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くちびる同盟  作者: 風見 十理
五章 離れるくちびる
85/139

85.好きでない

 



「どうしたの、マリー」


 ルージュの部屋の前でマリーがぼんやりしていると、彼女が扉を開けた。入るように促され、その通りに従う。

 ソファーに腰を下ろしたマリーは、じっと自分の膝を見つめた。ルージュは何も言わずにマリーの言葉を待つ。


「デジレ様に、キスされたの」


 耳を澄まさなければ聞こえないような小声で、マリーが呟いた。


「うん」


「でも、やっぱり、今回も理由がわからなくて。ごめんって、謝られた」


 マリーは顔を上げて、ルージュに笑いかける。それは無理して歪んでいて、力なかった。


「あのね、ルージュ。ほら物語にあるような、キスして謝る男の人に謝るなって言う女の人の気持ち、わかったよ。その人って、その男の人が大好きだったんだと思う」


 謝って欲しくなかったなあ、とマリーはどこに向けるわけでもなく言った。


「それと、あとキスの感覚とか時間も。あのね、この人が好きだなあキスしたいなあって思ってると、すごく幸せな感じがして甘いの。ずっとずっとしていたいって思って、どれだけキスしてるか、わからなくなって……」


 声が上手く出なくなる。目の前がいつのまにかぼやけてくる。あれ、とマリーが不思議がっていれば、ルージュの姿がなくなり、背中に手が触れた。

 暖かい手が背を撫でる。隣にルージュがいるのに気付いて、マリーは嗚咽(おえつ)を漏らす。


「ルージュ。デジレ様、わたしを好きじゃなかった……!」


 ぽろりと目元から涙が零れる。

 マリーはルージュの服を握った。


「ねえ、おかしいよね。そんなのわかっていたはずなのに、好きになってもらおうとしたのに、もしかしたら、デジレ様ってわたしのこと、ちょっとでも好きなのかもって思ってた」


 デジレを思い出すと、胸がぎゅっと苦しくなる。

 彼がマリーを好きかもしれないとはっきり考えたことがなかったが、無意識に期待していたのだとようやくわかった。


「他の人より仲良くしてるって、思い込んで。それで落ち込んで。馬鹿みたい」


 優しくて、笑顔を見せてくれて、女性は苦手といっていたのに傍で楽しそうにいてくれた。少しでも考えればくちびる同盟という責任感があった為とわかるのに、経験がないマリーを勘違いさせるには十分だった。

 またマリーがしゃくりをあげると、ルージュの腕が伸びて、横から抱きしめる。


「ごめん、ごめんねマリー。私のせいね。ごめんね」


 落ち着かせるような穏やかなルージュの声に、マリーはさらに見えにくくなった視界を閉じて、首を振る。


「私がマリーを(あお)ったから、こうなったのよね。私、二人を見てきて、多分デジレ様もマリーを好きなんじゃないかと思ってたの。だから、マリーが少し頑張れば上手くいくんじゃないかって。ごめんね、恋愛経験ないくせに、勝手に判断しちゃだめよね。こんなに強敵とは思わなかったの」


 ルージュの手が温かくて、マリーはますます涙が出そうだった。うう、と小さく唸りながら、彼女はルージュに顔を向ける。


「マリーは頑張ったよね。はじめての気持ちだったのに、悩んで、考えて、失敗したと思ってもめげずに前を向いたよね」


 マリーは堪らなくなって、ルージュに抱きついた。嗚咽が喉から漏れる。ぐずぐずとしてとんでもない顔になっているだろうと思うのに、涙を止められなかった。

 ルージュがぎゅっとマリーを抱きしめる。


「よく頑張ったよ。だから、少し休もう」


「え……休む、って」


「デジレ様に会わない」


 はっきりとルージュが言った。思わずマリーは顔を上げる。


「だってマリー、今日まで夜会に全て参加してるんでしょ。欠席なしで」


「うん……怪我して取りやめたの以外は全部行ってる」


「次、欠席しなさいよ」


 目を見開いて、慌ててマリーは首を振る。


「え、だって、そんなことしたら、デジレ様に会えない」


「何? マリーは今デジレ様に会えるの? こんなぐだぐだな体して?」


 マリーは唇を閉じた。確かに好きと気付いた以上にデジレに会うのは気まずく、何を言われるか怖い。


「だから、マリーの心の大事をとって、欠席。デジレ様も常にマリーがいると勝手に思っていたのかもしれないし。ほら、恋愛の手引きであるでしょ。押して駄目なら」


「引いてみる……!」


「そういうこと」


 ぽんぽんと背中を叩かれて、ルージュがマリーから離れた。その顔は、優しい。


「でも、ルージュ。わたし今度こそ、デジレ様に好きになってもらうよう頑張るよ」


「どうしてこんな目にあっても頑張ろうとするのよ。正直言って、私はデジレ様に怒ってるんだからね。マリーを泣かせて」


 途端苛ついた顔になったルージュは、どことなく怖い。マリーは首を振ってデジレはひどくないと伝えるものの、彼女のマリーを思う気持ちが嬉しくて、胸がじんわりと熱くなる。


「まあ、とにかくしばらく距離を置くのよ。手応えあればあちらから連絡が来るでしょ」


 どうだろうか、とマリーは思う。

 先日の態度なら、無関心で終わる可能性もあるが、彼の性格を考えれば心配して連絡を寄越すかもしれない。

 考えると、ちょっとだけ心が揺れる。男性を煽って動かそうとするのは、なんだか悪女みたいだなとマリーはこっそり思った。



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