66.好きならば
「どうしたの、マリー? 今日はなんだか、ずっと顔が硬いわ。デジレが何かしたの?」
不思議な顔をするマリーローズに、マリーは口ごもり、視線を落とした。
デジレが何かしたのかといえば、したのかもしれないが、マリーが変わったのだと思う。彼が好きだと気付いてしまった。
それにしても、今日はやけにマリーローズとデジレのことを考えてしまう。そんなことは、今まではあまりなかった。ただ、楽しく話していた記憶しかない。
「デジレが何かしたのなら、教えて?」
マリーは顔を上げた。マリーローズが楽しそうに美しく微笑んでいる。
マリーローズはデジレの話を聞きたがる。それはマリーたちの共通の話題がデジレだからかもしれない。
でも、とマリーは記憶をたどる。マリーローズはマリーにマナーを教える代わりに、デジレの話を求めた。話の内容も、彼のことばかり。優先的に、彼の話をする。幼馴染といって、そこまで興味があるものだろうか。
そもそも。昔から女性が苦手なデジレの傍に唯一いたのが、マリーローズだ。幼馴染で付き合いも長い。マリーはデジレとあまり付き合ってないが、それでも彼の良さを知ってしまった。マリーローズが、デジレに詳しい彼女が、彼の魅力に気付いていないはずがない。
マリーは喉に、乾きを覚えた。
「……いえ」
自分が嫌な顔をしていそうで、マリーはまた顔を下げた。
デジレと昼に化粧品を買いに行ったこと。いつもはマリーローズに話して、彼女と楽しく笑うデジレの話題なのに、話していなかった。
「デジレ様は、なにもしてないですよ」
「あら、そう? だとしたら、何か心配事? わたくしに話してみたら、気持ちが軽くなるかもしれないわ」
マリーローズがマリーとの距離を縮めた気配がした。
マリーローズは、とても綺麗だ。外見だけでなく、心もそうで、立ち振る舞いも美しい。どんな場所でも内側から輝くような星のような彼女は、まさにお姫様で、ずば抜けた魅力をたくさん持っている。まさに、物語のヒロインに相応しい。そんな彼女に、マリーは敵うわけがないと思う。
「……ローズ様は、デジレ様の話に興味がありますね」
「あら、デジレの話だけに興味があるわけじゃないのよ。わたくしの友人のマリーが関わっているから、興味があるの」
はっきりと、しかし優しい声がする。
「やっぱり、マリーが落ち込んでいるのはデジレが原因なのかしら?」
マリーローズは、小さく、楽しげに綺麗に笑った。
マリーはふとその彼女の顔を見て、後悔した。
マリーローズは本当に、デジレの話となると楽しそうに笑う。
マリーがデジレを好きと気付く前、一体どんな顔をしていたのかとルージュに聞いた時、楽しそうだったと言っていた。マリーローズも、同じだ。彼の話題に対して、心から楽しそうだ。
マリーローズは、デジレを好き、かもしれない。
「ローズ様」
小首を傾げる彼女は、サファイアの瞳を煌めかせて、薄桃が綺麗に混ざる柔らかな金髪を揺らす。優美で繊細な宝石細工のようで、マリーからみても惚れ惚れする。
初めて彼女を見た時を思い出せば、デジレと並んでいる時、美しい絵を鑑賞している気分だった。彼と彼女は、容姿も釣り合えば、身分だって釣り合う。住んでいる場所もマリーが届かない世界だ。
「わたし、ローズ様が」
それに、マリーローズは良い人だ。ただ単にマリーに声をかけて後ろ盾になったからと終わるわけでなく、本当に仲良くしようと交流してくれた。マナーをはじめ、デジレのことなどいろんなことを教えてくれた。付き合いはそんなに長くなくとも、何度も会えばわかることがある。
「好きですよ」
デジレは、好きだ。しかしマリーローズも、マリーは好きだった。
きっと、いや確実に、マリーローズはデジレを好きだ。以前のマリーのように、気付いていないだけ。同じだから、わかってしまう。
しかしそうわかったからと、彼女に対して、いつも通りに振る舞えない自分が醜くて、マリーは苦しくなる。
恋とは自分勝手の独りよがり。先日の夜会で思ったことだ。これでは、嫌われてしまう。マリーは、デジレにもマリーローズにも、嫌われたくなかった。
「好きですから……もう少し、待ってください。全部、お話ししますから」
マリーローズは、マリーが大好きな可愛い笑みを見せた。




