91.立役者
緊張して城内に入れば、まさに圧巻だった。
高い天井に、広い床。どちらもに繊細で美麗な絵や模様が描かれており、マリーはまるで絵画の中に立っているように感じて動けなくなった。
四方は柱がずらりと並び、それぞれを綺麗なアーチが繋いで大きな入口を作っている。どういう作りかわからないが、外からの光が斜めに差し込み、きらきらと金色に輝く。どこを見ても、あらゆるところがこれでもかというほど趣向を凝らしてあり、全体として美しく煌びやかだ。
綺麗で圧倒されて、目が痛く感じながら、マリーは息を呑んで違う世界の光景を見つめていた。
「おーい、マリーちゃん。こっちこっち」
ぼんやりしていると、すでに先に進んでいたカストルが声を上げる。マリーは慌てて彼の元へ駆けた。
「すみません! あまりにもすごくって、感動して見入っちゃいました」
「まあ、最初のうちはそうだよな。何度も見てると慣れるよ」
カストルが軽く笑う。彼はそもそも城に勤めているからそう言えるだろうが、マリーはきっと今回以外で王城に入ることなどないだろう。慣れることはないなと苦笑いした。
カストルに続き、外が見える立派な回廊を歩く。ところどころで声をかけられるカストルは、マリーが感じた通りひょうきんで気軽だった。それでも後ろの子はと聞かれて、可愛いだろうと笑い、しっかりと最後は客人と言ってくれるのはマリーにとって安心する態度だった。
それは良かったが。
「あ、もしかして彼女、マリー嬢か?」
「おっと、手、出すなよ。デジレに剣の錆にされるぞ」
やはり噂のせいか、夜会に参加し続けたせいか、マリーだと誰かに気付かれると、カストルは必ずデジレが怒るというようなことを言う。おそらくデジレはそんな反応はしないだろうと思うが、マリーはなんだかくすぐったかった。
「そうだ、カストルさん」
「ん、なんだ?」
「どうして毎回、デジレ様やわたしに結婚式呼んでくれーって言ってたんですか?」
カストルはいつも挨拶代わりにそう言っていた。そのためマリーの彼のイメージはすっかり人の結婚式に出たがる人、だ。自称デジレの親友らしく、デジレからも彼の名前は聞いたことがあるので、仲は良いのだろうが、そこまでこだわるものかと彼女には不思議だった。
カストルは、にやりと笑う。
「俺、立役者だから呼ばれないとおかしいだろ」
「立役者?」
「デジレが言ってた、昔マリーちゃんを見かけた時に共にいた友人とは、俺。マリーちゃんとあいつに教えたのも、俺。出会いのきっかけをつくってやったんだ、最後まで見守らなきゃな」
彼は自慢げに胸を張った。マリーは驚く。
もしカストルの言ったことが本当ならば、彼は間接的にデジレとマリーを引き合わせてくれた恩人だ。礼をすべきかと彼女が迷っていると、彼がそんな彼女の顔を覗き込む。
「いやー本当に、あの時のデジレはマリーちゃんを食い入るように見ててさ。あの女の子に興味なかったデジレが。でもま、こう見ると良い目してるよ、こんな原石に目を付けてたんだから!」
飾り気なく笑ってそう言われると、マリーは頰が熱くなる。
「でも、あんなにいい人、わたしには……」
先日のキスなどが思い出されると急に不安になって、マリーは謙遜した。カストルはそんな彼女を見て、口元に笑みを浮かべ顎に手を当てた。
「俺の持論だけどさ、あいつをいい人と思うやつは、ふた通りなんだよ。デジレを遠くからしか見てないやつと、デジレをよく知ったやつ」
「……それって、結局みんなではありませんか?」
「いいや。付き合いはじめは、なんていうか外見とのギャップで、なんだこいつと思う期間あるんだよ。なんだこいつ期と俺は呼んでる」
ああ、わかる、とマリーは納得してしまった。思い返せばデジレがよくわからないそういう時期もあったなと懐かしく思う。同時に、今でもよくわからないところはあったと気付く。
「同じいい人って思うと言ったが、実際は明確に違う。遠くから見てるやつは、いい人だなと思う。付き合い長いやつは、いい人だと感じる。マリーちゃんは、後者だな」
もちろん俺も、と言ったカストルは足を止めた。マリーが同じく立ち止まると、いつの間にやら広い静かな廊下にいることに気付く。そして目の前には、他と違い、大きく立派な扉があった。
カストルが、扉をノックして、息を吸う。
「カストルです。殿下、マリー・スリーズ嬢をお連れいたしました」
一言、入るように返事が返ってくる。マリーが驚いてカストルを見れば、彼はまたにやりと笑った。
「俺は外に控えているから、帰りも案内するよ。さ、マリーちゃん。殿下がお待ちだ」
扉を手で指されて、マリーはゆっくりと王太子が待つ部屋の前に立つ。
何度も湧いてくる唾を飲み込み、扉の銀の彫りを細部がわかるまで見つめる。扉の取っ手に手を伸ばすと、腕が震えた。
マリーはぎゅっと取っ手を握ると、前を向いて、息を大きく吸ってはき出した。
「失礼いたします」
はっきりと声に出して、マリーは扉を押し開いた。




