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くちびる同盟  作者: 風見 十理
四章 近付くくちびる
82/139

82.好きになるように

 



 鏡を見て、髪と化粧と服装と、最後に唇を確認して、マリーはよしと手に力を握った。今までデジレの反応が良かったものを全て取り込んだその姿は、自分自身も気に入っていた。


「気合い入ってますねー」


「うん。ね、リディ。男の人の気を引くには、外見以外にどうすればいいと思う?」


 鏡越しに見えたリディは、目を丸くしてうーんと首を傾げた。


「そうですねえ、あたしも詳しくないんですけど、身体に触れるといいとか聞きますよね。ボディタッチです」


「身体に触れるって! 難易度高い!」


「じゃあ口説いて(とりこ)にするとかですか? なんでもいいですけど、頑張ってくださいね」


 リディが笑いながらマリーの背中を軽く叩いた。丁度タイミング良くベルナールがやってきたようで、マリーはそのまま背中を押されるように歩を進める。

 ベルナールの姿が見えれば、マリーは先に声を掛ける。


「こんばんは、ベルナールさん。わたし、頑張りますから!」


「え、はい。……頑張っていただけると、ありがたいです」


 珍しく、歯切れが悪い。彼はマリーのいきなりの行動に驚いているというより、外を気にして困っている様子だった。少し引っかかったが、マリーはすぐに邸を出る。


 マリーの心は、軽くなっていた。もはやデジレにばれるところまでばれてしまい、否定してしまった今、マリーは開き直りに近く恐怖や心配を感じなくなっていた。

 デジレの気持ちをマリーに向けるようにしてみる、というのはルージュに助言されたことだ。それをやってみようと、マリーは決心していた。

 やり方はさっぱりわからない。それでもデジレの気持ちを引くというのは、気持ちを言えない、気付かれてもいけないと今まで悩むよりよほど前向きで気持ちがすっきりする。

 デジレの姿をすぐに見つけて、マリーは駆け出した。


「デジレ様!」


「こんばんは」


 デジレからすぐに返事は来たものの、彼は元気がない様子で、マリーからすぐに目を逸らす。以前の笑わなかった時よりも素っ気ない。

 なぜだろうと考えながら、マリーはじっと彼を見つめた。


「それじゃあ、行こうか」


 その場から逃げるように背中を向けるデジレに、マリーはとっさに彼に手を掴んだ。

 動きを止めて振り返る彼に気付きながら、マリーは少しためらった後に、手をぎゅっと握った。


「あ、あの」


 デジレが、感情がうまく読み取れない表情を向けてくる。そんなことは関係なく、マリーは彼のエメラルドの瞳を見つめる。

 彼の手を今握っている手は、デジレから貰ったハンドクリームが塗ってある。彼と同じ香りだ。どうか、気付いてくれないだろうか。どうか、自分を意識してくれないだろうか。

 そこまで思って、気付いた。ばれては駄目だと思いながら、彼を想って試行錯誤したのはすべて、デジレに好きになってもらいたいからだった。いままで自然としていたことだと思うと、これが恋なのかとすとんと理解する。


 短い間だったのか、長い間だったのか。しばらくするとデジレは表情を変えずにマリーの握っている手に、もう一方の片手で触れる。そして、彼女の手を、自らの手からゆっくり離した。


「大丈夫。今日も、綺麗だから」


 声は優しいのに、困ったように眉尻を下げる。

 今日はいつもの通りに褒めてくれなかったとマリーは今さら気付いたが、そんなことは気にしていなかった。それに言われるにしても、今のように準備した、世辞のような言葉ではないものが良い。

 しかしまだ時間はある。まだ出発前だ。マリーは気を取り直した。


「行きましょう」


 想っていれば、好きになってくれるわけではない。

 すっかり真っ暗になった夜の空に、月が控えめに輝いていた。




 馬車の中は、無言だった。

 前回と同じく、何も言わずにデジレはマリーの隣に座ったものの、口を開かない。マリーも隣では話しづらく、正面にいたらと心の中で何度も思った。

 心のある場所が心臓ならば、実際の距離はこんなに近いのに、どうして距離を感じるのだろう。

 隣を意識しながら考えていれば、夜会会場に着く。

 ここからが本番だと、マリーは気合を入れた。


 会場はすっかり盛り上がっていて、彼らが入ってきたことは誰も気付いていない。いつも通り壁際に陣取ったデジレは、エスコートはしてくれても、未だ言葉も発しなければ、目線もくれない。

 ならば、とマリーは前回のデジレと同じように彼から目を離さなかった。

 しばらくすれば、ようやくデジレが横目でマリーを窺った。自分が感じたように恥ずかしくなれば良いと、マリーはことさら見つめる目に力を込める。大好きなデジレの顔は、いくら眺めていても飽きなかった。

 デジレがふうと息をはく。


「もしかして、今日は意中の相手はいなかった?」


 話し掛けてくれたと気分は上がるが、言われた言葉にマリーは戸惑った。

 はいといえば、この会場から離れてふたりきりになれるだろうが、嘘になる。いいえといえば、またデジレは余計な気を回す。マリーは困って、ただデジレを見返した。


「……いないのなら、ここにいる意味はないな。無駄足だった」


 どこかほっとしたようにぽつりと呟いて、デジレはマリーの手を引いて早足に会場を後にした。



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