95.会いたい
マリーを見守るよう優しく見ていたアデライードは、自然な流れで使用人を呼んだ。彼女は入ってきたふくよかな身体をした中年の女性に何か伝える。女性は心得ているとばかりににこにこして、退出した。
「では、そろそろ」
アデライードは紅茶を飲んで、唇の端を柔らかくあげる。
「デジレに、会いにきたのですよね」
「えっ」
確信している彼女の言葉は、表情も含めマリーを責めているわけではなかった。それでも、気付かれると申し訳なく恥ずかしい。マリーは身を縮めて頭を下げた。
「申し訳ありません! アデライード様を利用するようなやり方をして!」
「いいえ、構いませんよ。息子が何をしでかしたのかは知りませんが、直接会いづらい状況だったのでしょう。それでも、謹慎中と聞いて会いに来てくださったのでしょう。私を頼ってでも」
完全に目論見に気付かれていて、マリーは座っているのも落ち着かなくなった。また、残っている紅茶をなんとはなしにじっと見つめる。
「そこまでして気にかけてもらえるとは、デジレも果報者ですね」
笑った気配がして彼女を見れば、やはりデジレと同じように自然な笑顔を零しており、マリーは見惚れた。
「デジレに貴女がいると気付くよう、伝えてもらいました。じきに急いで来るでしょう」
彼女が言い終わるや否や、慌ただしい足音が聞こえた。
以前にも聞いたことがある、とマリーが扉の方を向けば、激しい勢いで扉が開く。
「母上! マリーがここにいると!」
白金の金髪を振り乱して、まさに慌ててきたとわかるような出で立ちでデジレが叫ぶ。その彼が、マリーに気付き、目が合った。
「あ……」
どちらが零したかわからない呟きに、どちらともなくぎこちなくなる。固まって、それでもマリーから目を離さない彼を、マリーもじっと見つめた。
顔は少しやつれた気がするが、色は悪くない。唇の色も綺麗だ。普段とは全く違う白いシャツのシンプルな装いに、目が惹かれる。
元気そうだ、よかったと安堵の息が漏れる。
「デジレ」
アデライードが、滑らかな動きで立ち上がる。デジレに対面する彼女は、マリーからは表情は見えない。
「ノックもなしに、いきなり部屋に飛び込むとは何事ですか。まして彼女は私の客人、うら若きご令嬢です」
デジレがはっとした顔をする。アデライードは淡々と、滔々と話す。
「どれほど会いたかろうと、まずは伺いを立てるのが筋です。そして、そのくつろぐ格好で人前に出るとは、ほとほと呆れます。私は貴方をそのように育てた覚えはありません」
「はっ! 母上、失礼いたしました! 出直してまいります!」
来た時よりも焦って走り去ったデジレは、心なしか顔が青かった。デジレが消えて閉められた扉をマリーが眺めていると、アデライードが座り直す。何故か、マリーは肩を震わせた。
「息子が失礼いたしました」
「え、いえ……」
目の前のアデライードは今までと変わらないのに、どこか少し怖い。
「厳しく言いつけても、止められないものがありますね。あれだけ、貴女に早く会いたかったのだと思います。許してあげてくださいね」
何度もマリーが頷くと、アデライードは静かに笑う。
数分すれば、また駆ける足音が響き、マリーたちのいる部屋に近付くと急にその音は落ち着いた。一呼吸置いて扉がノックされた後、デジレから入室の伺いが丁寧に述べられる。アデライードは目でマリーに確認し、マリーはまた頷いた。
アデライードが入室を促せば、扉が開く。少々緊張した面持ちのデジレは、普段マリーが見てきた程度にきちんとした身だしなみだった。しかしよく見ると、ところどころ整えきれておらず、急いだことがわかる。
マリーが目を離さずにじっと彼を見ていると、彼はマリーの隣に掛けてちらりと彼女を見た後、気まずそうに目を逸らした。なんとも言えない空気が二人の間を漂う。
「ああ、紅茶が切れましたね。持ってきますから、しばらくお待ちください」
ポッドを持って、アデライードが颯爽と立ち上がる。マリーが一言も発する間もなく、彼女は部屋から消えていく。
閉じられた扉の音だけが響いた。急に周りがしんと静かになり、マリーは自分の心臓の音が騒がしく聞こえた。そっと隣を見れば、マリーを見ていたデジレと目が合って、つい顔を逸らしてしまった。
身体が少し熱い、特に唇が熱を持っている感覚が、マリーを襲う。汗が流れそうだった。
「マリー……嬢」
デジレに呼ばれて、マリーが肩を揺らす。彼の目線は落ちて、苦しそうな声だ。
「先日の、件ですが」
ああ。呼び方も、話し方も戻っている。
胸がぐっと痛んで、しょんぼりと落ち込む。
しかし、すぐにマリーは顔を上げた。
デジレに、その先は言わせない。二度も謝らせるものかと、唇に力を入れる。




