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くちびる同盟  作者: 風見 十理
四章 近付くくちびる
83/139

83.嫌いにならないで




 外に出たかと思えば彼は早足で、なんとかついていけば馬車に乗せられる。あまりにも早すぎたせいで、ベルナールが驚いて何かを言いたげだったが、デジレは有無を言わせずすぐに出発させた。

 今回、デジレはマリーの正面に座った。あっと思ったものの、彼は目を閉じて腕を組んで、まるでマリーを拒絶するようだった。

 何度も口を開くが、何をいえば良いかわからない。おそらく、今の彼には何を言っても簡単な反応しか返ってこない。マリーは落ち込みながら、馬車の振動で揺れるデジレの白く淡い金髪を眺めた。

 それでも、デジレといるのだと思うと心がくすぐられる。そんな恋愛小説のヒロインのような自分が、マリーは嫌いではなかった。



 重い空気でも、屋敷に着くのはやはり早かった。どんな態度でも、一度も欠かさず乗り降りに手を貸してくれるデジレに、マリーはいつでもどきどきとしてしまう。

 屋敷の前までくれば手を離されて、もう今日は終わりかと名残惜しい。空気の冷たさに、突如身体が震えた。


「次は会えるといいな。それじゃあ」


 デジレが、簡単に言った。感情が抑え込まれた、無感動の声だった。そのまま、マリーを見ずに身を翻そうとする。


 駄目だ、とその瞬間にマリーは感じた。このまま帰せば、次もきっと同じように義務的に対応される。同盟が、終わるまで。

 足が動いた。素早く彼との距離を詰めて、腕を回してぎゅっと握る。腕からは、包んだ彼の身体が強張るのを感じ取れた。

 マリーは目を(つむ)って、あらん限りの力でデジレの身体に抱きついた。とんでもなく恥ずかしいことをしている自覚はある。頰に熱が集まって、心臓が耳元にあるようにうるさい。それでも、デジレを留めておかなければと、必死だった。

 デジレから、力が抜ける。彼の腕の動きを感じて今度はマリーが身体を固くすれば、肩を優しくとんとんと叩かれた。


「離れて」


 嫌だと示すように、マリーはさらに腕に力を込めて、顔を彼の胸に埋める。


「こんな風にするべきなのは、彼だろう」


 肩を掴まれて、身体を剥がされる。それでもマリーは彼の背中に回した腕は離さず、近距離でデジレを見上げた。

 彼は笑みを浮かべようとして失敗したように、唇の端を歪ませていた。瞳が、地に落ちるように暗く下を向いている。


「どうして……そんな顔を、するんですか」


 マリーの唇が戦慄(わなな)く。

 以前も今回も、デジレの様子は暗くおかしい。その時はいつも、マリーの前だった。


「わ、わたしが、そんな顔をさせているんですか?」


 声が震えた。


「わたしが、好きな人がデジレ様じゃないって首を振ったから……!」


 そうだ。あれのせいで、彼は、マリーがデジレを嫌いだと思ったのかもしれない。

 そう思うと気がはやって、そうではないと否定しなければとより彼に縋り付いた。


「そうじゃない」


 固い声が返る。それを聞いても、マリーは納得できなかった。


「だって、また、あの後からおかしくなって」


「マリーは、目的通りにちゃんとしていただけだ。しっかり相手を見つけて。私がおかしいんだ。私の問題で」


 酷く苦しそうな顔をするデジレに、マリーも心が締め付けられる。


「どうやったら、その問題を解決できますか? あの、わたしが手伝うので」


 デジレとは目が合わない。それでもマリーは視線を彼から外さない。


「デジレ様のそんな顔、見たくないです。辛いです。前もそんな顔、わたし、嫌われてるみたいで」


「嫌いなんかじゃ……」


 そう言う彼が何かに耐えるよう苦しげで、マリーはもう堪らなかった。


「わたし、デジレ様が嫌いじゃないんです! 嫌いじゃ、ないんです!」


 嫌いだなんて、思わないでほしい。

 ずっと、嫌われたくないと思ってきた。そう思われるほど、悲しいことはないから。

 目元に涙が集まって、じんわり熱い。


「マリー……」


 ようやく、デジレがマリーを見た。揺らぐエメラルドはやはり綺麗で、胸が詰まる。


「手を、離さないで。わたしを、嫌わないで……」


 どうか、わたしを好きになって。

 唇から、そう零そうとした言葉は、その瞬間に途切れさせられた。



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