67.気になった人
朝焼けのようにパープルとピンクのグラデーションになっているドレスは、デジレから貰ったドレスの中で一番大人っぽいものだ。それでも少女らしく可愛く上品にデザインされているドレスを、マリーは見下ろす。
きらきらと目の端に光が飛び交う夜会は、相変わらず華やかで賑やかなのに、今のマリーの傍は静かだった。
隣にいるデジレは、今日は口数が少なかった。最低限から少し毛が生えたくらいの会話をして会場に着けば、マリーとはさほど話さずに人々に目を向ける。先日の夜会時の、マリーのようだった。
マリーと話してくれないからといって、非難も指摘もできない。マリーも同じことをした。だから彼女は、今日決めてきたことをこちらを向かない彼に言った。
「気になる人、いましたか?」
デジレが、マリーに顔を向けた。しかしその顔は、多少驚いているのか、何も感じていないのか、全く読み取れない感情が抜けた表情だった。
マリーは、今回の夜会でデジレの相手探しをすると決めていた。
好きからくるわがままで、デジレに嫌われたくなかった。怒ったところは最初以外まともにみたことがないくらい穏やかで優しい人であるが、その分怒られたり嫌われたりすれば、マリーは立ち直れないと思った。
結局デジレとはどうなるつもりもないと考えているなら、嫌われて別れるのではなくて、普通に別れたい。それが、同盟の目的である相手を見つけることによれば、マリーが見つけてあげれば、デジレはありがとうと感謝して別れてくれるのではないか。
同盟の終わりは、相手が見つかった時。自分からは同盟脱退も好きな相手も、どうしても言い出せないマリーは、デジレに終わらせて欲しかった。
「……ああ、いるのかな」
感情が窺えない声でデジレが呟く。マリーはほんの少し、ほっとした。
デジレの相手を探すのだと決めたはいいが、心がひどく痛んだ。冷静な方の自分で、嫌だ嫌だと叫ぶもう一人の自分をなんとか宥めるのに、時間がかかった。
好きな相手に、結婚相手を探されることは辛いのではないかとルージュに聞かれたが、それはマリーがいい人はいないとあっさり否定すればよいだけだ。前回の反省も踏まえ、ばれないようデジレから気になる人を聞かれた場合の反応も用意した。
だが、好きな人の相手を探す方が、比べものにならないほど辛い。こちらを向いてくれないどころか、違う方向を見てくれと提案する。自分より素敵な人をみつけては、彼女はどうかというのは、自分を痛めつける。
それでも、続けていれば見つかるかもしれなかった。例えデジレが今まで女性にとんと興味がなくてまともに覚えられていなくても、いつか気になる人ができる可能性がある。マリーのように。
それにお互いの相手探しは、同盟の内容だ。マリーの行動に、何もおかしなところはない。いや、そういう約束だ。マリーは考えれば考えるほど辛くなる心を、無視した。
「デジレ様って、どんな人がいいんですか?」
「どんな人?」
少しだけ、言葉に感情が戻った。純粋に疑問に思ったらしいデジレは、口元に手を当てて少し考えると、マリーに目を向けた。
「マリーは?」
「え」
「マリーは、どんな人がいいんだ?」
光を取り込んで惹きつけるように輝くエメラルドと、その下の張りがあって艶やかな端正な唇に目がいって、マリーは頰を一気に赤らめた。
当然、デジレがいいなんて言えない。
デジレが彼女を見て、顔を背けて小さく自嘲した。
「ごめん。質問を質問で返すなんて、いけないことだ。困らせたよな」
「いえ、別に」
「私は、まだわからないんだ。どんな人がよいのか、どんな人が好きなのか」
そう言うデジレは真面目な顔なのに、どこか哀愁が漂う。
マリーだってわからなかった。こんな人がいいなと思っていた像からかけ離れていた。理想の平凡とは程遠い。彼に同意したい、しかし、それを口に出すことはできない。
そうですか、とマリーは簡単に相槌を打って、デジレと同じく会場に視線を戻した。
適当な時間で退場した後、あっさりとスリーズ邸に到着した。
マリーが邸の前まで行って振り返れば、デジレが立っているその後ろの寒空に、綺麗に月が輝いていた。
そういえば月には手が届かないな、とぼんやり思っていれば、デジレが口を開いた。
「マリー」
「はい」
マリーはデジレが呼んでくれる名前が好きだ。本来はマリーローズのことを言うかもしれないが、今だけはマリーのことだ。
逆光でデジレの顔はよく見えないが、硬い真面目な声だった。
「気になる人が、できた?」
「えっ」
マリーは固まった。
いつも聞かれた気になる人がいるかという問いには、返答を考えた。だが、気になる人ができたかという質問は考えていなかった。
それに、質問というには確信めいている言い方だった。いよいよ悟られてしまったか、と頰が上気する。
「ああ。やっぱり」
デジレが深く、力を抜くように息をはいた。
「前回の夜会も、じっと会場を見て挙動が落ち着かなかったし、今日はしきりに私の相手を探そうとしてきたから、そうだろうなと」
「あの……」
「大丈夫。マリーが気になる人ができたからといって、同盟だからと私の相手を頑張って探さなくていいんだ」
違う。マリーは息を呑んだ。
デジレはマリーに気になる人ができたと気付いたが、それが自分とは気付いていない。
なんとも言えない切ない気持ちが胸を去来する。それを表情に出すまいと、マリーはぎゅっと手に力を入れた。
「それで、相手は誰……」
「え!」
大きく反応してしまい、マリーは慌てて口を塞いだ。
デジレには気付かれてはいけない。誰が気になるなど、言えるはずがない。
「あ……ごめん。誰かは、聞かない」
申し訳さそうな声で、デジレが肩を小さく落として言う。
「誰かわからなくても、私が協力する。次の夜会でも、会えるといいな」
すっかり冷たくなった風が吹く。
寒い季節になったせいか、マリーにはデジレの声が寂しく聞こえ、相槌を打ったマリーの声も震えているように思えた。




