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くちびる同盟  作者: 風見 十理
四章 近付くくちびる
74/139

74.自問自答 ★

 



 デジレはじっと何もないテーブルの一角を見つめていた。

 心がどっしりと重くて、手足も頭もまともに動かない。先日の夜会から、いつも通りにできたことがまともにできず、オーギュストはもちろんベルナールや他の使用人にまで迷惑をかけていた。それでも彼らは真っ先にデジレの心配をする。情けなくてなんとかしようと思うも、夜会が思いだされれば、また身体の動きが鈍くなった。

 とても楽しそうなマリーの姿を思い出すたびに、本当に彼が好きなのだとわかると、デジレは経験したこともないぐちゃぐちゃな気持ちになる。彼女の好きな人のことを考えているとなにかがおかしくなりそうで、彼は思考を止めるよう大きく息をはき切った。


「まあ、盛大なため息」


 呆れた声に顔を上げれば、マリーローズが頰に手を当て苦笑していた。その隣ではオーギュストが、眉をひそめてデジレを見ている。

 今は久し振りに三人で会う場だったと思い出したデジレは、慌てて身を正した。

 マリーローズはそれを見て、小振りで透明感のある唇から可愛らしい笑い声を漏らす。


「なにかしら、最近わたくしの顔を見ると深いため息が出てしまうの? 美しさへの感嘆のため息ならば大歓迎なのだけど?」


「最近という事は、デジレ以外にもため息をつかれたのか?」


「ええ。マリーにも同じように深々と」


 笑いながらオーギュストと話すマリーローズに、デジレはぴくりと反応した。


「……同じように、ため息?」


「そうよ。先日会った時、マリーも今のデジレと同じように元気が無く暗い様子で。なあに、あなたたち、喧嘩(けんか)でもしたの?」


 喧嘩など一切していない。デジレは首を横に振った。

 前回の夜会では、マリーは元気が無い様子はなかった。困った様子や唖然としていたところはあったが、暗くはなかった。それをいうならデジレの方がよほど元気が無かっただろう。


「ああ、そういえばマリーはスリーズ嬢と会っているんだったか」


 オーギュストがゆったりとマリーローズに聞く。彼女は嬉しそうに彼に笑いかけた。


「そうなの、殿下はマリーとお会いした事はないのよね? とても可愛い子なのよ。貴族令嬢にしてはまっすぐで、感情が出やすくって。お願いされて礼儀などを教えているけれど、素直で伸びが良いの。お話しするのも、教えるのも、とても楽しいのよ」


 デジレは無意識に、マリーについて語る彼女を見つめた。


「へえ、それは是非会ってみたいな」


「あら、殿下。好きになっては駄目ですからね。マリーは真面目で身の程を(わきま)えようとするから、困り切ってしまうわ。彼女を困らせるのは許しません。だって、わたくしのことを好きって言ってくれたのよ」


「好き!?」


 大声を張り上げたデジレに、何事かと二人は目を向ける。デジレにはそんな目線など気にならなかった。

 マリーがマリーローズに好きと伝えた。マリーには、好きな相手がいる。根本から勘違いしていたかもしれないと、デジレは焦って考える。だから、マリーはデジレの気になる人や好きな人ができたのかという質問に、肯定をはっきりとせず、違うと言ったのかもしれない。

 しかし思い返せば、同盟締結時の話は、相手は相手でも結婚相手を探すことだった。夜会でもデジレは当然のように男性を紹介していて、マリーはそれに対し普通の態度だった。

 デジレは脱力した。そういえば自分は、と考えれば、マリーに恋愛対象は女性だと宣言していた。


「なにかしら。そんなにマリーに好きと言われたわたくしが(うらや)ましい?」


 紅茶を口に付けながら、からかうように微笑んでくるマリーローズに、力が抜けたデジレは返事ができなかった。


 聞かれた内容を心の中で反芻(はんすう)しながら、ぼんやりと彼女の隣のオーギュストに目をやる。

 マリーローズはデジレに顔を向けて気付いていないようだが、オーギュストはずっとマリーローズを見ている。目の前の紅茶や菓子に一切手をつけていない。

 オーギュストは、マリーローズが好きだ。それを聞いた時はお似合いだとデジレは思った。早速協力をとはりきれば、余計な事はするなと言われた。それでもマリーローズに会うたびにオーギュストの話題は出してみていた。いずれもマリーローズはいつもと変わらない様子で、オーギュストと同じ好きではないのだと感じていた。

 最近は特に忙しくしているオーギュストが、まともにマリーローズに会うためにはこういう場を設けるしかない。だから、デジレが所用でマリーローズに会いに行けば苛々され、嫌味をぶつけられる。それは、嫉妬だ。


 羨ましいと思うのは、嫉妬だろうか。

 マリーに好きな人がいると知った時、悲しくなった。寂しいと思った。おめでとうと言うべきであるのに、言葉が出なかった。好きな相手が誰か気になって、その彼にマリーの笑顔を向けられると思えば、心がじりじりと焼けるような気分になった。羨ましくて、その立場になりたかった。

 デジレは、また視線を落とした。


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