81.宣言
マリーはプリムヴェール公爵邸の部屋の前で、佇んでいた。目の前の扉を開ければ、マリーローズがいる。何度か入って彼女と話に花を咲かせた場所だ。
先週はマリーローズが体調が悪いということで、会うことはなかった。今週は大丈夫と、いつも通り誘われてマリーはやってきた。
マリーはぐっと唇に力を入れる。大切な人や好きな人に嘘をつくのは辛い。嘘を突き通せば、嘘が下手なマリーでは傷付けてしまう。だから、これ以上は嘘を言わないようする。
しっかり心に決めて、マリーはノックした後にドアノブを握って、扉を開けた。
「ごきげんよう、ローズ様」
しっかりはっきりと発音し、彼女に教え込まれた淑女の礼をとる。そして、マリーは顔を上げた。
「ごきげんよう」
マリーローズはいつもの席に掛けていた。
相変わらずの優美さと気品さがあふれ、穏やかに微笑んでいる。しかしマリーは、彼女が少々やつれていることと、元気のなさにすぐ気付いた。
それでも、指摘はしない。一番本人こそ気付いているはずで、取り繕っている様を見れば、それを聞くのはマリーローズにとって嬉しくないことだ。
彼女のすすめに従って、マリーの定位置になっている、彼女の前に座る。近くなったマリーローズは、顔色もあまり良くなく、それを化粧で誤魔化していた。
じっと見つめて不審がられる前に、マリーは息を吸って口を開いた。
「ローズ様。わたしは、今日、ローズ様に伝えたいことがあるんです」
「あら、わたくしに? なにかしら」
先週の休みも含めて、なにか彼女にあったのだろうとマリーは思う。それはきっと、様子からして辛いことだったはずだ。それでもマリーローズの対応は、そんなことを微塵にも思わせない。それが誇りだろうと気遣いだろうと、マリーは彼女のそういうところが好きだった。
全部話すと決めた。マリーはサファイアに輝くマリーローズの瞳を、自身の青い瞳で見つめた。
「わたし、デジレ様が好きなんです」
瞳が見開かれる。
マリーはその瞳から目線を外さず、強く真っ直ぐに捉える。
「ローズ様は、どうですか」
室内が、静寂に包まれる。
緊迫しているわけではない。緊張しているわけでもない。それでも、真剣な空気。
そんな中で一切彼女から目を逸らさず、マリーはひたすらマリーローズの言葉を待った。
マリーローズが、朝露で濡れた花びらのような唇で、柔らかく弧を描いた。
「あら、なあに? わたくしがデジレの幼馴染だからって、わざわざ宣言して許可をもらおうとしているの?」
「いえ、ローズ様に知っていてほしかったんです」
「そうなの。でもね、男を見る目がないわね」
苦笑いするマリーローズは、首を傾げた。
「顔がよくて地位が高くとも、あんな性格よ。鈍いし、すぐにおかしな方向に突っ走る。責任感も強いし、絶対傍にいると苦労するタイプ」
「知っています。わたし、容姿や地位に惹かれたわけじゃないです。ちゃんとデジレ様を見て、そうわかっても、好きだなって思ったんです」
マリーローズは、少し困った顔でマリーの瞳を見返すが、顔を背けることはなかった。
「ああ、ごめんなさい。なにもデジレを見ていないとは思っていないのよ。しっかりと見ているのは、知っているのよ」
マリーローズは頰に手を当てて、もう片手でカップに手を伸ばす。
「デジレは幸せ者ね」
彼女はそう言いながらカップに唇をあてたが、何かに気付いて小さく笑いを零し、カップをソーサーに戻した。カップの中は、空だった。
じっと見つめるマリーに、彼女は柔らかく微笑む。
「マリー。わたくしはどうか、と聞いたわね」
「はい」
「以前に言ったわ。彼が好きかなんて、考えたことがなかった、と」
そういうことよ、とマリーローズが呟く。微笑んでいるのに、うっすらと寂しさがみえる表情だった。
「それにね。この間、わたくしはデジレにローズと呼ばれたのよ」
「えっ?」
マリーは驚いて真意を問うように、マリーローズの瞳を覗き込む。
「デジレのマリーは、すでに別にいるみたいね」
マリーの青よりも断然に美しい瞳は、悲しさを見せてすぐにマリーから逸らされた。
「ローズ様」
「あのね、マリー」
次に目が向けられた時には、いつもの凛とした綺麗なマリーローズだった。マリーは息を呑む。
「わたくしも、マリーが好きよ」
マリーは胸が熱くなる。
きっと、彼女はデジレが好きだ。マリーのように気付いてなかっただけだった。デジレについて話す彼女は、以前のマリーだった。
今の会話で、どれだけマリーを思いやってくれたか。
マリーは、何度も頷いた。
「伝えてくれて、ありがとう」
いいえ、と答えたマリーの言葉は、涙に濡れていた。




