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くちびる同盟  作者: 風見 十理
四章 近付くくちびる
81/139

81.宣言

 



 マリーはプリムヴェール公爵邸の部屋の前で、(たたず)んでいた。目の前の扉を開ければ、マリーローズがいる。何度か入って彼女と話に花を咲かせた場所だ。

 先週はマリーローズが体調が悪いということで、会うことはなかった。今週は大丈夫と、いつも通り誘われてマリーはやってきた。

 マリーはぐっと唇に力を入れる。大切な人や好きな人に嘘をつくのは辛い。嘘を突き通せば、嘘が下手なマリーでは傷付けてしまう。だから、これ以上は嘘を言わないようする。

 しっかり心に決めて、マリーはノックした後にドアノブを握って、扉を開けた。


「ごきげんよう、ローズ様」


 しっかりはっきりと発音し、彼女に教え込まれた淑女の礼をとる。そして、マリーは顔を上げた。


「ごきげんよう」


 マリーローズはいつもの席に掛けていた。

 相変わらずの優美さと気品さがあふれ、穏やかに微笑んでいる。しかしマリーは、彼女が少々やつれていることと、元気のなさにすぐ気付いた。

 それでも、指摘はしない。一番本人こそ気付いているはずで、取り繕っている様を見れば、それを聞くのはマリーローズにとって嬉しくないことだ。

 彼女のすすめに従って、マリーの定位置になっている、彼女の前に座る。近くなったマリーローズは、顔色もあまり良くなく、それを化粧で誤魔化していた。

 じっと見つめて不審がられる前に、マリーは息を吸って口を開いた。


「ローズ様。わたしは、今日、ローズ様に伝えたいことがあるんです」


「あら、わたくしに? なにかしら」


 先週の休みも含めて、なにか彼女にあったのだろうとマリーは思う。それはきっと、様子からして辛いことだったはずだ。それでもマリーローズの対応は、そんなことを微塵にも思わせない。それが誇りだろうと気遣いだろうと、マリーは彼女のそういうところが好きだった。

 全部話すと決めた。マリーはサファイアに輝くマリーローズの瞳を、自身の青い瞳で見つめた。


「わたし、デジレ様が好きなんです」


 瞳が見開かれる。

 マリーはその瞳から目線を外さず、強く真っ直ぐに捉える。


「ローズ様は、どうですか」


 室内が、静寂に包まれる。

 緊迫しているわけではない。緊張しているわけでもない。それでも、真剣な空気。

 そんな中で一切彼女から目を逸らさず、マリーはひたすらマリーローズの言葉を待った。

 マリーローズが、朝露で濡れた花びらのような唇で、柔らかく弧を描いた。


「あら、なあに? わたくしがデジレの幼馴染だからって、わざわざ宣言して許可をもらおうとしているの?」


「いえ、ローズ様に知っていてほしかったんです」


「そうなの。でもね、男を見る目がないわね」


 苦笑いするマリーローズは、首を傾げた。


「顔がよくて地位が高くとも、あんな性格よ。鈍いし、すぐにおかしな方向に突っ走る。責任感も強いし、絶対傍にいると苦労するタイプ」


「知っています。わたし、容姿や地位に惹かれたわけじゃないです。ちゃんとデジレ様を見て、そうわかっても、好きだなって思ったんです」


 マリーローズは、少し困った顔でマリーの瞳を見返すが、顔を背けることはなかった。


「ああ、ごめんなさい。なにもデジレを見ていないとは思っていないのよ。しっかりと見ているのは、知っているのよ」


 マリーローズは頰に手を当てて、もう片手でカップに手を伸ばす。


「デジレは幸せ者ね」


 彼女はそう言いながらカップに唇をあてたが、何かに気付いて小さく笑いを零し、カップをソーサーに戻した。カップの中は、空だった。

 じっと見つめるマリーに、彼女は柔らかく微笑む。


「マリー。わたくしはどうか、と聞いたわね」


「はい」


「以前に言ったわ。彼が好きかなんて、考えたことがなかった、と」


 そういうことよ、とマリーローズが呟く。微笑んでいるのに、うっすらと寂しさがみえる表情だった。


「それにね。この間、わたくしはデジレにローズと呼ばれたのよ」


「えっ?」


 マリーは驚いて真意を問うように、マリーローズの瞳を覗き込む。


「デジレのマリーは、すでに別にいるみたいね」


 マリーの青よりも断然に美しい瞳は、悲しさを見せてすぐにマリーから逸らされた。


「ローズ様」


「あのね、マリー」


 次に目が向けられた時には、いつもの凛とした綺麗なマリーローズだった。マリーは息を呑む。


「わたくしも、マリーが好きよ」


 マリーは胸が熱くなる。

 きっと、彼女はデジレが好きだ。マリーのように気付いてなかっただけだった。デジレについて話す彼女は、以前のマリーだった。

 今の会話で、どれだけマリーを思いやってくれたか。

 マリーは、何度も頷いた。


「伝えてくれて、ありがとう」


 いいえ、と答えたマリーの言葉は、涙に濡れていた。



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