。城の方を見れば、もうすっかりデジレの姿は見えなかった。






 すれ違う人が皆、驚いて道を開ける。そんなことは一切気にせず、デジレは廊下を全力でひた走った。

 ここに来るまでに風を受けた服は乱れ、髪も荒れている。それでも時間が惜しいと前へ前へ、足を忙しなく動かす。

 ようやく目的の扉が見えた。部屋の前に控える見知った近衛がデジレを見てぎょっとする。勢いを全く殺さないデジレに、彼らはさっとその場から退いた。

 彼はそのまま、扉を乱暴に開け放った。


「オーギュスト!」


 正面の執務机から、蜂蜜色の髪の青年が顔を上げる。表情など見ず、デジレは胸から湧き上がる想いのまま、口を大きく開く。


「駄目だ! マリーは絶対に譲れない!」


 デジレは肺から全てを吐き出した。


「たとえオーギュストでも許せない! マリーは渡せない!」


 部屋に、強く揺るがない言葉が響く。

 心臓がうるさく、息も荒い。乱れた白金の金髪が目元に流れて視界を遮るが、デジレは気にせずまっすぐ目を向ける。

 オーギュストは手を止め呆然としていたが、すぐに口の端を持ち上げた。


「遅い」


 それはとても短いが、とても嬉しそうな響きだった。


「申し訳ありませんでした!」


「全くだ。この馬鹿者が」


 オーギュストが立ち上がる。デジレは深く息をはいて、自分を落ち着かせながら彼に向かって進む。


「殿下、先日の私の言葉を撤回します。マリーの相手は殿下でも嫌です」


「嫌ってお前な。まあ、いい。一応確認するが、その理由は?」


「マリーの相手は私が良い。彼女のことが、好きだからです」


 はっきりと、きっぱりと、迷いないデジレの言葉に、オーギュストは笑った。デジレはそんな彼のアメジストの目を、真剣に見つめる。


「ようやくか。ああ、そんな目で見るな。私はずっと、()()()()()ひとすじだ」


「そうですか。殿下と敵対することがなくてよかったです」


「同感だ」


 お互いほっと安堵の息を漏らす。

 デジレはオーギュストに微笑んだ。


「伝えたいことはそれだけです。それでは」


 早口に言って、こうしてはいられないというように急いでデジレは身を翻す。額から汗が一粒流れた。


「いや待てデジレ、次はどこに行くんだ」


「当然マリーのところです。早く行って伝えないと!」


「もう伝えるのか? 一旦落ち着け」


「こうしている間にも好きな人とやらにますます惹かれるかもしれないんですよ! すぐに会わないと!」


 気がはやり苛々して、デジレはオーギュストを振り返って叫ぶ。彼の必死の形相に対し、オーギュストは冷静に、呆れた顔をする。


「そうしたのはお前だろうに」


「そうですよ! くちびる同盟を結んだのは紛れもなくこの俺です! でも今、マリーが好きと自覚したらこんな同盟なんて守っていられない! 彼女と彼女の好きな相手を応援なんて、できるはずがない!」


 もう、デジレはもやもやと考えていられなかった。思いが全て、口から飛び出る。あれほど悩んでいたことは、答えを得ると(せき)を切ったように怒涛(どとう)の勢いで押し寄せる。


「同盟なんて言い出した自分も、今までの愚かな自分も、過去に戻れるのなら殴り倒したい! それはできないのだから、遅れた分を今すぐ巻き返すんだ。まず、謝って」


「何を謝るんだ」


「同盟を守れないと、謝ります。先ほども言いましたが、マリーの好きな相手を探すことなどもうできない。提案したのは私、無責任ですが理由を話して謝罪します。どんな反応をされても、頭を下げます」


 約束を守れないとは、デジレにとってはとんでもない不誠実だ。自分から言ったことを放り出すなど、最低だ。

 デジレは唇を噛みしめる。


「それでも。それでもマリーがどうしても彼が良いというのなら、責任持って応援しますよ。血をはいても、やります。やってやる。それが自分の気持ちに気付かなかった罰ならば、甘んじて受け入れます!」


 揺るぎない決意を、心の中から外へ出し切る。

 空気が震えた気がした。もしかすると自分が震えているのかもしれないとデジレは思う。手の爪が手の平に食い込むほど、手に力が入っていた。


「本当に、馬鹿だな」


 冷静な顔を崩して、オーギュストは呟いた。


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