70.言えない気持ち
デジレから貰ったドレスで、一番のお気に入りの鮮やかな青いドレスを揺らして、マリーは決めた。
今日の夜会は、普通に今まで通り振る舞う。デジレのどんな態度も悪くはないが、やはり無邪気に自然と笑う姿が一番好きだ。彼には、その姿でいて欲しい。マリーも、その姿を見たかった。
それには、マリーが色々気にしてデジレを窺っている場合ではなかった。マリーも楽しくいないと、相手を楽しませられるはずがない。もやもやなど一旦置いて、単純に好きなデジレといるのを楽しむようにする。
しっかりそう頭の中に叩き込んでいれば、ようやくベルナールが迎えに来て、マリーは笑顔を見せた。
今日のデジレも、表情が固めだった。リラックスしているとは言いがたく、マリーを見てくるものの、今までの柔らかさが見て取れなかった。
それは仕方がない。マリーの今までの急な行動に戸惑っただろうから。自分もおかしな態度だったのだから、デジレもそういう態度になって当然だ。
マリーは馬車の中の硬い雰囲気を打破するべく、笑顔で口を開いた。
「デジレ様、いつもお忙しい中ありがとうございます」
「いや」
「こうやって夜会に行けるのも、デジレ様のお陰です」
こうやって会えるのも、彼のお陰で嬉しい。初対面はともかく、未来もともかく、こうやって出会えたことはマリーにとってとても幸せなことだ。
デジレは、不器用に口元を上げた。
「そう、だな。これからは、この夜会に行くのを減らしていかないと」
「えっ?」
「幸い、今は頻度を落としているし、次の予定も入れていない。このまま自然と無くしていけば」
なぜ、行かないことになっているのだろう。伏せ気味ではっきりとは見えない彼のエメラルドの瞳を、じっと凝視する。デジレがそれに気付いたのか、身をよじって座り直す。
「マリーの相手が見つかったなら、私は邪魔者だ。毎度一緒に夜会に行っては、彼に誤解を招くよ。だから、もう、行かないようにしなければ」
「駄目です!」
つい叫んでしまった。デジレは少しだけ目をマリーに向けた。
マリーの気になる相手がデジレではないなら、彼の言うことはもっともだ。ほかの男性が気になるのに、デジレといつもいたのでは上手くいくはずがない。
だが、マリーが好きなのは目の前のデジレだ。彼と唯一会える機会である夜会を減らされるなど、嫌だった。このわがままな言葉を口にしなかっただけ、まだましだった。
マリーは、下唇を軽く噛む。
「だって、夜会に行けなくなるじゃないですか。わたしひとりで行けません」
「……ああ、そうか。夜会で彼に会えるものな。ごめん、考えが足りなかった」
落ち込んでぽつりと言う彼に、マリーは後ろめたくて辛くなる。マリーがもっと賢ければ、デジレにこんな顔をさせることはなく、上手く言い訳できたかもしれない。
「それなら、先に噂をなんとかしよう。またマリーには噂で迷惑を掛けると思うけれど、前のようにはしない。大丈夫、マリーには何の責もないようにするから」
「え、噂……」
「もともとマリーは私に巻き込まれた形だ。だから、心配しなくても大丈夫」
デジレが、困ったように笑う。
デジレが広めた噂は、彼がマリーに一目惚れしたという内容だ。
本当に、そうだったらよかったのに。その想いに応えられなくとも、マリーにとって一瞬でも両想いになったとしたら、辛い気持ちを吹き飛ばしたきらきらした思い出になったかもしれなかった。
「慌てなくて、いいですからね」
駄目だと思っても、マリーも悲しそうな笑顔になってしまった。
もう夜会に行っても、マリーは探す相手もいない。ただ、デジレの傍にいたいだけ。
デジレはちらりちらりとはマリーの方を窺ってくるものの、マリーが見れば彼は真面目な顔で会場を見ている。
その整い過ぎた麗しい横顔の、整った唇にマリーの目が自然と向かう。
滑らかで色味もほのかに赤く、荒れひとつなく形も整うデジレの唇は、素晴らしいの一言だ。触らせて貰えば気持ち良い弾力で、触感も完璧だった。
――キスしたら、どんな感じだろう。
ふっと思いついたことに、マリーは頰を紅潮させた。
デジレの唇に、唇で触れてみたいと思ってしまった。いやそもそも、デジレとはキスをしたことがある。またしたいなど、以前の自分では到底思えなかったことだ。
しかし、以前の彼は今のようにぷるぷるした唇をしていなかった。マリーも唇なんて手入れしておらず、いきなりであまり感覚を覚えていない。今、この綺麗で好きだと思う唇に、自分の唇が触れたら。
ぼっと顔が赤くなった。同盟条件の、キスしたくなる唇を探すこと、それがマリーにはまさにデジレの唇だった。恥ずかしくて堪らず、マリーは熱い頰に手を当てる。
「どうかした?」
デジレの唇が動き、マリーはびっくりする。
「なんでもないです!」
真っ赤になったまま、マリーは言った。




